広島経済レポート|広島の経営者・企業向けビジネス週刊誌|発行:広島経済研究所

広島経済レポート|広島の経営者・企業向けビジネス週刊誌|発行:広島経済研究所

コラム― COLUMN ―

広島経済レポートの記者が注目する旬の話題をコラムで紹介。

  • 2024年11月21日号
    運転手の心を磨く

    アマゾンなど通販の急速な普及で運送会社の仕事はどんどん増え、人手が足りずにてんてこ舞い。不在時の再配達が頻発し、その日の仕事がいつまでも終わらない。4月にトラック運転手の残業規制が始まった2024年問題の影響から、事態は一層深刻になってきたという。
     帝国データバンクの24年度上半期の全国倒産集計によると運輸・通信業は前年同期比14・7%増の249件。同様に残業規制の始まった建設業も深刻で、人手不足が原因となった倒産は両部門が全業種の半数近くを占める。配送網を維持するためには荷主を巻き込んだ業務効率化、運賃と賃金の引き上げ、働く環境の改善などを通じて、運転手の確保が欠かせない。
     これを問題視した国土交通省は11月1日、適正な取引をさまたげる疑いのある荷主や元請事業者に是正を働き掛ける調査員「トラック・物流Gメン」を2倍強の約360人に拡充した。中国地方では昨年7月から1133カ所をパトロールし、悪質な34件を指導した。
     物流業が生き残るために何が必要か。荷主から選ばれる組織づくりに力を注ぐKUBOXT(クボックス、西区)の久保満社長(65)は、
    「住宅資材を運んだ後のパネルつり設置やユニットハウスの組み立てなど、物を運ぶ前後の〝物流プラスアルファ〟を徹底している。働き方改革関連法を受け、やむなく運賃値上げなどをお願いした。不安もあったが荷主からは、社員がしっかりとした会社なので今後も頼む。社員の教育費が運賃に入っていると考えれば納得できる、など多くの言葉を頂戴し感謝に堪えない。社員の頑張りや人柄の良さが当社の営業力に大きく貢献していると実感できた。誇れるものだと自負している。ほぼ全てが直接取引であり、そうして築いてきた長年の信頼関係こそ、全ての商いに通じる原点だと思う」
     運転手が休めるよう全拠点に寝室を置く。労働時間を把握するアプリや新型デジタルタコメーター、車両の現在位置や運行状況の管理システムなどを導入した。事故防止を徹底し、社員が高いモチベーションで安全に働ける環境の整備に余念がない。健康経営に取り組み、経済産業省から優良法人に認定された。
    「いかに人材を獲得し、やりがいを感じて働いてもらえるか。人事企画部を設けて人的資本経営を進め、社員の成長意欲を掘り起こし、活躍できる人材を育成していく。仕事の幅を広げる機会や学びの場を増やす。例えば、管理者やマネージャーには自分が抱える業務だけではなく、経営者と同じ目線で人材育成に取り組むマネジメント能力を磨いてもらうため、専用の研修をスタート。人材の力を最大限に引き出し、そこまでやってくれるのかと思われるサービスを追求する」
     61期を迎えた。売り上げは15〜17億円で堅調に推移する。社会貢献も意識し、拠点を置く岡山市、岐阜県の大野町と協定して被災者へ救援物資を運ぶ緊急車両の燃料供給を担う。施設は避難所として提供する。
     創業した両親を立て続けに亡くした。いまも創業者精神「四つの答え」を大事にしている。経営理念の一番目に「社員の幸せの実現」を掲げ、そのために「物事にはすべて基本がある。基本を忘れるな」「世のため、ひとのため」「誠を尽くせ」「みんな仲良く」(切磋琢磨)と心を込める。

