広島経済レポート|広島の経営者・企業向けビジネス週刊誌|発行:広島経済研究所

広島経済レポート|広島の経営者・企業向けビジネス週刊誌|発行:広島経済研究所

コラム― COLUMN ―

2024年11月7日号
1円でも売り上げを伸ばす

少子化もなんのその。高校向けに国語の副教材を制作する尚文出版(西区横川町)が好調だ。7月期決算で前期比10%増の売上高15億9000万円を上げ、過去最高を更新した。コロナの影響を受けた期を除き、数十年にわたって右肩上がりを続ける。
 何より手堅い。どこに経営のコツがあるのか。水野理朋社長(54)は、
「特別なことは何もない。時代に連れて変化するニーズを敏感につかむ。決してうわべだけではない、本物の教材を作る。その一点をコツコツと積み重ねてきた」
 2月に常務から昇格し、社長に就く。心づもりはあったが、社長交代のタイミングは予定より早まった。3月に創業者で父親の左千夫さんが75歳で逝去。3年前から抗がん剤治療を続けていたものの意欲は衰えず。今期も社長続投の意思を示していた。
 生前、気さくに取材に応じてもらった。売り上げと利益の捉え方について、
「前期よりも1円でもいいから売り上げを増やそうと、社員に言い続けてきた。急成長は必要ない。しかし上に向かうか、下がるのか、その差はとても大きい。業績が伸びないと、社員の給料を上げられない。良い本を作るという経営方針がぶれることはない。適正に評価してもらい、そうして適正な利益を頂く。その利益はさらに良い本を作るための手段になる」
 わが利益を優先することなく、一貫して誠実なものづくり精神が脈打つ。1982年の創業。すんなりと事業が軌道に乗ったわけではなく、食べ物が買えないほど貧しかったことは、当時、中学生だった理朋社長にとって忘れがたい記憶。何事もおろそかにしない心が養われたのだろう。
 創業時以降、思わぬ別れや意図せぬアクシデントなど幾多の苦い経験を経て、ひたすら良い本を作るという信念にたどり着いた。編集部だけではなく、営業を含めた社員全員を「国語の専門家」とし、地方の出版社が大手に立ち向かう気迫をにじませる。生徒の役に立つ。国語を好きになってもらう。これを基本方針に据えた。業界の常識を幾つも覆した。創業当時、A5判(小判)の問題集が主流の中で、生徒が余白などに書き込みをしやすいB5判(大判)の利便性に着目してシリーズ化し、主力商品に育て上げる。また、古典の文法書と問題集の2冊を業界で初めて1冊にまとめるなど、生徒と先生の要望をくみ取り、創意工夫に労を惜しまない社風が今も息づく。
「やってみると他愛もないことも、まずそれに気付き、最初にやることに意義がある。他社にまねされることはあるが、当社がまねすることは許さない」
 創業者の口癖だった言葉を胸に刻む。営業手法にもこだわる。全国の高校を各地の営業社員が訪ね歩き教材の良さを先生に直接伝える。そこでつかんだ先生の感想やアドバイスを制作に反映させる。
 少子化に加え、来春の大学入試改革、学校現場のデジタル化など教育を取り巻く環境は急速に変化している。
「この10年ほどで子どもの人数は3分の2に減った。正直背筋が寒くなるが、現実から目を背けてはならない。伸びる余地は十分にある。良い本と誠意は必ず通用する」
 来春に授業用デジタルコンテンツを発売し、市場開拓に挑む。今期の売上高目標は16億5000万円。1円でも売り上げを伸ばす志がある。

一覧に戻る | HOME