広島経済レポート|広島の経営者・企業向けビジネス週刊誌|発行:広島経済研究所

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コラム― COLUMN ―

2023年8月3日号
信じる力と伝える力

2016年のプロ野球日本シリーズ。25年ぶりに出場したカープはファイターズを相手にいきなり2連勝し、一気に頂点をつかむと思えたが、そこから4連敗。カープファンを黙らせた敵将、栗山英樹さんは3月にあったWBCで世界一の監督に輝く。7月13日に札幌市であった全国私立大学就職指導研究会のセミナーで「信じる力と伝える力」と題し、講演した。
「通常であれば開幕に向けた調整の時期に、選手が体と気持ちを最高の状態に仕上げるのは想像以上に難しい。疲労がたまればシーズンに影響するだけでなく、けがの可能性も高まる。過去にはそうした理由から選出を辞退した選手もいた。それでも日の丸のために全力で戦いたい、というスイッチを入れるのが仕事」
 特に、所属球団と何十億円という額の契約を結ぶメジャーリーガーの招集には腐心。リスクを考えると、二つ返事で承諾してくれる選手はいない。そこで栗山さんはまず自身の思いを熱く、余すことなく伝え、そして返事をずっと待つことにした。
「普通の交渉では、例えば何カ月以内と期限を決める。もし返事がなければ連絡し、結論を尋ねるのが当たり前。しかしそれは、全てを出し切っていないような気がして失礼だと感じた。だからどんなに返事が気になっても、期限を過ぎようとも、こちらから連絡はしないと決意。それが私の思いを表すと信じた」
 大活躍した大谷翔平をはじめ、鈴木誠也(後にけがで辞退)などの招集に成功。中でも最年長のダルビッシュ有の存在は大きかったという。
「他のメジャー選手は契約の関係上、大会の直前まで合宿に参加できなかった。初日から合流したダルビッシュも練習試合の出場は制限され、調整の面ではギリギリまで米国に残った方が好都合だったはず。それでも若い選手との橋渡し役を担うべく、リスクを承知で来てくれた。彼の心意気こそ侍の魂。チーム一丸となるきっかけだった」
 ダルビッシュが先発した予選2試合目の韓国戦でアクシデントが起きた。試合前、カープから唯一選ばれていた栗林良吏が腰痛を発症。さらにゲームでは遊撃の絶対的レギュラー、源田壮亮(西武)が右手小指を骨折してしまう。その2人への対応は、全く異なるものだった。
「源田は代え難い存在。世界一のため西武に許可を取り、本人の意思や指の状態も確認した上で残すことに。一方で栗林。球団は残していいと言ったが、投げられる体ではない。しかし彼にも魂があり、そこに触れると情に流され、判断を誤ると思った。だから何も聞かず、広島へ帰るよう言った」
 リーダーは誰しも情と結果のはざまで揺れる。しかしWBCでは何より結果を重視したと語る。決勝戦で大谷とダルビッシュが登板した経緯についても明かした。
「体力面では投げられるか微妙だった中で、2人とも自ら準備を始めていた。その姿勢が最高の結果につながったと思う。大谷が二刀流を始めた時も感じたが、人は困難なことに挑戦すると力が伸びる。選手の気持ちに火を付け、挑む環境を整えてあげることが指導者の役目」
 信じる力と伝える力。勝負の世界の重圧に耐え、つかんだ信条なのだろう。ひょっとするとあるかも知れないと期待が高まる新井カープ。その二つの力こそカープを突き動かしているように映る。

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