  • 2024年11月14日号
    新型車で挽回へ

    米国大統領選でトランプ前大統領が圧勝し、4年ぶりに返り咲く。ジョーカーのように過激な発言で市場経済を翻弄し、為替や株価に影響を与えてきた。2期目も「米国第一主義」を推進する可能性が高いという。円安で潤った日本の輸出企業は内需の取り込みなど足元から見直しを迫られる局面が出てきそうだ。
     マツダは前3月期に北米をはじめとする海外で販売台数を伸ばし、売り上げ4兆8277億円、純利益2077億円と共に過去最高を計上。一方、国内はコロナ禍以降に低迷している。2019年度まで20万台以上を売ったが20〜23年度は約15〜17万台と落ち込み、今期も15万台を予想するなど厳しい。
     全般に国内の自動車市場はコロナ禍前の水準まで回復しきっていないが、SUV分野は伸び続けている。特に500万円台と600万円台の増加率が大きく、ここに狙いを定めた。
     10月に3列シートSUV「CX‐80」を発売。比較的車体の大きな「ラージ商品」というシリーズで、国内ラインアップの最上級に位置付ける。車両価格は旧型よりも60万円ほど高い約390〜710万円に設定。月販目標1400台。毛籠勝弘社長は、
    「もともと22年9月発売のCX‐60を国内販売のカンフル剤にする計画だったが、品質トラブルでつまずいた。月販目標2000台に対して今年は600〜900台で推移するなど低調。同じ失敗がないようユーザー、販売店、ジャーナリストなど多方面から意見を聞き、徹底的に問題点をつぶしてきた。発売が延び、国内販売の回復が遅れてしまったが、万全の状態で世に出せて良かった。国産唯一の3列シートSUVで乗り心地、走行性能、意匠のいずれも最高の出来栄えだと自負している。CX‐60にも改善策を生かしており、挽回していく。ラージ商品全体をじっくりと定番品に育てたい」
     今期の世界販売は全体で前年比9%増の135万台を計画し、うちラージ商品4車種で20万台をもくろむ。
    「ラージ商品は他の車種と比べ2倍の利益率があり、今後の開発費の原資を稼ぐための貴重な手段になる。特にEV専用車種には巨額のコストが予想される。他社との協業を強化する一方、マツダらしい走りを重視した独自のEVを生み出したい。脱炭素に向けてハイブリッド(HV)など多彩な選択肢を用意し、充電インフラやエネルギー事情にかなった車を提供していく」
     新型車は車両の骨格などの面でEVを想定しておらず、2.5L直列4気筒ガソリンエンジンのプラグインHV、3.3L直列6気筒ディーゼルエンジンと同マイルドHVの三つ。減速時にエンジンとの接続を切り離すことで、回生エネルギー(タイヤの回転による発電)の無駄をなくすなど工夫を凝らす。
     運転手の意識消失などの異常をAIが判断し、警報を出しながら自動で減速停止する機能も搭載。R&D戦略企画本部の栃岡孝宏主査は、
    「40年をめどに当社の新車が原因となる死亡事故ゼロを目指す。自ら運転する高齢者は認知症や要介護認定のリスクが低いというデータがある。完全自動運転では同じ結果にならないと思う。当社の自動運転技術は、あくまでも運転する楽しみのサポートがコンセプト。何歳になっても安全安心に自信を持って外出できるよう力を尽くす」
     新たな挑戦が始まった。

  • 2024年11月7日号
    1円でも売り上げを伸ばす

    少子化もなんのその。高校向けに国語の副教材を制作する尚文出版(西区横川町)が好調だ。7月期決算で前期比10%増の売上高15億9000万円を上げ、過去最高を更新した。コロナの影響を受けた期を除き、数十年にわたって右肩上がりを続ける。
     何より手堅い。どこに経営のコツがあるのか。水野理朋社長(54)は、
    「特別なことは何もない。時代に連れて変化するニーズを敏感につかむ。決してうわべだけではない、本物の教材を作る。その一点をコツコツと積み重ねてきた」
     2月に常務から昇格し、社長に就く。心づもりはあったが、社長交代のタイミングは予定より早まった。3月に創業者で父親の左千夫さんが75歳で逝去。3年前から抗がん剤治療を続けていたものの意欲は衰えず。今期も社長続投の意思を示していた。
     生前、気さくに取材に応じてもらった。売り上げと利益の捉え方について、
    「前期よりも1円でもいいから売り上げを増やそうと、社員に言い続けてきた。急成長は必要ない。しかし上に向かうか、下がるのか、その差はとても大きい。業績が伸びないと、社員の給料を上げられない。良い本を作るという経営方針がぶれることはない。適正に評価してもらい、そうして適正な利益を頂く。その利益はさらに良い本を作るための手段になる」
     わが利益を優先することなく、一貫して誠実なものづくり精神が脈打つ。1982年の創業。すんなりと事業が軌道に乗ったわけではなく、食べ物が買えないほど貧しかったことは、当時、中学生だった理朋社長にとって忘れがたい記憶。何事もおろそかにしない心が養われたのだろう。
     創業時以降、思わぬ別れや意図せぬアクシデントなど幾多の苦い経験を経て、ひたすら良い本を作るという信念にたどり着いた。編集部だけではなく、営業を含めた社員全員を「国語の専門家」とし、地方の出版社が大手に立ち向かう気迫をにじませる。生徒の役に立つ。国語を好きになってもらう。これを基本方針に据えた。業界の常識を幾つも覆した。創業当時、A5判(小判)の問題集が主流の中で、生徒が余白などに書き込みをしやすいB5判(大判)の利便性に着目してシリーズ化し、主力商品に育て上げる。また、古典の文法書と問題集の2冊を業界で初めて1冊にまとめるなど、生徒と先生の要望をくみ取り、創意工夫に労を惜しまない社風が今も息づく。
    「やってみると他愛もないことも、まずそれに気付き、最初にやることに意義がある。他社にまねされることはあるが、当社がまねすることは許さない」
     創業者の口癖だった言葉を胸に刻む。営業手法にもこだわる。全国の高校を各地の営業社員が訪ね歩き教材の良さを先生に直接伝える。そこでつかんだ先生の感想やアドバイスを制作に反映させる。
     少子化に加え、来春の大学入試改革、学校現場のデジタル化など教育を取り巻く環境は急速に変化している。
    「この10年ほどで子どもの人数は3分の2に減った。正直背筋が寒くなるが、現実から目を背けてはならない。伸びる余地は十分にある。良い本と誠意は必ず通用する」
     来春に授業用デジタルコンテンツを発売し、市場開拓に挑む。今期の売上高目標は16億5000万円。1円でも売り上げを伸ばす志がある。

