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対談高い壁が変革のチャンス 試行錯誤させ、理解促す
広島東洋カープ 一軍打撃チーフコーチ
福地 寿樹
人材育成において失敗をどう経験させ、成長につなげるか。昨年、中村奨成選手のブレークの立役者ともいわれた福地寿樹打撃コーチは、選手に試行錯誤を促す指導で成果を上げてきた。その手法から企業経営への示唆を探ろうと、(社)広島県中小企業診断士協会の会員でつくる「カープを科学する研究会」の2人が話を聞いた。
伊藤 中小企業診断士で「カープを科学する研究会」代表の伊藤圭介です。チーム、そして福地さんの育成手法から、企業経営へのヒントを得られたらと思っています。
塩田 同じく中小企業診断士の塩田睦大です。まず中村奨成選手について。昨年の成長(自己最高を大きく更新する97安打、9本塁打など)の裏には何があったのでしょう。
福地 一番は気持ちの変化ですね。期待されながらも結果を残せないまま高卒8年目を迎え「ここで変わらないと先はない」と気付いてくれました。実はずっと、彼の打撃フォームには課題があると感じていました。ただし打ち方を変えるには相当の覚悟が必要です。昨年の春、凡打続きで焦る姿を見た時、今なら受け入れてくれると思いました。当初は新しい打ち方に違和感があったと思うのですが、それを続けてくれたから昨年の成績を残せたと思っています。
これまで中村は、自分を変えるチャンスはあったのに変えていなかったと感じます。それは彼に限らず、多くの選手がそうです。こだわりや自信を持っているのは悪いことではないし、むしろ大事なマインドと思っていますが、いつか必ず壁にぶち当たります。そのタイミングこそが変化のチャンスとなるので、選手一人一人の様子を気にかけ、機会を見逃さないようにしています。
中小企業診断士 伊藤 圭介
塩田 昨年は小園海斗選手も初の首位打者と最高出塁率を獲得しました。飛躍の鍵は何だったのでしょうか。
福地 小園は元々、高い打撃センスや感性を持っています。大きかったのはレギュラーを確保して試合に出続けたことですね。例えば相手の情報を蓄積して、どう攻めてくるかなどをイメージして打席に立てるようになりました。試合に出られる選手はチームの中でも一握り。さらに限られた人間がタイトルを取るのです。最後は頭をきちんと使わないと、その領域に達することはできません。
伊藤 経験を積むという点では、特定の選手に多くチャンスを与えるとチームで決めることはありますか。
福地 もちろん、あります。ドラフト上位で獲得した選手など、将来の主力になってほしい存在というのは、現場と球団ですり合わせを行います。そうした選手には試合だけでなく練習も含め、扱いが変わりますね。
ただ、そこから漏れた選手が少ないチャンスをつかみ、序列が入れ替わることもあります。足がとにかく速い、左投手にめっぽう強いといった一芸に秀でた選手は、そうした傾向が強いように感じます。
中小企業診断士 塩田 睦大
伊藤 最近の選手とのコミュニケーションで感じることはありますか。
福地 全員ではないですが、何となく言葉から〝逃げ道〟を感じる選手はいます。不得意なこと、やりたくないことに対して、できない理由をつくってしまっている。指導者からすれば、そこが一番やってほしいポイントなのに、です。
一流選手は、まず自分の穴を徹底的に埋めて隙をなくそうとします。そして長所をさらに伸ばすのです。若い選手はなかなか、その過程の重要性に気付けないので、時にはコーチが無理やり引っ張り込むこともあります。田村俊介が一例ですね。
塩田 一時は日本代表にも選ばれましたが、伸び悩んでいる印象です。
福地 彼はいろいろな情報を取り入れてしまうタイプで、芯が定まっていないように感じました。なので昨秋のキャンプで一つの課題を与え、それに専念しなさいと伝えました。
伊藤 若い世代は情報過多になってしまいがちですよね。
福地 どんな選手になりたい、という理想がはっきりしていれば、ユーチューブを参考にしてもいいと思うんです。ただ、実際はそうではないことも多い。いつ考えのズレに気付くのかなと思いながら、何日、何週間と過ごすことはあります。
塩田 すぐ修正しないのですか。
福地 選手の意思でもあるので、頭ごなしに否定はしません。うまくいかなかったとしても、それが引き出しの一つになる場合もありますから。そして何よりも、自分で試行錯誤し、理解する経験をさせることが大切だと思っています。
例えば、まだ基礎ができていない段階の打者が、一流選手の話に感化されることがあります。話を聞くのは大いに結構ですが、トップ選手の思考はシンプル化されているケースが多いです。なので当然、同じようには打てず、悩みます。それでも「まずはやってみなさい」というのが私のスタンスですね。
