広島経済レポート|広島の経営者・企業向けビジネス週刊誌|発行:広島経済研究所

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コラム― COLUMN ―

2020年9月3日号
本物の体験が必要

ライオンは、幼いわが子に狩りを見せる。やがて子は危険な狩りに加わり、命懸けの体験から生きていく力と知恵を学ぶという。
 体験型観光の提唱者である藤澤安良さんはかつて、岩国市であった研修会で「本物の体験が必要な時代」と題し、熱弁をふるった。
「野外で遊びもしない。小学校低学年と高学年が遊ぶ機会も極めて少ない。異年齢間や多人数の中で人間関係を学ぶのである。部屋に閉じこもりテレビやコンピュータゲームばかりでは疑似体験であり、真実は学べない。生き物や人の命の尊さを考える機会はゲームで得られないことは明らかであり、むしろ悪影響を及ぼす。学習環境の向上、つまりは人間関係の構築能力と、やる気こそが重要である」
 農・山・漁村体験などの具体的なプログラムを示しながら、人間関係構築能力を磨く体験教育の理念として、次のキーワードを挙げた。
▷「たいへん」だから、挑戦したい。誰にも簡単にできないから、どこにでもないから優越感が生まれる。自慢ができる。自信が生まれる。自分を確かめられる。
▷「難しい」から乗り越えた喜びがある。達成感がある。
▷「危ないから、天候が変わるから」安全対策や健康管理が体験からノウハウとして身に付き、自然や環境、農林漁業が深く理解できる。
▷「原始的や旧式」は手先や体を十分使うことになる。先人の知恵や技術の高さから人間の潜在能力を知る。自分の能力の発見や再認識があり、自信が持てる。
 など。その日から十数年たつが、果たして学習環境は改善されて、その後の人生の糧となっただろうか。
広島湾を生かす
 素晴らしい眼力というほかない。広島商工会議所の橋口収会頭は当時、51歳の中村成朗さん(中村角社長)を副会頭に抜擢し、併せて広島湾沿岸の自治体、商工会議所、商工会などでつくる「広島湾ベイエリア・海生都市圏研究協議会」の運営委員長に起用。その後、中村さんは重点事業の体験型修学旅行の誘致活動に奔走し、2008年からの累計で545校、8万2713名もの生徒を受け入れている。商工会議所が県境を越えて修学旅行の誘致活動を展開する例は全国的にも珍しく、大きな成果を挙げた。
 広島県西部から山口県東部にかけて多彩な都市圏、島々を擁する広島湾。中村さんは関係市町に足を運び、大半の首長に直接、協議会への参加を呼び掛けた。
「発想は素晴らしい。だが、くれぐれも計画倒れにならぬよう願いたい」
 と、やや冷ややかな注文もついた。当時を振り返り、
「行政エリア、官と民の枠を取っ払い、広島湾岸一体で発展を目指すという趣旨に賛同してもらった。何とか現状を打破したいという思いもあったのでしょう。一方で、広島市がストローで周辺市町から吸い上げることになりはしないか、などの手厳しい反応もあった。行政の区割りや意識を飛び越えるのは並大抵ではない。粘り強くやっていくほかないと決心を固めた」
 海によって隔たれているのではない。海によってつながっていると証明した事業の歩みを、次号で紹介したい。

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