広島経済レポート|広島の経営者・企業向けビジネス週刊誌|発行:広島経済研究所

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コラム― COLUMN ―

2025年10月30日号
事業を断捨離

芭蕉は「不易流行」という俳諧の理念を示した。企業経営も変えてはならない(不易)ことがあり、一方で時代に合わせて何を変えていく(流行)のか、その両立を見極める岐路に立つことがある。
 来年で創業170年を迎える、千福の醸造元の三宅本店(呉市)は祖業を守り続けながら、日本酒の消費量が減り続ける時代にどう対応するのか厳しい選択を迫られていたが、洋酒部門へ打って出る決断をした。10月6日、自社蒸留所「セトウチディスティラリー」で初めて、ジャパニーズウイスキー「瀬戸内 オロロソシェリーカスク」の発売に踏み切った。
 キリンビールで営業を経験した後、2017年に28歳で創業家である家業に戻った三宅清史統括本部長(35)は、
「従業員が先々、安心して働ける環境をつくるには、まず経営の方向性を明確にしなければならないと痛感した。そこで着手したのは事業の断捨離。不採算商品や取引を整理し、主力の千福を中心に経営資源を集約していった」
 ドラスチックな変化を受け入れられずに去った社員もいたが、会社が守るべきものを明確に示し、曖昧だった方向性に一本の筋を通した。
 広報改革にも着手。テレビCMなどで年間数千万円に上っていた広告費を削り必要最小限の媒体に絞った。浮いた資金を商品開発に回し、新たな市場開拓へ力を注いだ。
 こうして生まれた低アルコール飲料「瀬戸内蔵元ゆずれもんサワー」などのRTD商品は、日本酒になじみの薄い層に広く浸透し、売上構成にも変化が生まれた。
 社内では「これ、いるんかな」の合言葉で改革に着手。仕事の目的を問い直し、当たり前を疑う。その視点が業務の隅々へ浸透した。経理に総務の知識を学ばせるなど、部門を越える取り組みから始めた。働く意識も変わった。年功より成果を重んじ、挑戦すれば評価が上がる。現状維持に甘んじれば評価が下がる人事制度に移行。むろん当初は職場に大きな戸惑いもあったが、やがて自ら考え、行動する気風が根付き、新しい息吹が生まれた。
 採用面にも波及。今年4月に日本酒の醸造現場に大卒の女性が新卒で加わった。伝統に安住せず挑戦を続ける企業姿勢が、次の時代を担う若い人材を引き寄せた。
 売り上げが低迷したコロナ禍の20年、既存の焼酎用設備と清酒造りの発酵技術を応用して蒸留酒事業を強化。21年には瀬戸内の果実を生かす「クラフトジン瀬戸内」を発売して手応えを得ると、長期熟成を前提としたウイスキー造りへ挑む決意を固めた。
 23年には京都大学工学部大学院で研究を積んだ弟の清隆さんが戻り、ウイスキー造りに参画。蒸留器の調整や温度制御の改良など技術の安定化を担い、生産体制を築き上げた。また3年熟成が条件のジャパニーズウイスキー発売を見据えて0、1、2年の熟成過程を味わえる酒を発売。購入者を対象に月2回の有料工場見学会を開き、2年間で約400人に現場を体験してもらって信頼を醸成した。
 25年3月期の売上高は5期ぶりに10億円台へ回復。清酒の需要が落ちる夏場にもジンやウイスキーといった新商品群が売り上げを支えた。試行錯誤の先に生まれたジャパニーズウイスキーは単なる新商品ではなく、社内改革の成果を映す結晶でもある。不易流行をとことん突き詰めた決断が、未来を開く。

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