広島経済レポート|広島の経営者・企業向けビジネス週刊誌|発行:広島経済研究所

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コラム― COLUMN ―

2023年3月2日号
新しい目的をつくる

被爆の翌々日にはすでに己斐町−天満町間という一部であるが、市内電車が動き始めていた。電車の早期復旧は萎縮しがちな市民に大きな活力を与えた(広島新史より)。
 1912年の電車開業から110年。前身の広島瓦斯電軌を分離した広島電鉄設立から80年の歳月は広島の産業発展と戦後復興、都市開発などの動きとも重なり、市民と共に歩んできた。5月のG7サミットの各国首脳やメディア関係者に路面電車で広島を体感してもらいたいが、街中を走るその姿も強く記憶に残るに違いない。電車に乗ろうと広島を訪れる人が増えるのではなかろうか。
 これまでに路面電車は幾度か存廃の岐路に立った。椋田昌夫社長は「その時々に人の踏ん張りがあった」と話す。6代目社長の奥窪央雄さんはモータリゼーションが加速した高度成長期に路面電車廃止の危機に直面し、ちょうどその頃に電車部長の辞令が出たものの「電車の葬式を出す役なら断らせてください」と反発。しかし廃止になれば退職するまでと覚悟を決めた。電車軌道敷内への車の乗り入れをめぐる問題も発生していたため、県警の担当課長と共に路面電車が主幹交通のドイツを視察するなど奔走。その結果、車の乗り入れ禁止につながり、電車を守った。
 奥窪さんからバトンを受けた7代目の大田哲哉社長は就任早々、電車の新造に力を入れた。広島の街並みが次第に都市の風格を備えていく中、車両の近代化に着手。97年にデザインを一新した3950形を皮切りに、5年間で3両連接16編成・2両連接12編成を相次ぎ導入し、都合100億円を投入した。
 2003年に国産車両の開発に乗り出した。05年に「グリーンムーバーマックス」5100形の運行を開始。その後も5100形の遺伝子は現在に受け継がれており、広島の路面電車の礎となっている−など先輩にまつわる話を振り返った。
「被爆で電車123両のうち108両が全焼・破損し、支柱の破損で架線に甚大な被害が発生した時、怯むことなく運転再開に向けて徹夜で頑張り抜いた諸先輩と市民の協力があったことへの感謝の気持ちを忘れてはならない。先輩から後輩へと引き継いできた〝広電スピリッツ〟をさらに次の世代へつないでいく使命がある」
 いま広電の歴史に残る大事業が進展している。広島駅ビルの建て替えと広電の路面電車が乗り入れる2階広場の整備事業は20年12月に着工し、25年春の完成を目指す。路面電車乗降場は駅中央口や新幹線口改札と段差なくつなげ、乗り換えしやすくする。広電乗り入れに伴って生まれた空間やビル1階を生かし、バス乗降場を増設するほか、ビル直結駐車場(約500台)と北西側に別棟駐車場(約400台)も備える計画だ。
 この広島駅南口広場の再整備事業は市、JR西日本と共同で取り組む。
「完成と同時期に駅前大橋ルートの供用を始める予定だ。JRからの乗り換え距離と時間が短縮できるのに加え、経路変更や巡回ルートの整備によって市が提唱する駅と八丁堀・紙屋町をつなぐ楕円形都市づくりを推し進める効果が期待される。時代が求めている公共交通の役割は何か。新設した地域共創事業部を窓口に地元企業や行政を巻き込んで広島都心会議を設立。これまでにない新しい目的をつくっていきたい」

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