大手の車メーカーでは考えられない手法を採用する。まだ開発段階だが「車体は黄色が好みです」「バッテリー交換の頻度はどれくらいですか」などとチャットに矢継ぎ早に意見や質問が書き込まれ、リアルタイムに返答する。
超小型EVモビリティーを開発するスタートアップ、KGモーターズ(東広島市)による配信動画内での視聴者とのやり取りの様子だ。開発過程の大半を動画投稿サイトのユーチューブで公開。チャンネルの登録者数は19万2000人に上り、秘匿性が高い情報を限定公開する月額790円の有料コミュニティーには300人以上が登録する。楠(くすのき)一成社長(40)は、
「今ではこのコミュニティーなしに開発はあり得ない。大手メーカーや部品関連のエンジニアをはじめ、全国から有益な情報がどんどん集まってくる。商品化したときの有力な購入候補者でもある」
開発中の車両は全長2.5メートル、幅1メートルほどの一人乗り。100キロ未満の短距離移動に特化して設計する。国内で最小の車両規格である「第一種原動機付自転車(ミニカー)」に該当し、車検は不要。家庭用電源で充電でき、一般の軽自動車の10分の1の維持コストで済む計算だ。
「呉市出身で学生時代に新聞を配達していたが、道が狭くて坂も多く、歩いて配っていた。住民も軽自動車のミラーをたたみ、タイヤの半分を側溝にはみ出してようやく通れるというありさま。その頃からすいすい動く超小型車両の構想を描いていた」
2005年に23歳で車両販売・修理会社を設立。軌道に乗せた後、18年に共同経営者に経営権を譲渡。車両やバイクをカスタムする動画配信チャンネル「くっすんガレージ」をスタートさせた。ユーチューバーへの転身に反対する人もいたが、決意は固い。カスタム車を制作過程から公開する動画はすぐに人気を呼んだ。2年後にグーグルジャパンから社会・文化・経済分野へ影響を与えた動画クリエーター101人に選ばれた。
相前後して配信内容をEVモビリティー開発に移行。今年1月に開かれた東京オートサロンでプロトタイプを発表し、全国のメディアで取り上げられる。
「ユーチューバーになったのは、影響力を得るため。資金力の乏しいベンチャーが事業を加速させるために不可欠な要素だった。実はオートサロンへの出展は一度落選しており、たまたま視聴者の方がスペースの一部を譲ってくれるという話になり実現した」
ネットワークの威力を痛感した。25年の量産開始を目指し、車両をリースで貸し出す実証実験の参加者を全国で100人募ったところ、5000人以上が殺到し、早々と受付を締めた。昨年12月には石油元売り大手のENEOSホールディングスの起業家支援プログラムに採択され、共創を開始。そのほか複数の有力企業とも商談を重ねる。
「ものづくり分野の資金調達は想定よりもずっと難しかったが、オートサロンで風向きが変わった。当社にとって広島にマツダを中心としたサプライチェーンがあることも相当重要だ。地場サプライヤーの協力を得て、日本で18番目の車メーカーを目指す」
海外進出も見据える。脱炭素化の世界的な流れを追い風に受け、ひた走る。