塩田 私たちも福地さんと同世代ですが、昔とは全く違う手法ですね。
福地 私の現役時代は、選択肢がなかったですからね(笑)。何も分からず言われた練習をこなすだけでした。今の選手には、この練習の狙いはこうだよ、と事前に説明して腹落ちさせます。加えて、取り組む中での対話を通じて選手の気付きや感覚の変化を取り込むようにしています。
監督の理想を伝える伊藤 監督と選手の間に入る立場として、気をつけていることは。
福地 監督のやりたい野球を選手に周知するのがコーチの仕事の一つです。それを徹底するためには、守らなければいけないルールのようなものがあります。一人でもルールを破る選手がいると組織は崩壊してしまうので、どこまで許容するかという線引きをきちんとするよう意識しています。逆に選手から提案が上がる場合もあり、納得できる内容であれば、監督に伝えています。
コーチは打撃、守備など役割が明確なので、基本は自分の分野に特化しています。ただ、時には領域外のアドバイスを選手に求められることがあります。もちろん自分なりに答えますが、その内容は必ず担当コーチに共有します。でないと「人によって言うことが全然違う、一貫性がない」という事態になりかねません。企業でも起こりうることなのではないでしょうか。
伊藤 「許容」という言葉が出ました。実際のプレーの面で、ある程度の失敗は許容する方針ですか。
福地 野球はミスがつきものなので、一定の許容範囲は必要です。ただし広すぎてはいけません。どうせするのであれば、レベルの高いミスをしてほしい。それがチーム全体の士気を高めたり、意識を変えたりすることがありますから。思い切って挑戦できるよう、背中を押してあげる存在でありたいですね。
塩田 月並みではありますが、最後に今季の意気込みをお願いします。
福地 正直、きれいに勝てるほどの戦力があると自信を持って言うことはできません。泥臭く、しぶとい打線をつくり上げ、優勝に向かっていきたいと思います。
伊藤 監督と選手の架け橋となるコーチの役割は、企業組織に置き換えるといわば中間管理職に該当する。特に企業経営の参考となると感じた印象的な点は次の2点である。
1点目は選手のミスに対する考え方である。野球と同様に企業活動においてもミスはつきものである。経営者は社員に「失敗を恐れずに挑戦せよ」というメッセージを発信するが、その実は失敗を恐れている一面もある。また社員は、失敗による叱責や批判を恐れ、尻込みをするケースもある。チャレンジはしたいがミスはしたくない。この折り合いの付け方として、レベルの高いミスと低いミスとを区別したアプローチは有効だと感じた。上司はどんなミスなら背中を押し、どんなミスなら厳しく接するか、スタンスを部下と認識しておけば円滑なコミュニケーションが図られ、組織全体が積極性を保ち続けられるのではないだろうか。
2点目はコーチ間の情報連携を密にしているということである。福地さんは打撃チーフという役割であるが、走塁面に対しても非常に高い技術をお持ちであり、選手から助言を求められることも少なくないはずである。こうした場面は企業においてもよくあるケースといえる。福地さんは細やかな心配りを行っており、自分のアドバイス内容を本来業務のコーチへ情報提供している。対応が中途半端だと、社員間や管理者間のコミュニケーションがギクシャクするが、福地さんのアプローチからは、風通しの良い組織づくりに努めておられる姿勢を感じた。
塩田 驚いたのは、若手プロ野球選手の特徴が一般の若者とあまり変わらないことである。思い当たる節がある方も多いのではないだろうか。成長途上の若手選手に対し福地さんは、考える力を付けるには経験を積むことが重要であると考え、選手のやりたいことを頭ごなしに否定はせず、まずはやらせてみて、見守り、そして選手自らに気付かせ、対話を重ねて成長を促している。簡単に真似できるものではないが、中小企業の人材育成においても参考となろう。
一番印象的だったのは、野球も「最後は頭」という発言である。AIが進化する中、自分自身で「気付く力」、「考える力」、「理解する力」を養うことは大変重要であることを再認識させられた。また福地さんの指導法は、中小企業診断士のコンサル技法においても参考になる普遍的なアプローチであった。
プロフィール広島東洋カープ 一軍打撃チーフコーチ 福地 寿樹 1975年12月17日生まれ、佐賀県出身。93年ドラフト4位でカープ入団。3球団目となったスワローズで2回の盗塁王に輝いた後、指導者の道へ。2023年にファームの打撃兼走塁コーチとしてカープ復帰し、今年から1軍打撃部門を統括する現職に就いた。




