広島経済レポート|広島の経営者・企業向けビジネス週刊誌|発行:広島経済研究所

広島経済レポート|広島の経営者・企業向けビジネス週刊誌|発行:広島経済研究所

コラム― COLUMN ―

2020年11月5日号
絵と酒と西条

どの角度から見るのか。見方によってがらりと姿が変わることがある。一つの視点だけではなく、いろいろな角度から見えた形を一つの画面に集約し、全体像を表したピカソ作「アビニヨンの娘たち」は後にキュビスム革命の発端となった。一方向から見ていたら、ものの本質は見えてこない。ピカソの絵画革命はものの見方を開放し、世界に大きな影響を及ぼした。
 文化の日。酒どころ西条の中心部に11月3日、東広島市立美術館が移転オープンした。市の芸術文化活動の拠点として、1979年に八本松町に開館。中国地方で最も古い市立美術館で、黒瀬町出身の大久保博氏が寄贈した旧美術館の展示室を2.5倍に広げ、移転新築。新たなアートの風を吹き込む。
 近現代の版画をはじめ、陶芸や郷土ゆかりの作家の作品853点を所蔵。松田弘館長はピカソを引き合いに、アートの力を話してくれた。
「いまや技術革新が急ピッチで進展し、新しいものの見方がさらに重要になってきた。産業や文化、暮らし方、働き方にも新たな発想が求められている。技術革新を起こす原動力はこれまでになかった、新しいものの見方だと思う。もともとアートは自然に対する人工、人が関わる技や術を意味しており、テクノロジーと不可分の素性を持ち合わせている」
 酒どころ西条と技術革新に関わる話にも触れた。
 吟醸酒の父ともいわれる安芸津出身の三浦仙三郎は、酒造りには不向きだった発酵しにくい軟水の弱点を逆手に、まろやかで芳醇な酒を生み出した。西条を酒どころの土地柄に育て、全国に広島の酒が知られるようになったその礎を築いた功績は大きい。
 数値による科学的な手法を導入し、これまで勘に頼っていた酒造りにイノベーションを起こした。くしくも「アビニヨンの娘」が描かれた1907年、第1回清酒品評会で日本酒業界を席巻していた硬水で仕込む灘の酒を抑え、上位2位を独占。受賞率74%をたたき出し、兵庫の同57%を大幅に上回った。
「仙三郎さんは自ら編み出した軟水醸造法を独占することなく公開し、皆が幸せになることを選んだ。西条には技術革新の歴史があり、DNAが息づいている。アートの良さは新しいものの見方ができ、時空を超えていろんな体験ができること。知識は積み重ねられるものだが、知性は鍛えられて身に付くもの。人と会い、実物と相対時して、感性も知性も鍛えられる。発想の転換の歴史でもある美術史を学ぶビジネスマンが増えていると聞く。ダイバーシティ経営が推奨される中、発想の転換で新たなチャンスは無尽蔵にある。マンネリに陥らず、感性と知性を更新する場として、日常の中で非日常に出会える美術館は、まさにうってつけだと思う」
 同館は「現代の造形−Life&Art」をテーマに、旧館時代からユニークな独自の企画展を開いてきた。地方美術館の目指す未来についてディスカッションするシンポジウム「くらしとART−地域における美術」を11月7日に開く。
 企業経営にもさまざまな価値観や考え方が求められている。未知と遭遇できるチャンスを見逃す手はない。

一覧に戻る | HOME