  • 2024年10月31日号
    広島を変える

    1955年に財界グループ「二葉会」が発足した。わしらでやろうやないか。企業トップの発言をきっかけに広島の有力企業10社(後に11社)が結束。廃墟となった広島を復興させようという経済人の気概にあふれていた。利害得失を離れてまちづくり、経済を引っ張り、いかんなく存在感を発揮した時代だった。
     二葉会メンバーのうち、御三家と称されるマツダ、中国電力、ひろぎんホールディングスが5月、県とタッグを組んだ。転出超過の解消を目指すプロジェクト「HATA ful(はたフル)」をスタート。社員と職員40人が中心となり、広島出身の県外大学生へのヒアリングなどを通じて、なぜ広島が選ばれないのか探った。検討を重ね、理想の姿を描く。これから広島が「働く場所」として一層魅力的になるよう、さまざまな取り組みを始める。
     出向や兼業で各社のプロジェクトや業務を相互にこなす「キャリアチャレンジ」のほか、学生にもプロジェクトに参加してもらいながらキャリア形成を促す「インターン」などによって、チャレンジ機会の創出や企業のイメージアップを図る。企業規模を問わず来春から参加者を募り、初年度に10件30人、3年で100人のマッチングが目標。月1回の合同ワーケーションのほか、相互の定期的な職場点検で風土改革を促す。
     9月の発表会にそれぞれの組織のトップが来場。一部紹介すると、
    『転出超過の主な理由はUIターン採用の減少と県外転職の増加。県内で多く採用する企業こそが取り組むべき課題ではないか。はたフルの名称には地域の旗振り役となる、カラフルで魅力的な〝はたらく〟を創出する企業ネットワークという意味を込めた。私たち大人が広島で生き生きと暮らす姿を子どもに見せて、将来に希望を持ってもらう。人材交流プラットフォームなどで組織の枠を超えて人がつながり、誰もが自分らしく働ける魅力的な職場を広島で増やしていく』
     と心意気を見せる。湯崎英彦県知事は、
    「これまでも多くの対策を行い、モデル事例を共有してきたが、企業の枠を飛び超える画期的な試みだ。二葉会が復興を支えた歴史など、地域密着が広島の良いところ。県民が最大限に力を発揮し幸せになることは企業を強くしていく。まさに地域活性化の原動力となり、魅力的な広島の姿を見て人が集まってくる。そんな好循環を目指す」
     マツダの毛籠勝弘社長は、
    「金と物は有限だが、人には無限の可能性がある。企業の底力は一人一人がどれだけ活躍できるかに懸かっている。仲間をつくり、同じ課題に向けて一歩踏み出したことで、広島を変えるエネルギーが生まれたと思う」
     ひろぎんホールディングスの部谷俊雄社長は、
    「企業風土の変革は一朝一夕にはいかない。1社だけでうまくいくかというと難しく、この活動を機に協力しながら加速させたい」
     中国電力の中川賢剛社長は、
    「実は転職サイトで、おそるおそる中国電力と入力することがある。はたフルの熱意を聞き、魅力的な会社には自己実現や働きがいにつながる職場環境が必須だと改めて肝に銘じた。広島には地元プロスポーツをみんなで応援する気風がある。企業も応援し高め合いたい」
     活動の輪が広がり、活気あふれる広島を願いたい。

