広島経済レポート|広島の経営者・企業向けビジネス週刊誌|発行:広島経済研究所

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7年ぶり社長交代 電力事業を新成長戦略の柱に
広島ガス / 中川 智彦 社長

松藤研介会長からバトンを受け継ぎ、4月1日付で社長に就いた。社長交代は約7年ぶり。4月策定の中期経営計画では電力事業を新たな成長戦略の柱に位置付け、イノベーション創出を目指す。2050年カーボンニュートラルに向けた取り組みなど、展望を聞いた。 -就任の抱負は。
 身の引き締まる思い。「地域社会から信頼される会社をめざす」という経営理念を踏襲し、その信頼をさらに深めていきたいと考えている。
 グループの中期経営計画ではガス事業の「深化」、イノベーションの「創出」、経営基盤の「強化」の三つを柱に据えた。ガス事業では石油や石炭などを使っている企業などに向けて天然ガスやLPガスへの燃料転換を提案し、低炭素化のお手伝いをしたい。将来的には現在の都市ガスの原料である天然ガスをCO2と水素から合成するカーボンニュートラルメタンに置き換え、「ガス自体の脱炭素化」に取り組んでいく。    

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話題のお店を取材!
リュニベル / 今井 良 シェフ

南仏のミシュラン一つ星レストランで修業を積んだシェフが夫妻で営むフランス料理店。店名は修業先から譲り受け、仏語で「宇宙」を意味する。野菜中心や、バターの代わりにオリーブオイルを使うなど特徴的な同地域の「ニース料理」に特化した創作料理と、ワインのペアリングを楽しめる。
「現地で教わった〝材料を選んでから料理を決める〟という考え方に感銘を受け、当店でも食材選びにとことんこだわる。東広島市志和町で採れた野菜をはじめ、育成頭数が少なく市場に出回ることがまれな比婆牛、もみじ豚など県産食材を主に仕入れています。日によってコースメニューが変わるのも、来店時の楽しみの一つです」
 昼夜ともに2組限定で、4月は常に満席だった。最近では、カップルの記念日として利用する20代後半の客層が増えたという。
「お客さまから『ここでごちそうを食べるために仕事を頑張りました』といった声を頂くことが、大変励みになる。今後も妻と切磋琢磨(せっさたくま)していきます」

INFORMATION
  • ◆住所:中区東白島町7-3
  • ◆電話:082-576-7239
  • ◆平均予算:2万2000円
  • ◆座席数:カウンター6席 4〜6人用テーブル1
  • ◆営業時間:午後0〜3時と6〜10時半
  • ◆定休日:月・火曜定休
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経営者が語るスポーツ「愛」
CWAL / 藤井 正彦 社長

西区商工センターに本社を構え、飲食店運営や経営コンサル、補助金申請支援サービスを手掛けています。
 呉市出身で、幼い頃からカープが生活の一部。中・高校生になると年間指定席を利用し、いとこと月に数回は旧市民球場に足を運んでいました。当時は万年Bクラスの暗黒期。前田智徳さんや緒方孝市さんらベテランの奮闘で先制しても、中継ぎ陣が踏ん張れずに逆転されるなんてことが日常茶飯事の歯がゆいチーム状況でした。そんな中で勝利した時の喜びはひとしお。この興奮を味わいたくて、のめり込んでいたのかもしれませんね。
 その頃の推しは〝左の代打の神様〟浅井樹さん。得点機で登場し、一打で仕留める姿はどんなスター選手よりもかっこよかった。同級生の間で携帯電話に浅井さんのステッカーを貼っていたのは僕くらいでした。
 社会に出た今も、カープは元気の源です。特に印象深いのは2017年7月7日ヤクルト戦の〝七夕の奇跡〟。5点を追う9回表にベテラン・若手選手がひとつになって最後まで諦めずにつなぎ、新井貴浩さんの3ランホームランで逆転勝利したシーンに胸を打たれました。仕事で行き詰まった時などにユーチューブで映像を見返すことで、自らを奮い立たせています。
 そんな新井監督がチームを率いて2季目。打撃陣が苦しむ中、投手陣の踏ん張りでなんとか上位争いに食い込んでいます。ファンの力で後押しし、新井さんの胴上げを見たいですね。

