2008年冬、老朽化した給油所地下タンクが破損し、5000リットルものガソリンを流出させてしまった。近くの川の本流へ流れだすと、莫大な損害を発生させる事態さえ危惧された。
同給油所は、三次市甲奴町の小川モータースが運営しており、大ピンチに直面した小川治孝社長に、地元の多くの人が手を差し伸べた。当時を振り返り、
「報道関係者らが詰めかける中、地域の方々が率先して冬の冷たい川に入り、懸命にガソリンの流出を防ぐオイルフェンスを張ってくれた。地下水を汚されて、恨まれて当たり前。だが誰も皆、嫌な顔ひとつ見せない。心で手を合わせ、感謝の気持でいっぱいになった。周囲への聞き込みを終えた新聞記者から、あなたたちのことを悪く言う人は一人もいなかったと。この地で創業し、代々まじめに経営してきた先祖に感謝した。窮地を救ってくれたふるさと甲奴と共に生きる覚悟を決めた」
4代目を継いで半年後の出来事だったが、その後の人生を一変させた。甲奴のために何ができるのか。日夜考え、実行に移してきた。
今夏、耕作放棄地にブルーベリー農園「ルイガーデン」をプレオープンした。55種類1100本を栽培。小川モータースが運営し、来年から観光農園として本格開業する。このほか、地域資源を生かしたスモールビジネスを次々立ち上げている。
「80年前に甲奴町の人口は7000人だったが、いまは2300人に減った。移住者を増やす上で、暮らしを支えてくれる仕事が決め手になることが多い。働く場所となる〝小さな箱〟をたくさん生み出し、雇用の受け皿を増やしたいと考えた。多彩な箱ができれば、町の産業も多岐にわたり豊かになる」
岡山の大学を卒業し、自動車ディーラーを経て家業へ。先々の展望もなく悲観していたが、ガソリン流出事故が一大転機になったと話す。
最初に本業と関連のあるカーシャンプー開発に着手。化学薬品商社に勤めていた大学時代の後輩をIターンで迎え、洗浄とワックスがけを同時にできる商品を発売した。順調に軌道に乗せ、そのまま事業を後輩に譲った。続いて廃棄するアスパラガスの葉に含まれる養分に着目した機能性食品を開発。13年には減農薬で育てたコメを広島市などの企業に仲介販売する事業を立ち上げた。企業にとって農業体験ができ、収穫したコメを福利厚生や販促に活用。一般流通よりもやや高めの値段を設定し、生産者にもメリットのある仕組みにした。同事業は経済産業省の「がんばる中小企業・小規模事業者300社」に選ばれた。
「事業を起こし、甲奴に住んでくれる人に譲渡していく。ブルーベリー農園は県立広島大学2年の藤原塁(るい)くんに運営を任せ、園名に彼の名前を付けた。甲奴に住み続けたいと語る彼の思いに賛同し、初期投資の1000万円を当社が借り入れた。大人が本気でやらないと若者からも見透かされる。この地域で本気で楽しむ姿を見せることができれば、若い人もきっと集まる」
次は、出資者100人のためだけに造るワイナリーの開設準備に入った。「地域を資源と捉え、産業を創る」を信条とし、自ら率先する。