  • 2024年10月24日号
    熊野筆の未来

    長年の経験がものをいう。イタチやヤギ、ウマなど動物毛の選別から始まり、73の工程を踏んで、ようやく1本が仕上がる熊野筆。根気の要る地味で、丹精な仕事の積み重ねが伝統の技として根付き、産地を形成している。
     後継者育成も急務。10月9日に伝統工芸士の荒谷城舟さん(87)と實森得全さん(79)が次代を担う若手を指導した。筆の命の穂首を作る上で見逃してはならないポイントなどを伝授。現在、熊野筆の伝統工芸士は11人を数えるが、10月3日には7年ぶりに女性筆職人が伝統工芸士の認定試験を受けた。
     筆生産量で全国一の熊野町に開館した筆の博物館「筆の里工房」(椋田昌夫館長)が30周年を迎えた。書筆の誕生から変遷をたどりながら筆文字の美しさと日本文化の奥深さを伝える。国指定の伝統的工芸品の書筆をはじめ画筆、化粧筆を合わせて約1500種類をそろえる熊野筆のセレクトショップもある。
     11月4日まで記念展「定家様が伝えた文化ーそうだったのか藤原定家さん」を開く。徳川家康も定家の筆字を愛好し、書写したという。職人の筆づくりに思いをはせながらいにしえの書に向き合うと、その味わいは一層深まる。
     文化・芸術のまちづくりを標ぼうする町は、2026年度を目途に工房隣接地へ観光交流施設の整備を計画。工房では先行して運営の一翼を担う会員組織「KCP」(クマノクリエイティブパレット)の育成にも注力している。新施設での創作やものづくりの体験コンテンツの造成を通じた仲間づくりや地域活性化を目的に掲げ6月にスタート。
    「プロとアマチュア、老若男女、町民を問わず、書画や写真、音楽、演劇、園芸などさまざまな分野に興味がある人が集い、自らのアイデアでまちづくりを推進。博物館というアカデミックな施設に、地域に目を向けた交流の場を併設することで新たな筆のまちの将来を描いていく」(同町)
     12月のワークショップでは会員にテーマごと、まちづくりに向け何が実践できるのか意見を出し合う。
     一方、熊野筆事業協同組合(79社)は10月4〜10日、伝統的工芸品産業振興協会の伝統工芸青山スクエア(東京)に「広島県 熊野筆の世界」と題して出展。お好み焼きのソース刷毛なども展示販売したほか、實森得全さんの子息、将城さんが筆製作を実演し、筆づくり体験も行った。11月8〜10日は243品目を数える全国の伝統的工芸品が石川県に一堂に集まるKOUGEI EXPO(第41回伝統的工芸品月間国民会議全国大会)へ出展。現在、伝産協から産地支援を受けるため、課題を洗い出し振興計画をまとめるなど来年度申請に向け準備が進む。竹森臣理事長は、
    「数年前は筆産業の売り上げ規模は100億円を超えていたが、現在は大台を割り、化粧筆が過半数を占める。職人の高齢化や担い手不足、入手困難な原材料をはじめコスト高が続き、将来不安を感じている組合員は少なくない。毛の癖を直す工程で使われる火のしなど筆を作る道具の職人もいなくなっている。需要は変化し、伝統継承の環境は厳しい。ひるむことなく熊野筆ならではの本物の力を磨いて次代へつなげたい」
     熊野筆のブランド強化へ中国や欧米、韓国、台湾、UAEなど海外12カ国にも商標登録し、来年はインドやベトナムも予定。品質を武器に世界で勝負する。

  • 2024年10月17日号
    地域の食材が一番

    そんなんあるん、知らんかった、とは言わせない。広島県の総力で地域の魅力を全国へ、世界へ。県産食材や地域に根付く食文化を広め、次代へつなぐプロジェクト「おいしい!広島」が10月2日、キックオフした。広島を元気にする熱い思いを込め、さまざまなイベントを展開する。 
     生産者の高齢化や担い手不足のほか、気候変動による食卓に届く農水産物の変化などに向き合ってきた県農林水産局が中心となって、昨年のG7サミットを契機にプロジェクトを立ち上げた。
     まずは県内14市9町に根付く食の魅力を磨き上げることから始めた。そして生産者や飲食店、ステークホルダーに県民も総出で地域の魅力を発信し消費の輪を広げていく。誇りと自信を持った生産者を増やし、新たな商品やサービスも生み出しながら好循環させていく狙いだ。
     生産者の実情を知る同局販売・連携推進課の諫山俊之課長は、
    「広島が世界中から注目されるG7開催の前と後、国内外から多くの観光客が訪れる。県産品をアピールする絶好の機会を逃す手はない。初めて広島を訪れる人にも県産の農水産物を手に取ってもらいたい。飲食店を巻き込みながら昨年2月に立ち上げたプロジェクトを起点に広島の食の魅力を売り出す」
     食材として食品スーパーなどで買い求めるだけでなく、商工労働局とも連携してプロの料理人の手で新たな〝おいしい〟を生み出しながら、地域それぞれの魅力を地域の人に〝推し〟てもらう。
     広島の耕作地は急傾斜地が多く、作業効率はあまり良くない。農林業センサス(2020年)によると耕地面積や販売額などが規定以上の農業経営体は10年前に比べ38%減の2万2290。うち個人の自営農業者も減少をたどり2万人超。65歳以上が83%を占め、平均年齢72.1歳。
     耕地面積は20%減の2万8979ヘクタール、しかも規模別で1ヘクタール未満と1〜5ヘクタールの面積が全体の60%以上。23年度の漁業経営体は10年前に比べて23%減の1945。就業者数は33%減の2672人。一方で、カキ類養殖の経営体は8%減の286に対し、養殖面積は平均で34%増の8603平方メートル。総面積は246万平方メートルと全国一を誇る。農業、漁業共に一経営体の規模は次第に大きくなる傾向を見せる。
     このプロジェクトは〝おいしい〟が県民の誇りになり、広島のブランドイメージを醸成し高めていく。県内外から多くの人が集まり、交流人口を拡大、地域の経済活性化をもくろむ。キックオフ当日、瀬戸内のさかな、広島の酒、広島和牛など地域色豊かな食材に、飲食店や企業が三者三様に工夫を凝らし、新たな市場を生み出そうと虎視眈々。
     〝おいしい〟でつながり、地域に元気をもたらす。湯﨑英彦知事は、その旗振りを県民一人一人が担ってほしいと訴えた。地元では当たり前にあるものが誰かの推しになり伝わり、いつの間にか価値が高まり、みんなが潤う。長年ホテル業界で活躍し、11年に「現代の匠」に認定された全日本司厨士協会中国地方本部県本部の澤村収二会長は、
    「収穫してすぐに調理して食べる。これが一番おいしい。家庭菜園を楽しんでいるが農家のプロにはかなわない」
     地域の食材が一番。これに調理の技が重なり、地域の応援が欠かせないと言う。おいしい広島ブランド、人を呼び込み国内外へ飛び立て。

