今年もあとわずか。どれほど感動の出会いがあったか、悔いはなかったか。新しい年へ心身の備えは大丈夫かなどと思いをめぐらす。何かと気もせくが、さっぱりと気分が晴れるような話を聞いた。
12月10日に市内ホテルであった広島経営同友会(三村邦雄会長)月例会で「新たな十二支の子年」と題し、書家で刻字作家の安達春汀(しゅんてい)さんが講演した。文墨の世界に西暦はなく、甲乙丙などの十干と十二支を組み合わせた「干支」で表記する。組み合わせは最小公倍数で60種類。年に当てはめると61年目にもとの干支にかえり「還暦」という。ざっと干支の神秘を語り、さて、子年はどんな年かというくだりに「占いはやらない」とさらりとかわした。
続いて世界一貪欲という日本民族の文字に話が及んだ。紀元600年ごろ、中国から漢字が入り、以来、風俗や習慣、言語などの違いが混じり合って日本人の心や気持ちに合うよう、いろいろと変遷し長い間に淘汰(とうた)されて、やっとひらがなやカタカナができたという世界でも珍しい、不思議な日本の文字について事例を交え、話してくれた。
続いてサインを上手に書けるポイントについて。自分の字は自分しか書けない。それぞれに知性、教養、環境に応じた書風がある。されど下手だから教養がないということは決してない。しかし、丁寧に心を込めた字は必ずといってよいほど好感をもたれる。美形でなくとも、せめて自分らしい筆跡であればよい。ほっとするような、油断できないようなポイントである。
続いて春汀さんがアトリエで創作するシーンなどを撮った民放テレビ局制作のビデオを上映。にこやかに周りを和ます、春風のように泰然とした表情から一変し緊張感がみなぎる。軟な刃など跳ね返すほど硬く、身の丈を上回るイチョウの分厚い一枚板に向かって決心したようにのみを打ち込む姿は気迫にあふれる。一年以上をかけ、自身の書いた文字を浮き上がらせた。
映像と重なり、春汀さんが好きだという武者小路実篤の詩がテロップで流れた。
進め、進め すんだことは仕方がない
後悔は先に立たない なるべく後悔するようなことはするな
しかし、したらしたで仕方がないから くよくよ思わずに進め 進め
したいことは多すぎる 何でもいいからしたいと思うことを片っぱしからしろ
そしていやになったらやめて天と同化したような気持になって 仰向けにねながら空でも見るがいい
そしてつかれが休まったらまた起き上がって進め進め
春汀さんらしい自然体の気分が伝わってくる。そうしなければ思いのすべてを込め、厳しい創作活動に没頭できないのかもしれない。
12歳で書家の香川紫峰に師事し書道芸術院に籍を置く。22歳で刻字の制作を始める。毎日書道展や書道芸術院で入賞。作品は西条「酒まつり」ポスター題字、宮島の厳島神社表額など。表彰は広島市政功労者、広島文化賞、文化庁の地域文化功労者など。
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