広島にはいいものがある。
人口120万人規模の地方都市で珍しい。カープ、サンフレッチェ、ドラゴンフライズなど市民に愛されるプロスポーツチームや、広島交響楽団が活躍し、美術館は公私立4館を数える。瀬戸内の魚、日本酒もうまい。先人の先見が花を咲かせたものもある。
被爆80年。ひろしま美術館は平和へ祈りを込めたコンサートのほか、7月19日から8月末まで西側回廊で各国の子どもたちがピカソの作品と同じ大きさで描いた「キッズゲルニカ」を展示する。7月27日に本館ホールで広響コンサート、8月4日は、ひろしま平和文化大使を務める原田真二さんのトーク&ライブ、続いて6日は安塚かのんさんが被爆ヴァイオリンで演奏する。入館料は必要だが、いずれも無料だ。
広島銀行が創業100周年を記念し、1978年に同美術館を開館した経過に被爆の惨状を目の当たりにした一人の行員の夢があった。頭取を務め、初代館長となった井藤勲雄さんは8月6日の惨禍から辛うじて生き残り、2日後には本店営業部課長として同じく生き残った副頭取らと旧日銀で営業を再開し、窓口業務に当たったという。被爆で亡くなった行員は144人に上った。
政令指定都市へと発展を遂げ、街の風景は国内外から訪れる人に称賛されるまでに美しく豊かに生まれ変わった。絵画鑑賞が好きだった井藤さんはある日、日本画の掛け軸に心が安らぐ。そして多くの人の心が憩い、安らぐ場を提供したいと思った。その日の経験が広島に美術館を開きたいという夢へとつながり、駆り立てられたのだろう。
あるいは金融マンのアンテナも働いたのか、収集・展示する作品は日本人に好まれ、比較的分かりやすい印象派の絵画と定めた。東京・銀座の日動画廊で紹介されたルノワールの絵「麦わら帽の女」も印象派へ傾くきっかけとなった。そうした井藤さんの生き様は日動画廊(東京)の長谷川智恵子副社長著作「瓦礫の果てに紅の花」に詳しい。
構想十数年、〝愛とやすらぎのために〟をテーマに収集された作品群には世界的名画も多数ある。いまでは入手困難な作品も少なくない。5代目の池田晃治館長は、
「これら有数のコレクションを守り、後世に伝えるべく歴代館長からつなぐ使命をしっかりと果たしたい。海外出張で欧米の一流経済人らと接すると、ごく自然と音楽や芸術が話題に上る。理系の学生も芸術を学ぶ風土がある。金融や経済の知識だけでなく、リベラルアーツを学ぶ必要を実感する。生成AIが台頭し、AIアートがオークションで高額落札され話題になる時代だが、AIは膨大なデータからの推論でしかない。美術館は画家が命を削る思いで描いた作品、人間の持つ本質的な生きる力に直接向き合える。市内にある身近な美術館で本物に触れていただきたい」
日ごろの仕事で左脳の思考に偏りがちだが、本物に接して無から有を生む右脳の感性を活性化し、心のバランスを保つことが、ますます大切になってくるという。
同美術館は市内小学校1〜6年生を毎年バスで招待。年4000人前後の子どもたちが本物に触れる。今夏は市内42校の高校生を7月19日〜8月末の夏休み期間中、学生証を提示すると入館料を無料にする。高校生は初めて。ふるさとを愛する若い人が一人でも増えるよう願う。