  • 2024年10月10日号
    世界で水力発電に挑む

    ミサイルが飛来し、市民が逃げ惑うテレビ報道に世界の緊張を知る。だが、日本にいるからか現実感にほど遠い。果たして日本の安全保障、食料、経済の備えは大丈夫なのか。国境を越えた連携が一層求められているという。
     いま、生成AIが世界中で話題をさらう。一方で、その大量の記録容量とサーバーを受け持つデータセンター(DC)がひっ迫。DC稼働に必要な電力も足りなくなり新設を制限する国も出てきた。
     呉市発祥のムロオシステムズ(東京)は2019年から中央アジアのキルギス共和国で金融大手SBIグループ向けの大規模DCを運営し、再生可能エネルギー発電で供給する構想を描く。将来の不足を見越して「水力発電」への参入を決めた。
     日本とキルギスの二国間協力に基づくエネルギートランジション(再エネなど脱炭素への移行)プロジェクトの第1号案件に採択。9月9日にキルギスのエネルギー省と投資契約を結んだ。チョン・ケミン川の複数地点に水力発電所を建設し、所有権を保有して運用する。発電容量26メガワットで、年間発電量は133.7百万キロワット時。投資額35億円を見込む。着工から2年後の稼働を予定。潘忠信社長は、
    「国のプロジェクトのため、自家消費ではなくキルギス国内に広く供給する。再エネインフラの発展や、厳寒期の停電対策に貢献したい。将来は電力供給からDC運営まで一体的に整備していく」
     ここで築いたノウハウが大きな財産となりそうだ。8月には東アフリカで水力発電の盛んなエチオピア連邦民主共和国に20メガワットのDCを完成した。12月ごろに2基目を作り、それぞれ増設予定。26年には計100メガワット規模を計画する。当面は電力を購入し、将来は自前の水力発電所を建てたい考え。
    「政府が開発したICTパーク内に立地し、テクノロジー企業や研究施設が集まる。地域のデジタル経済発展に寄与したい。今後も経済発展の見込める地域に進出を目指す」
     同社は、物流地場大手のムロオ(呉市)の100%出資で06年に設立。12年に鷗州塾運営のAICエデュケーションが第三者割当増資を引き受けた。19年のSBIグループとの取引開始に当たって事業と資本の再編成を図り、現在は潘社長が全株を取得。24年3月期の売り上げは「国際貿易プラットフォーム」事業が伸び、初めて20億円を突破した。非連結の現地会社が運営する海外事業は24億円を売り上げる。
     同プラットフォーム事業はDC事業、発電事業と共に三本柱の一つに据える。昨年10月には経済産業省の「貿易投資促進事業費補助金」に採択された。ブロックチェーン型のデータベースを用い、多国間の製品のサプライチェーン管理や輸出入事務の代行、代金支払いまでを一元管理。
    「サービス基盤の構築と運用を自社で担うプラットフォーマーとして20年度から実績を積んできた。国内企業の貿易振興や手続き効率化、コスト削減などにつなげたい」
     このほか物流の効率化システム、教育施設向けアクティブラーニングや総合学事システムなどを手掛ける。QR決済サービス「MSPS」は導入先が5万店を超えた。
     新事業のアイデアが浮かぶたびにアドバイスをもらい、背中を押してくれたムロオの山下俊夫会長を師と仰ぐ。知恵とチャレンジ精神が成長の原動力なのだろう。

