志を立てて、もって万事の源となす。江戸時代末期、現在の山口県萩市にあった吉田松陰主宰の私塾「松下村塾(しょうかそんじゅく)」は塾生の中から高杉晋作、木戸孝允、伊藤博文ら、その後の新しい日本を導く人物を輩出した。歴史上に有名な小さな私塾だが、その教えから「志塾」と呼ばれる。
中高一貫教育の叡智学園を誘致するなど「教育の島」構想で成果を挙げる大崎上島町に、昨年4月、新しい教育方針を掲げる高等教育機関「瀬戸内グローバルアカデミー」が開校した。2019年7月に米アトランティック大学理事会が同アカデミーと協働することを決議。1期生2人が約10カ月のプログラムを無事修了し、9月に同大学2年次に編入した。同プログラムは大学1年次の単位を認定。現在は2期生3人が島内で生活しながら学ぶ。アカデミー代表の長尾ひろみさんは、
「文部科学省の認可を得ない私塾で、学部や学科のくくりを廃止した。そうして自分自身の人生を模索し、生きるために必要な知識を自由に選び取るよう促す。海外を含むフィールドワークなどで地域課題を肌で感じてもらい、解決能力を養う。世界で活躍できるコミュニケーション力を身に付けるために実践的な英語力の習得や、プレゼンテーション能力などを重視。自分たちで〝学び〟をつくり上げるうちに、生き方に自信が湧いてくる。小さな志塾です。ボーダーレス化が進む時代の中で、どのような状況であっても世界と主体的に関わることができる人財を育てたいと考えています」
中央教育審議会委員や広島女学院大学学長などを務めた経験があり、教育理念に、自分だけが利益を上げればよいという考えではなく、自然保護、社会貢献につながるソーシャルビジネス展開の考えが底流に流れる。
島内の空き家をシェアハウス(学生寮)に活用。長尾さんも一緒に暮らし、学生の生活に寄り添う。島内全体をキャンパスに見立てて公共施設や図書館を利用しながら、フィールドワークや地域企業の有償インターンシップなどで経験を積む。英国グローバルNGOヘルプ・エージ・インターナショナルの理事やエジプトの国家開発マスタープラン策定支援者、国内外の研究者らによる授業も行う。
「瀬戸内海の島という恵まれた自然環境で、学生たちは果樹園で土を耕し、かんきつ類を有機栽培。草刈り一つとっても試行錯誤しながら汗を流し、丁寧に実を育んでいく体験が大事だと思う。ヒューマンエコロジーはこうした環境に身を置き、肌で感じることが第一歩。パソコン画面に表示される知識だけでは真に身に付かない」
10月には原発事故に遭った福島でフィールドワークを実施。国の有識者会議の資料を読み込んで現地インタビューを重ね、エネルギーと環境問題について考えた。
「多くの自然環境問題や社会課題にはどう立ち向かうべきなのか。この問いに対して簡単で明確な正解はない。まずは実践を通じて課題意識を持つことから始め、自分なりの答えを見つけることのできる考える力が求められている。それを行動に移し、挑戦していくことこそが、ソーシャルビジネスの創出につながるのではないでしょうか」