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記者が注目する旬の話題
創業100年の教訓

安全靴製造のノサックス(東広島市)が5月に創業100周年を迎える。記念式典を4月20日、南区のホテルグランヴィア広島で開いた。
 年内には昔の社名「野口ゴム工業」を復活し、3代目の野口恒裕社長(76)から長男の隆志専務(47)へ事業承継を進めると発表。大きな節目の年に原点を振り返り、代々続く思いをつないでいく。
 創業は大正13年(1924年)にさかのぼる。広島市南区段原日出町に「野口ゴム製造所」を設立。小さな靴工場を開いた。当時、広島は第一次世界大戦の兵たん拠点として栄えており、創業者の野口進さんは作業靴や軍靴を製造することで「軍都広島の発展」を支えてきた。
 工場、建設現場などで働く人の足に合わせた靴を作る。その信念はぶれることなく、やがて経営を支える根幹となった。戦時下、供給物資が不足する中で「体を服に合わせろ、足を靴に合わせろ」と容赦なく、戦場の兵士は過酷な状況に置かれた。とても足に合わない靴を履く苦痛を経験させられた戦地から復員した長男の昌明さん(後に2代目)と共に働く人の足を守る靴の開発に心血を注いた。
「籠に乗る人、担ぐ人。そのまた草鞋を紡ぐ人。われわれは良い草鞋を紡いでいく」
 そう覚悟を決め、やがて大ヒット商品が生まれる。
 戦後の混乱した経済から高度経済成長への足がかりとなった昭和30年代中頃、同社が考案した革付きビニール靴「キングクラウン」が飛ぶように売れた。日本国有鉄道をはじめ、全国のあらゆる現場で働く人の足元を守ってきた。
 自社の技術開発だけにとどまることなく、業界の発展にも奔走。同業他社と共に安全靴工業会の発足に参画し規格の制定、安全基準の向上に尽力してきた。1969年には全国で初めて日本ゴム工業会から表彰。西日本最大手の安全靴メーカーへと成長を遂げた。何ごとにも替えがたい創業からの足跡を胸に秘める恒裕社長は、
「一見して非常識なアイデアにも果敢に取り組み、常識をひっくり返す製品を生み出してきた」
 けれん味がない。県内初の作業靴キングクラウンは現在も主力製品として活躍し続けている。道路舗装工事用安全靴のHSKシリーズや高所作業用の鳶シリーズは軽量化、履き心地の良さを追い求め、ニッチトップ製品となった。
 だが、決して順風満帆ではなかった。多角化を進め、順調に事業拡大を進めてきた昭和の後半。高度経済成長期の終焉(しゅうえん)を迎え、バブル経済がはじける。販売不振を乗り切るため組織改革を迫られた。2社に分けていた製造部門の野口ゴム工業と、営業部門の野口安全を統合。市の段原再開発事業を機に98年に本社工場を東広島市に移転させて再スタートを切った。
 景気の浮き沈みに備える。多くの教訓をもたらした。最近は枠内にとどまらない新製品開発へ挑む。カープとコラボレーションした安全靴や、ガーデニングという新たなマーケットにも進出した。
 2018年には欧州の安全基準認証を受けた安全靴を日本人の足に合わせて開発し、国内メーカーでいち早く販売を始めた。その後も米国基準を取得。21年に本部機能を中区紙屋町に移し、23年ぶりに創業の地へ戻ってきた。
 過去を踏まえて未来を描く「彰往察来(しょうおうさつらい)」の言葉を胸に、広島から世界への事業展開を目指す。

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