  • 2024年10月3日号
    医療とまちづくり

    人はどうすれば笑顔になれるだろうか。中区竹屋町の診療所「ほーむけあクリニック」院長の横林賢一さん(46)は医療と街づくりという一見、かけ離れた命題を通して笑顔の根っこに何があるのか、考え続けてきた。
     誰でも病になって病院を訪れるが、同クリニックは診療のない9月7日の午後、小学1、2年生を対象に〝おしごと体験〟イベントを開いた。コロナ前までは年1回、近隣の小学生に問診やエコー、レントゲンなどの体験、クリニック見学を行っていた。今回は近隣のかとう歯科医院、すずらん薬局と組み、医療に携わるそれぞれの仕事を体験してもらった。横林さんは、
    「子どもたちが楽しみながら社会の仕組みを学び、大切な在りかを発見できる。それが将来の仕事の選択肢の一つになり、事業所にとっては存在を知ってもらう機会になる。
    おしごと体験は医療分野にとどまることなく、街のさまざまな事業所に声をかけ、仕事の体験を通じて子どもと大人がつながり、笑顔のあふれる温かい街を願っている」
     広島大医学部の学生の頃、映画やTVドラマになった赤ひげ先生、ドクターコトーのような町医者に憧れていた。卒業後、研修先の福岡の病院で米家庭医の講演を聴く。理想に描いていた医師の姿があった。地域住民の健康に寄り添う総合診療医への道を進む決心がついた。
     沖縄・西表島の診療所や米オレゴン健康科学大の研修を経て、日本で最初の家庭医療専門医になるが現場を経験する中、学びを深めたいと在宅医療のフェローとして訓練も受ける。2010年に広島に戻り、広大病院家庭医療専門医養成プログラムを立ち上げた後、米ハーバード公衆衛生大学院(HSPH)へ留学。そこでソーシャルキャピタルや行動経済学を学び、どうすれば人は笑顔になれるかと自分自身に問うようになった。
    「病と向き合って生活している人を診る。人は人とのつながりがあって初めて笑顔が生まれる。診療しているとSDH(健康の社会的決定要因)の大切さを実感させられる。病は、患者だけのせいではない。健康づくりを妨げているのは何か。例えば、貧困や低学歴など社会格差による不健康、病を解消することはできないか、そうした目的を定めHSPHへ向かった」
     1年間学んで持論を確証。ためらいなくアクセルを踏む自信ができたという。
     17年、夢だったカフェ併設の有床診療所として現在のクリニック開設にこぎ着けた。病気の有無に関わらず無料で相談できるまちの保健室、こども食堂、認知症カフェ、離乳食教室など、誰もが気軽に集える場を目指す。
     笑顔を生む街づくりへ、カフェのイベントを企画運営し地域とのつながりを〝処方〟するリンクワーカー、塚本真理子さんの存在を欠かすことはできない。家庭医は、生まれて死ぬまでのライフサイクルに照らしながら想定される〝つまずき〟ポイントも念頭に置く。団塊世代全てが後期高齢者になる25年問題が目前。住み慣れた地域で最期まで生活できるよう、リンクワーカーの出番はますます増えてきそうだ。
    「医師に相談できないと思っていることが、実は不調の原因だったりすることもあるのです。一人一人の困り事に誠実に対応し、心がほっこりと笑う、そうして笑顔が連鎖する街にしたい」
     新しい光が差してきた。

  • 2024年9月26日号
    お好み焼きの話

    幼い頃、近所のお好み焼き店でふうふう、ヘラで鉄板にある焼きたてを頬張った。大人になって食欲のないときも不思議とうまい。
     戦前にあった「一銭洋食」が元になり、戦後間もない頃はみんなの空腹を満たした。県外で広島風と呼ばれているが、ずっと身近にあっただけに心外。昨年のG7広島サミットで振る舞われたお好み焼きが国内外へ発信され、英国のスナク首相(当時)は自ら鉄板の前に立ってお好み焼きを作った。寿司、天ぷら、ラーメンに続いて世界の街へ広がると、食事に困る日本人はいなくなりそうだ。
     ケーツーエス(安佐南区)は米国ロサンゼルスに開いたお好み焼きの直営店が好調という。ロス中心部の日本人街リトルトーキョーにある日系ホテルの壁面に3月、でかでかとドジャースの大谷翔平選手の壁画が登場。その2軒隣りにある直営店も恩恵を受け客足が伸びたと話す。テキサス州ダラスでエリア出店に関するライセンス契約を結んでおり、数年内に5店程度の出店を目指している。
     近年は広島を訪れた外国人観光客が鉄板を囲み、少し不器用にヘラを扱うシーンをよく見かける。お好み焼きを食べに広島に行くという人もいる。地域の自然環境、暮らしに育まれた「食の魅力」は観光客誘致にも大いに威力を発揮している。
     西区商工センター7丁目のウッドエッグお好み焼館に事務局を置く(財)お好み焼アカデミーの資料に、
    『戦後、焼け野原にあった鉄板とアメリカからの食料支援としての小麦粉(メリケン粉)が出会い、再び一銭洋食が作られ始めます』
     新天地エリアは屋台でにぎわっていた。郊外では戦争で夫を亡くした女性が家の軒下を改造して鉄板を設け、お好み焼き店を営む。屋号に○○ちゃんといった名前が多いのは、戦地から帰った人が見つけやすい理由もあったと当時のエピソードを伝える。
     全国に1万6000以上のお好み焼き店があり大阪、兵庫、広島の3府県で4割を占める。広島県内は1600店以上(アカデミー調査)。海外へ人気を広げ、世界の共通言語になるかもしれない。
     老舗の「お好み焼みっちゃん総本店」を創業した井畝満夫(いせ・みつお)さんが7月25日亡くなった。91歳。1950年に父がお好み焼きの屋台を始めた。まだ10代後半だったが、病弱な父に代わり店を仕切るようになる。自身の愛称から店名を「みっちゃん」にした。いまは市内中心に東京(2店)へ出店し、計9店舗を展開するISE広島育ち(佐伯区)と、お好み焼アカデミーは9月4日午前11時からリーガロイヤルホテル広島でお別れの会を開いた。多くの人が集い、穏やかだった人柄をしのんだ。
     その歩みに、こんな話がある。焼きそばの上にお好み焼きを乗せて焼くとうまい。たちまち評判になり、それがそば入りの丸い、いまの原形になった。初めは割り箸を使っていたが費用が嵩むため、鉄板の上でヘラを使って食べれば皿も割り箸も使わなくて済む。お好みソースも考えついた。人一倍に熱心だったからアイデアも次々に湧いたのだろう。広島特有のスタイルがあちこちに広まっていった。
     鉄板と小麦粉、戦禍と女性の頑張り、お好みソースとヘラ、やがて世界へ出店するまでの歩みは戦後の広島の歴史とも重なり、先人の知恵とたくましさが支えてきた。

