スタートアップのKGモーターズが、一人乗り小型モビリティーの量産工場「ミボット・コア・ファクトリー(MCF)」を東広島市西大沢に構えると発表した。重要パーツの一つであるボディー製造は、マツダ一次サプライヤーのキーレックスが協力。資本参加を含めてKGの事業計画にいち早く賛同し、両社の協業の下で来年秋の量産開始を見据える。設備搬入が始まる前の工場で、両社の社長に協業の経緯、今後の展望を語ってもらった。
【トップ対談】
KGモーターズ / 楠 一成 社長
キーレックス / 藏田 亮祐 社長
―協業を依頼したきっかけは。
楠 藏田社長とはもともと同年代の知人関係にある。協業先を開拓する中で2022年2月頃、最初に提案を持ちかけた。
これまでに試作やコンセプト発表はできても、量産の壁を越えられないEVベンチャーをたくさん見てきた。特に難易度が高いのがボディーで、そもそもモノコックボディー(ボディーと骨格の一体設計)に対応できる企業が限られる。この壁を越えるためにも、最初の最も重要な提案だった。
―提案を聞いた感想は。
藏田 赴任先のタイから帰国して間もない頃で、24年の創業100周年に向けて次の事業を模索していた。楠社長の人柄は知っており、素直に「協力したい」と思った。
振り返ると、当社は1992年発売のAZ-1(軽自動車初のガルウイング装備)の生産を手掛けた経験がある。部品メーカーの当社が完成車を仕上げた最初で最後の出来事だ。あの経験を当社の誇りのように感じ、完成車を造りたいと考えている社員がいまだに一定数いる。ただし当社が完成車で事業を成立させることに現実的には難しさを感じていたため、KGからの提案にチャンスが来たとも感じた。
スタートアップとの協業は初めて。社内に楠社長のことを知らない人もいたので、慎重に進めないといけないところもあった。
―協業の決め手は何でしたか。
藏田 楠社長との関係性をベースに、外部投資家のKGへの評価を聞き、メディアへの多くの露出などを見て判断した。最終的には、これまで存在しなかった製品に対する期待感が決め手になった。一人乗りの小型モビリティーという新たな選択肢を消費者に提供できる価値は大きい。
―モビリティー開発のスタートアップが広島で事業を行う意義は。
楠 広島でないと、間違いなくここまで来られなかった。自動車産業の基盤があるだけではなく、行政や地元企業の協力が得られたのは大きい。広島に製造拠点を構えることは、今後を含めても当社の強みになり得ると思っている。
―工場をこの場所に決めた理由は。
楠 県内で広く探したが、見つからなくて途方に暮れていた。あっても金額に合わなかった。そんな中、東広島市の方が協力的に動いてくれてこの場所の紹介を受けた。実際に工場を見て即決した。
―ミボットの予約受注が1000台を突破しました。手応えは。
楠 当初は8月末の予約開始から4カ月ほどで1000台の達成を想定していた。わずか1カ月での達成は大きな成果だ。
藏田 大手自動車メーカーのような宣伝をほぼしない中での、この反響には正直驚いた。
楠 うれしい半面、緊張感も高まっている。今はきちんとした品質の製品を届けるために、発売までのマイルストン(中間目的地)を確実に刻むことに集中している。
―量産へのスケジュールは。
楠 来年秋の量産開始に向け、試作を繰り返している。これまでの仮設計を基にした車両から、量産性や組み立てのしやすさなどを考慮した最終形態に近づける。12月末に詳細な仕様を含めた次の試作車を発表予定だ。これを世に示し、より多くの期待を集めたい。
工場には来年3~4月頃から本格的に設備の搬入が始まる。
藏田 社内にプロジェクトチームをつくり、他の業務と兼務する形で20人ほどが携わっている。車体の設計開発をキーレックス・ワイテック・インターナショナルが支援し、当社は量産するアッセンブリーラインの設計を進めている。
量産開始後は当社でプレス・溶接した部品をMCFに運び、この工場の一画に当社が入る形でボディーのアッセンブリーを担う。
―生産体制を順次拡張予定です。
楠 初年度の300台を皮切りに、次年度に3000台、さらに1万台の生産を目指す。広い敷地を生かし、ストックヤードの拡張や生産ラインの増設などで、最終的にはこの場所で年間10万台規模の生産に対応できる試算だ。
藏田 当社の既存工場の生産台数を考えると、1万台でもかなり少ない。ミニマムでの生産を実現しようとすると、いろいろな工夫が必要になる。設計段階から一緒に車体を開発させてもらえるので、そういったアイデアを落とし込める環境はありがたい。
量産当初は手作業中心から始める。台数が増えるにつれて段階的に機械化を進める。これにより当初の設備投資を最小限に抑えつつ、効率化を図っていく。
―スタートアップとの協業で感じた難しさは。
藏田 一番はスピード感だ。量産に向けたスケジュールが通常の自動車開発の半分ほどで進んでいる。社内からは「無理じゃないか」といった声もあったが、なんとか対応している。このスタートアップ特有のスピード感のある決断と行動力に引っ張られている部分もあり、良い刺激になっている。
―キーレックスに期待することは。
楠 今後は、特に信頼性を担保する部分で力を貸してもらいたい。今の予約段階はまだお客さんが乗っていない状況。つまりミボットへの期待感だけで予約をしてくれている。いざ乗ってみてその期待感と全く違ったり、すぐに壊れたりしたら、世の中に広げるのは難しくなる。培ってこられた技術力に信頼を寄せており、この協業を非常に心強く思っている。
藏田 楠社長の言う通りで、ボディーの品質は乗っている人の安全や命に関わる。そこを担う責任は重い。しかし、この領域こそが当社が長年培ってきた技術・ノウハウを発揮できる部分であり、しっかりと貢献したい。
楠 これまでの小型モビリティーは「小さいから安全性の確保は無理」という思想で造られたものが多い。当社は「小型でも安全」という新たな価値提供にチャレンジしようとしている。
―資金調達の計画は。
楠 来年2月頃に新たな資金調達を予定している。これは量産化に向けた今後の山場となる。調達目標は大きいが、これが達成できれば、次のフェーズへ進むための強固な基盤を築けると考えている
―今回の協業を通じて、お互いにどんな未来を描いていますか。
藏田 自動車の上流工程に踏み込める貴重な経験をさせてもらっている。スタートアップとの協業で、社内に新しい風も吹いている。社会に新しい価値を提供する製品を一緒に作り上げたい。
楠 今後も無茶を言うかもしれないが(笑)、一緒に挑戦し続けたい。
キーレックス / 藏田 亮祐 社長 1983年10月30日生まれ、広島市出身。2009年に入社。タイの合弁会社の社長、副社長を経て、23年6月から現職。 KGモーターズ / 楠 一成 社長 1982年4月25日生まれ、呉市出身。2018年からユーチューブチャンネルで動画配信を開始。22年にKGモーターズ設立。