学校から帰ると息つく暇もなく牛の世話や牧場清掃に汗を流す。手塩にかけた分はおいしい牛乳で応えてくれる。親子初代で始めた牧場経営。
2019年7月、ファーマーズホールディングス(府中市)グループに加わった、あせひら乳業(三次市三和町)の創業は農協のパイロット事業が発端。1967年に乳牛5頭でスタートした。今年4月、長女の尚子さんに経営を託した児玉克憲会長は、
「私が中学生の頃、兄が北海道で酪農を学び、その後に現地にならって県内最大規模の36ヘクタールの牧場を整えた。77年には60頭の飼育牛舎を新設し、それまでの朝星夜星、年中休みのない労働環境から脱し、大型・機械化して作業効率を高めた。ところが、その4年後、生乳の生産調整による酪農危機に見舞われて搾乳を処分する事態に陥り、これを契機にヨーグルトの開発に乗り出した」
当時、国内のヨーグルトは脱脂粉乳やスキムミルクを使う製法が一般的だったが、全乳で作ることにこだわった。農業雑誌で知った乳製品の専門家の元に4年間通い詰め、チーズづくりを応用したヨーグルトの製法をものにし、乳酸菌数が一般的な市販品の10倍のヨーグルトの開発にこぎ着ける。92年から個人営業で製造を始め、当時は有名百貨店の産直ギフトにも採用されていたという。
近年、ヨーグルト市場は停滞気味だったが、コロナ禍を受け復調し、拡大傾向にあるものの競争は熾烈。際立った特徴や消費を刺激する訴求力がないと生き残りは厳しい。あせひらのヨーグルトは価格競争に巻き込まれない市場で一定のファン層をつかみ、一方でプリンやチーズケーキ、生キャラメルなどアイテムも増やしてきた。いずれもグループのみよし高原牧場の直送生乳を使う。昨年末からはβカゼインA2遺伝子を持った牛の牛乳販売を本格化。専用の牛乳工場も新設した。いったんは手放した牛乳市場に、牛乳が苦手という人も飲みやすいという「おなかにやさしい牛乳」で乗り込む。
グループ入りしたファーマーズホールディングスは県内外に5直営農場と、2・3次産業を担うグループ4社で切磋琢磨しながら生産〜販売一貫体制の農畜産業を展開。IoT技術を駆使し、牛の状態管理や環境コントロール、飼育の最適化など新しい酪農業のモデル構築を目指す。県内の牧場農家は現在103場。うち庄原・三次地域が43を占め、三和はかつて35あったが4場に。大規模化によって飼育頭数は増えた。グループ化による経営手法の転換により、あせひらは夢が描ける職場に変貌した。
尚子社長は、ヨーグルトづくりに情熱を傾けた父親のこだわりを受け継ぐ。
「実は継ぐことに一抹の不安があり諦めかけていた。しかし人手に渡す気にはなれなかった。グループ入りで不安が解消され、決断できた。親子だからけんかもある。しかし会長の思いを一番理解している私がその志を守る」
生キャラメルの製造は一人で週1回だったが、今は8人で毎日つくる。M&A(企業の合併・買収)が大きな転機になり、活路を開いた。あせひらの認知度を高め、ブランドを定着させる。尚子社長の新たな挑戦がスタートした。