  • 2024年9月19日号
    評価は自分が創る

    先の読めない事業環境や余剰雇用、人手不足にさらされて苦心惨憺。人材確保へ適切な給与体系をどうすればよいのか、正解のないもどかしさを味わった経営者も多いのではなかろうか。
     軽自動車専門店のサコダ車輌(佐伯区五日市町)は、今9月期決算で販売台数6000台乗せと車検2万台、一般修理5万台以上を見込む。トライ&エラーを重ねながら独自の評価と給与制度を構築。働く人のモチベーションを高め、成果を挙げている。
     2015年に評価制度の検討を始め、20年に修正を加えて翌年に現行制度をスタート。10月から抜本的な変更(賃金テーブル、職能手当、資格手当、年間休日)を予定している。月約10項目の個人評価基準の達成度合いに応じて半期毎に等級を改定。執行役員本部長で整備部門統括責任者の森岡真也さん(40)は、
    「営業や整備部門などの職務を問わず、全社員が評価項目を理解して納得感のある給与体系、評価制度に進化させています。近年は販売だけ、整備だけと部門限定で成果を出し、採算を取ることは難しくなっている。シナジーが発揮できる事業を展開することで専門性とスピードを高め、よりユーザーのメリットに貢献する社内態勢を築く。事業の枠を超えて相互理解できる人材の育成が大切だと思う」
     むろん専門医も必要だが総合診療医によって、適切な対応が可能になる。〝自動車販売知識のある整備士〟が企業力を底上げし、技術と営業の総合力を備えた人材こそ顧客の信頼につながるという。
     森岡さんは整備学校を卒業してメーカー系ディーラーに勤務。自動車整備士に誇りを持っていたが、業務量は営業担当の腕次第。業界の人手不足でプライベートな時間がなかなか確保できない、将来へ希望が見いだせないと、いったんは業界を離れた。
     縁あってサコダ車輌に入社以降は、整備士が主体的に活躍できる環境をつくりたい一心で課題を洗い出し、新たな職場づくりを目指した。
     人材育成を成長戦略の真ん中に置く迫田宏治社長は働く人への投資を惜しまない。
    「生活必需品として軽自動車を扱っている。そうそう頻繁に車は買い換えられるものではない。どうすれば価格を抑えることができるのか。販売台数を増やし、経営効率を高める努力が欠かせない。しかし売りっぱなしは厳禁。安心していただけるアフターメンテナンスを整えてきた。業界は整備士や板金塗装などの人材不足が年々深刻さを増している。社員一人一人と向き合い、人材が育つ雇用関係をつくり、みんなが生き生きと働く職場を実現させたい」
     採用は中途を含め毎年15〜20人を計画。国家資格の整備士は3級、2級を取得し、自動車検査員として活躍できるまで最短でも約8年かかるが、教育プログラムを充実させて無資格でも採用。独自のカリキュラムとスキルマップを基にした社員等級制度の運用で、将来をイメージできる成長プロセスを〝見える化〟した。どんな力を身に付けると一人前なのか基準が明確。その人の〝頑張り方〟がひと目で分かる。26年からはジョブ型採用に踏み切る。 
     部門を超えて異動できる人事制度を整える。外国人材もベトナム人の特定技能1号3人、技能実習生4人が活躍する。舟入・五日市・東広島・祇園・海田の5指定6工場体制。評価は自分で創る。その評価は業績に直結する。

