昨年12月、日本の「伝統的酒造り」がユネスコ無形文化遺産に登録された。酒は祭事や儀礼といった日本の社会文化的行事に不可欠で、それを支える伝統的酒造りは、こうじ菌を使う技術が各地で発展し、気候風土と深く結び付きながら伝承されてきた。他方、国内の酒類出荷数量は1999年度の1017万㌔㍑をピークに2021年は799万㌔㍑まで漸減し、日本酒に至ってはピークだった1973年度の4分の1以下となる40万㌔㍑まで落ち込む。厳しい状況下で舞い込んだ吉報への所感、今後の展望などを聞いた。
【新春スペシャル対談】
広島県酒造組合 / 梅田 修治 会長(梅田酒造場代表)
日本酒造組合中央会 / 三宅 清嗣 副会長(三宅本店社長)
―今回の登録を受けた感想は。
梅田 日本酒、焼酎・泡盛、みりんに関わる伝統技法、文化が世界に認められたのは非常にありがたい。しばらくは露出が増えるので、業界一丸となってPRする。世界中の人に日本の酒を一層認識してほしい。
三宅 単なる酒の製造技術を超えた文化、社会、環境的な価値が国際的に評価され、人類の代表的な無形文化遺産の一覧に載った。日本人が代々紡いできた伝統の背景、存在意義を認めてもらえて喜ばしい。食料安全保障や環境の持続可能性、平和と社会的結束への貢献といった条件を満たしたことを素晴らしく思う。
―「伝統的酒造り」の特徴は。
梅田 蒸した米、芋、麦などにこうじを混ぜて、こうじが出す酵素でデンプンを糖化する一手間が特徴。また同時に、発生した糖を酵母が分解してアルコールを生む「並行複発酵」が世界的に珍しい。例えば日本酒はワインと同じ醸造酒だが、素材が持つ糖に根本的な違いがある。ワインの原料となるブドウは食べたらすぐ甘味を感じる。つまり直接糖を含んでいて、酵母がブドウ汁に混ざればアルコールを生むことができる。一方で日本酒の原料である米は食べた瞬間は甘くない。しかし米をかんでいると唾液の中のアミラーゼがデンプンを分解し甘くなる。これと同じ糖化発酵を使って酵母にアルコール発酵のエネルギーを供給している。
―酒、酒蔵の存在意義とは。
三宅 例えば日本酒は大昔から神様への献上品で、神事など日本の伝統行事に欠かせない。元々は女性が造る物だったが、次第に男性が多くなった。そもそもこの業界では造り手の性別に対して特別な意識はないが、以前は半年近く泊まり込みで働くこともあったので女性が少なくなっていた。近年は造り方の改良などで体力的な負担が減り、女性の造り手も増えている。こうしたジェンダーフリーな歴史は現代の国際社会で評価されるだろう。
また酒は地場産米や穀類、井戸水を使って造るため、地域との関わりが深い。原料の購入による農業の維持のほか、農家や蔵人らの雇用創出につながっている。また使用する井戸水を守るため水源や山林の保全を訴え、環境保護の重要性を発信してきた。今後もこうした活動を通じて地域社会に貢献しなければならないと考えている。
梅田 働き方の話をすると、こうじなど生き物が相手なので現代でも朝3時頃から作業する場合もあるが、研究により深夜を避けられる作業も出てきた。またシフトの調整によって深夜作業が連続しないようにしたり、泊まり込みを最小限にしたりといった作業者の家庭環境への配慮も進めている。
梅田 江戸時代頃は全国各地の豪農が余った米で酒を造っていた。いわゆる兼業農家で、春から秋は農業をして、農閑期の秋から春にかけて期間工のように酒蔵で働いた。そこには杜氏(とうじ)をトップとする徒弟制度の酒造り集団があり、内外の技術者との交流を通じて技術を承継してきた。
三宅 近年は農家の減少もあって、特定の酒蔵の社員として一年中働く杜氏や蔵人も多く、各蔵が社内に技術を残し、引き継げる人材を育てる傾向がある。しかし当然ながら現代でも杜氏組合、酒造組合で技術者間の交流はあり、また酒類総合研究所(酒総研)など公的機関が技術研修や開発を行っているので、業界全体で承継や新しい技術の習得はうまくできていると認識している。
梅田 酒の造り方は環境によって変わり、職人の技術を見ただけでまねはできない。各社が研究に取り組みつつ、優れた技術を社内に隠すのではなく、共有して伝承するオープンな文化がある。県酒造組合としては技術を引き継ぎ、高め合う場として品評会を開催。そのほか酒総研の全国新酒鑑評会や広島国税局の清酒鑑評会なども、意見交換できる技術研究会のような役割を担っている。また県の食品工業技術センター、農業技術センターと蔵が協力して新しい酵母、米、工法を作り出すなど業界全体での交流ができている。
―酒消費量は減少が続くが対策は。
梅田 国内の人口減少に加え、1人当たりの酒類消費量も減り続ける中で、いかに新しく酒を飲む人を増やすかが課題だと考える。今回の遺産登録はPRの機会なので、本来は市場の開拓を進める必要があるが、現状は酒の質向上などにスポットが当たっているように感じる。我々としてはイベントなど間口を広げる活動を進めなければならない。
三宅 既に酒を飲んでいる人に倍飲ませるわけにはいかない(笑)。やはり新しい層の取り込みは必要。日本酒造組合中央会としては今回の遺産登録に加え、万博も良いチャンスと捉えており、毎年7月頃に東京で開く大型イベント「日本酒フェア」を今年は大阪で開催する予定。外国人に向けて発信し海外で日本酒人気が高まることで直接的な消費拡大に期待するほか、海外の流行として逆輸入し日本国内でのイメージアップも狙いたい。また酒以外にユネスコ無形文化遺産に登録されている和食などと連携して消費を広げられれば。