せっかく築いてきたスキルやキャリアが途切れると当人はむろん、会社の痛手も大きい。とりわけ人材確保に難儀する中小企業にとって有為な人材が突然、休職や退職すると、たちまち経営の土台さえ揺さぶられる事態になりかねない。思うように働けなくなった本人はなおつらいし、人生そのものが大きく揺らぐことになる。
メンタルヘルスの重要性が叫ばれて久しい。2022年度の国の調査によると仕事や職業生活に「強い不安、悩み、ストレスがある」と感じている労働者は約8割に上るという。ドキリとされた経営者も多いのではないか。業務による心理的負荷が原因になった精神障害に対する労災補償の請求、認定件数は共に増加傾向をたどる。メンタル不調の要因はさまざま。県内約6万事業所・100万人超が加入する全国健康保険協会(協会けんぽ)広島支部が行ったメンタルヘルスに関する事業所実態調査で「メンタルヘルスと〝睡眠〟との密接な関係」が浮き彫りになった。
21年度の健診受診者27万人弱(35〜74歳)のうち、運動や食事などの生活習慣を改善する必要がある人などの割合を超えて「睡眠で休養が取れていない」と答えた人の割合が全国平均と比較して突出して高い。
疾病別の入院外医療費では「精神及び行動の障害」が全国平均を上回り、女性の方が高い。22年度には健診やレセプト、傷病手当金支給決定データからメンタル系疾患を3階層化し、軽度のメンタル不調予備軍(睡眠で休養が取れず、かつ歩行か身体活動の習慣がない・就寝前の摂食・朝食抜きなど)は、27万人弱中約3人に1人が該当する。
メンタル系疾患による医療機関の受診者と手当金受給者(休職者)を合わせた中・重度は100人に7人。受給資格喪失者(退職)のうちメンタル系疾患は13.5%。どの階層も働き盛りの男女40〜50代の割合が高い傾向が見られた。
睡眠不足でメンタル系疾患を発症するリスクは睡眠で休養が取れている人と比べ1.25倍高い。これに運動不足などが加わると1.29倍に。松原真児支部長は、
「睡眠不足とメンタルとの深い関係が明らかとなった。特に40、50代になると公私共に重い責任がのしかかる。気になって眠りは浅く、疲れのとれないまま翌朝を迎える。負のスパイラルから早急に脱け出さないとリスクはどんどん大きくなる。長時間残業もいとわない猛烈な働き方が当たり前だった一昔から一転。働き方改革に取り組む動きも業種を問わず広がってきたが高齢化で生産労働人口が減り業務量は増える一方。働き方改革との狭間で責任感の強い人ほどストレス度は高い。切り札となるのが健康経営の推進。経営者が健康経営に取り組んでいない事業所では退職リスクが2.8倍となった。大規模事業所は自助努力できるが、産業医が不在の中小には限界がある。メンタル疾患は長期化しやすい。保険者として心の健康に向き合い、予防策も発信する必要を感じている。広島産業保健総合支援センターとの連携を強化し、中小事業所の支援体制を拡充していく」
問診回答を踏まえ、1〜3月に対象者へウェブアンケートを行って生活習慣などの行動分析〜問題提起〜行動変容を促す。1月に開くセミナーで〝予防策〟を伝える。誰しも陥る可能性のあるメンタル不調。揺るがせにできない。