  • 2024年9月12日号
    廿日市市の挑戦

    廿日市市に入り、西広島バイパス下りの佐方サービスエリア付近に差し掛かると右手に、山肌があらわになった大規模な造成工事現場が視界に飛び込んでくる。
     同バイパスと山陽自動車の宮島サービスエリアの間に広がる一帯約70ヘクタール。市を含む地権者で構成される平良丘陵開発土地区画整理組合が事業主体となり、総事業費169億円で工業および観光交流の施設用地(各約15ヘクタール)整備へ、造成工事に昨年5月着工、2026年度完了する運びだ。
     既に工業団地は市内外から約20社の進出が予定されているという。観光交流施設は200室規模のホテルや温浴施設、レストラン、スイーツや調味料体験エリアなどを設け、29年度の開業を目指す。〝食と癒やし〟をテーマに地域資源を生かした複合リゾート施設を全国展開するアクアイグニス(東京)などで構成される合同企業体で運営を検討している。年間約400万人の誘客を見込み、約200億円の観光消費増加を試算する。
     アクアイグニスの立花哲也社長は昨年7月にあった記者会見で海のカキやレモン、酒、木工など豊富な特産品の魅力を挙げ、廿日市に寄せる思いを述べた。地元に根差す個店を大切に地域一体となった、にぎわいのある整備構想を描く。昔食べた町の中華そばの味が忘れられないという。関連業務を一括代行する西松建設はテナントリーシングへ地元の味を探索中。
     そこから車を十数分走らせると瀬戸内に浮かぶ宮島が左手に見えてくる。今年の来島者は最多を記録した19年の465万人を上回る勢いだ。昨年5月のひろしまG7サミットを機に欧米中心にインバウンドも増え、島の宿の稼働率も高水準で推移している。
     宮島の東部にある包ヶ浦自然公園の開発計画をめぐり、賛否両論が渦巻く。自然公園は旧宮島町が1978年に開園。15.5ヘクタールにケビン31棟やキャンプ場などを備え、海水浴場としてピーク時には年間16万人が訪れた。近年は利用が落ち込み、3月末で有料施設の利用を停止。2022年2月、観光庁事業に採択されて市は富裕層狙いの宿泊施設誘致へ、26年度開業を目途に公募型提案制度で事業者を選ぶ方針を固めていた。
     包ヶ浦は1870年代後半から開墾が始まり、1900年代に広島湾要塞の一部として鷹ノ巣浦に砲台を建設するための軍用地となった。26年以降から45年まで広島兵器廠だった歴史がある。
     市有地10.8ヘクタール、残りが国有地。誘致計画は1部屋10万円以上を想定し、新たな来島者を掘り起こす狙いだが、反対の声が上がり、島民の70%以上を集めた総数1万3815筆の署名を町議会へ提出。計画はいったん凍結し、協議を重ねて関係者の意見や要望を受け止めながら新たな展望を探る状況だ。
     もう一つ。宮島を望む県内唯一の宮浜温泉街は新たな源泉の配湯工事を来年度に控える。市と6温泉宿泊施設でつくる組合は2037年までを想定した「活性化基本構想」を実現すべく、温泉街のブランド化に乗り出した。散策が楽しめ、地元食材を使った宿泊プランなどを検討中だ。
     観光振興と移住定住促進を目指す市の宮島まちづくり基本構想を具現化するプロジェクト「千年先も、いつくしむ。」も動き出す。守るべきもの、伝えるべきもの、できることがあるとうたう。将来の発展を引っ張るプロジェクトがスタートラインに立つ。

  • 2024年9月5日号
    蓄電池で地球を守る

    日々の暮らし、自然界の営み、産業、地球を守る革新的な技術になるだろうか。
     太陽光発電や蓄電システムを開発するQDパワー(中区本通)は7月、次世代技術と目される全固体電池を用いた「系統用大容量高性能蓄電池システム」の組み立て工場を廿日市市大野で稼働した。一般的なリチウムイオン電池の液体状電解質は温度変化に弱く、発火や液漏れの可能性がある。全固体電池は文字通り電解質を全て固体にすることでそのデメリットを解消。高密度なためエネルギー出力は数倍に高まる。
     現在、最もシェアの高い製品と比較して1メガワット時当たりの年間CO2排出量を30%以上削減できるという。同社会長の川本忠さん(64)は、
    「現代社会の営みは、あらゆることにエネルギーが必要とされている。農業などの自然を利用する分野もスマート化によって、エネルギー消費が加速していく。電力そのものの仕組みから抜本的に対処する必要がある」
     例えば、太陽光や風力による発電量は天候と季節の影響を受けやすく、需給調整が難しい。高性能蓄電池を用いることで、その時の需要より多く発電された場合はいったん蓄電池にためておく。電力が不足した時には蓄電池にためていた電力を供給するマイクログリッド(小規模電力網)が解決策になるという。
     需要ピーク時の供給にインセンティブがある国のFIP制度やJEPX(日本卸電力取引所)に加え、将来の電力供給力を取引する容量市場が本年度からスタート。電力をためて使う技術に追い風が吹いてきた。
     川本さんは早稲田大学政治経済学部卒。35年前に、大学の先輩で現在は東京工業大学名誉教授を務める玉浦裕さん(77)の地球温暖化に関する講演を聞き、共感した。
    「私は当時、全日本学生庭球同好会連盟の初代理事長を務め、スポーツ選手支援業務の会社を経営していた。スポーツと健康は切っても切り離せない。地球環境はどうなっていくのか。温暖化が人々の生活や健康に及ぼす影響は計り知れない。何とかしなければいけないと考えた」
     これが人生の指針を決めたのだろう。1999年に大和ハウス工業グループのグリーンファーム開発の設立に参画したほか、「スポーツ選手の農業就業を通じた地方創生と新時代の農業システム開発」などに携わり、農業コンサルタントとして独立。2017年に卵殻でアパタイトと呼ばれる化合物を作るバイオアパタイト社、同年に電力自給自足型スマート農業のシステムを提案するトレスバイオ研究所、22年にパイライト太陽電池開発のQDジャパンを東京などで相次ぎ設立。東京工大の「超スマート社会推進コンソーシアム」では農業スマート化を担当した。
    「系統用蓄電池システムは東京工大の技術指導を受けて、東京のソリッドバッテリーと共同開発。広島は玉浦名誉教授の出身地で各方面から情報が入り、工場を構えるイメージが湧いた。何より、国際的な知名度の高い広島から、世界へ出荷したいと決心。地元企業とオープンイノベーションを重ねながら、モビリティーや航空宇宙、データセンター、防災、医療など用途別に開発していく。全ての家に蓄電池が置かれる時代は近いうちにやってくる」
     国内数カ所に同様の工場を計画する。川本さんが描く構想は遙かに大きい。