広島経済レポート|広島の経営者・企業向けビジネス週刊誌|発行:広島経済研究所

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コラム― COLUMN ―

2020年12月17日号
静かな心

楽しみは清静にあり。茶における上田宗箇の境地を伝える言葉である。宗箇を流祖とし、桃山時代の武家茶をいまに伝える茶道上田宗箇流。16代家元の上田宗冏(そうけい)さんは朝、上田流和風堂(西区)の安閑亭に入り、畳を拭き清め、水屋の掃除を済ませて、庭に出て花を切り、軸を整え、ひとり静かに茶筅(せん)を振る。
 和風堂にいるときは毎朝そうしている。5割くらい多めにお湯を入れて茶を練り、お濃茶の一服点をいただく。とてもおいしいという。
「息つく暇もないような日々に追われて、とても余裕のあるひとときを過ごすことなどできないと諦めている方が多いように思います。そうした日常の繰り返しの中で一日の始まるときを、どう過ごすのか。工夫して時間を生み出している方もいます。清々しい朝の光や花の美しさ、茶碗にさえる茶の鮮やかな色、茶を飲み干す爽やかさなど、その一つ一つが五感に染み入り、呼吸が自然に長くゆっくりとなり、心が収まり、静かな心になります。日常の中で静かなときを楽しむという、いまの日本人が忘れかけている習慣を少しでも生活に取り戻すことができないか。日常にあって幸せを見つける楽しさも大切ではないでしょうか」
 今年は例年と違って、稽古や茶席を設けることもなかなかかなわなかった。毎年4日間で600〜650人を招く和風堂の初釜を開くべきか否かと迷ったが、新年の始まるけじめの行事として、楽しんでいただきたいと決意した。
 書院の広さなどを勘案し、密を避ける空間を確保。感染対策を優先し、本来は飲み回す濃茶も各服点に。大福茶席と濃茶席をそれぞれ10人に分け、祝膳席は間隔を空けてアクリル板を設置。最大20人をもてなす。いまのところ招待客は400人を予定。
「現代では大寄席の茶会が普及し一般化していますが、桃山時代の茶会はもともと少人数でした。武家茶を継ぐ当家の流派は全国的にも珍しいと例年、東京や関西など県外からのご参加が半数近くあります。来春の初釜はそれぞれの茶席を少人数とし、より清静とした空気の中で茶の魅力を堪能していただけるよう、もてなしに全力を注ぎます」
 スタッフや関係者ら総出で幾度も打ち合せを重ね、入念な準備に余念がない。
 2007年に発行された宗冏さん著作「日々ごゆだんなきよう」は〝幸せを呼ぶ礼法入門〟をサブタイトルに、宗箇から400年の時を紡いだ武家茶の伝統と精神を伝えながら、日常を健やかに過ごす指南書として文庫化し、版を重ねる。
 その礼法は分かりやすい。姿勢や呼吸、歩き方、所作、室内の設えなど、武家茶の作法に裏付けされており、いまからすぐに実践できる平易なものが多い。伝統を大事にしながら時代の空気を取り入れて「不易流行」の禅の教えを重ねてきた、清水のようなすがすがしさがある。
 一服の茶を点てて、飲む。その単純な行為が茶の湯という。著書で−私は茶の湯を通して三つの心を実践するよう努めています。まずは柔軟な心。次に静かな心。最後に執着しない心です。
 今夏、若宗匠の宗篁(そうこう)さんはウェブで茶道の講習会を開いた。変えてはならない伝統を守り、新しい扉を開く。

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