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選手インタビュー右肘手術からの完全復活へ
抑えのポジションを勝ち取る
広島東洋カープ 投手
栗林 良吏

広島東洋カープ / 栗林 良吏 投手
カープ入団以降、4年間で124セーブを積み上げた栗林良吏投手。昨シーズン終了直後の10月には右肘の手術を受けた。術後の状態や今季に懸ける思い、社会人チーム時代に得たものなどについて、日南キャンプ前の1月29日に話を聞いた。
―右肘の状態はいかがですか。順調にきています。昨日(1月28日)、術後初めてブルペンの傾斜がある環境で投げました。1軍キャンプのメンバーに入れていただいたからには、しっかりと実戦で結果を出すことを意識していきたいと思っています。
キャンプでは新しいことに取り組むのではなく、既に持っている球種の質を高めたいですね。昨年よりも良くなっていないと、手術を受けた意味がありませんから。ただ、手術の前後で変わった部分は絶対にあると思うので、キャッチャーとも相談しながら今年のスタイルを探っていきます。直球とフォークだけでなく、カットボールとカーブも含めた4球種の全てで勝負できるよう、レベルアップしていきたいです。

自分が打たれて終盤の大事な試合を落としてしまい(9月11日の巨人戦で2点リードの9回に登板するが、1死も奪えず6失点で降板)責任を感じています。シーズンが終わってすぐ肘にメスを入れたのも、今年の開幕から戦力となって悔しさを晴らしたいという気持ちがあったからです。新井監督の「ハーンも抑えの候補」というコメントは目にしていますし、(昨年ブレークした)黒原を推す声があるのも知っています。彼らと競い合って9回のポジションを勝ち取るつもりです。
―今年活躍すれば、来年3月のWBCで代表入りも見えてきます。もちろんWBCには出たいです。ですが「WBCのために結果を出す」というのは違うかなと。今はとにかくカープの勝利に貢献したいという気持ちです。
トヨタ時代に学んだこと ―カープ入団前は社会人野球のトヨタ自動車で2年間プレーされました。「カイゼン」などの考え方で野球に生きているものはありますか。
整理・整頓といった「5S」は野球部にも共通していました。社会人チームはプロとは違い、打撃投手やブルペン捕手、用具係などの裏方さんが多くいるわけではないので、選手であっても一人の社員として自分たちでやらないといけないことが多かったです。選手は試合で結果を出すのが最優先、というプロの考え方とは異なる部分だと思います。
―車の生産現場に入った経験などはあるのでしょうか。自分は人事系の部署にいたので、現場で作業というのはなかったですね。パソコンに向かって事務作業をしたり、ちょうど在籍中にコロナが流行したので、社内で使うパーティションを作ったりしたことはあります。働く時間は、例えば大会を控えていれば午前中だけ仕事をして午後はグラウンド、日によっては朝からずっと練習というパターンもありました。逆に冬の時期などは、終日オフィスで過ごすこともありました。
野球部員は人事系だけでなく、さまざまな部署に分かれて所属する仕組みになっています。そのおかげで、野球部は会社全体から応援してもらえていると感じますし、自分たちも「会社を元気付けて勇気を与えよう。プレーで恩返ししよう」という気持ちが生まれますね。
言葉の力で選手のモチベーションを高めるのが上手だと思います。監督が就任1年目だった23年は自分の状態が悪く、抑えのポジションを他の投手に奪われ、2軍落ちも経験しました。プロに入って最も苦しいシーズンだったのですが、そんな時に「お前が戻ってくる場所は9回のマウンドだから」と声を掛けてくださったのが非常に印象に残っています。その言葉があったからこそ2軍でも頑張れましたし、監督のために勝ちたい、という気持ちになります。

監督の真意は分からないですけど、負けたくないという気持ちは生まれたので、監督にうまく乗せられているのかもしれないですね。
実際、今のリリーフ陣は自分が入団した頃よりも強くなったと思います。高いレベルでの競争はチーム全体にとってプラスですし、自分もその中のピースの一つとして食い込んでいきたいです。
昨年の9月上旬まで、チームは良いシーズンを送れていました。今年はそれを最後まで継続し、リーグ優勝、そして日本一を実現したい。 自分が今年も9回のマウンドを任せてもらえるのであれば、登場曲は昨年と同じもの(ティミー・トランペットの「ナルコ」)を使うつもりです。ファンの皆さんが曲に合わせて送ってくれる手拍子は大きなパワーになります。あの曲を何度もスタジアムで流せるよう頑張ります。
プロフィール広島東洋カープ投手 栗林 良吏 1996年7月9日生まれ、愛知県出身。投手、右投右打。愛知黎明高から名城大、トヨタ自動車を経て2020年ドラフト1位で入団。ルーキーイヤーから抑えを務め、21年のセ・リーグ新人王を受賞。23年にはWBC日本代表入り。24年には60試合に登板し38セーブを挙げた。