2009年から営む焼き肉店。3月末に中区堀川町から幟町に移転した。正岡豊社長は、
「コロナ禍で迷いもあったが、『微力ながら広島の街を元気にできれば』と決意。大勢の常連さまからお祝いの花や酒をいただき、頑張ってきて本当によかった」
地下で〝隠れ家〟感のあった旧店舗に対し、視認性の高い電車通り沿いの2階に入居。常連客用で接待や記念日向きのVIPゾーン、一般客用のカジュアルゾーンに分け、幅広い層の取り込みを目指す。3分に1回空気を入れ替える設備の導入や完全個室の多いつくりに加え、座席間の距離の確保などで感染対策も強化した。
厳選した高品質の和牛を提供。客に合わせて部位や食べ方を提案し、溶岩石のプレートと網で肉を挟んで焼く挟み焼きなどが人気。コシヒカリは正岡社長が契約農家に出向いて出来栄えを確認している。
「ホスピタリティの向上に力を入れ、クレド(行動指針)を冊子化。特別なことではないが、お客さまに手紙を送ったり、メッセージを書いたカイロを渡したり、喜んでもらえる方法を常に考えている」
当社は約150年前に製針で創業し、針製品やプラスチック成形などOEMが中心の町工場です。33歳のとき、父の他界を機に入社。安佐南区長束の本社からは旧広島市民球場のナイター照明が見え、父親に連れられて球場に行きカープファンになりました。
後継してからは、次世代のものづくりや働き方を検証する活動の一環で、CADや3Dプリンターを導入。職務発明取扱規程なども整備しました。その過程で2009年に「赤ヘル耳かき」を開発。ホームセンターで購入した樹脂棒を切削して、遊び半分で試作したのがきっかけでした。当時売れないと言われましたが、10年を超えるロングラン商品に。その後も「ペットボトルオープナー」や「応援しゃもじ」を開発。オープナーは、苦心の末に30と32ミリメートルのキャップ全てに対応する形状を開発。しゃもじはプラスチックの特性を生かした遊び方や使い勝手を追求して改良を繰り返し、今では有名アーティストのライブ用に依頼を受けるほか、野球以外のプロスポーツからも注文が来るようになりました。
21年に新発売の「カップホルダー」は、観戦時に飲み物を片手で2つ持てたら便利だという社員のアイデアから生まれた商品。ファン目線でも喜んでもらいたいという願いが込められています。縁あってカープ商品の企画制作に携わっていますが、球団や選手だけでなく、ファンも応援したいと、ものづくりに思いを込めています。
おかげさまで、週刊「広島経済レポート」は創刊70周年を迎えることができた。
1951年5月20日付で月2回刊の「広島経済情報」を創刊。53年1月から現在の題号に改称。54年から週刊に移行し、本号で3251号を重ねた。ひとえに読者、そして多くの企業、多くの方々に支えられて70年。ご愛読とご支援に対し、心から御礼を申し上げたい。
弊社の本棚から引っ張り出した、いささか古ぼけた創刊号の記事に、
5月1日で中国配電、日本発送電(中国地域)は電気事業再編成令によって、新たに資本金5億4000万円の中国電力を設立。多年の懸案であった発電、送電、配電の一貫経営ができることになった経緯などを伝え、初代の島田平蔵社長ら各取締役の略歴を紹介。続いて同社の取締役に名を連ねた山陽木材防腐(現ザイエンス)の田中好一社長へのインタビュー記事などを載せている。
週刊誌の歴史は、1895年に「旬刊東洋経済新報」(現在の週刊東洋経済)、新聞社が1922年に「旬刊朝日」と「サンデー毎日」、52年に「週刊サンケイ」を創刊。55年「週刊ダイヤモンド」、56年「週刊新潮」、59年「週刊現代」「週刊文春」、69年「週刊ポスト」などが次々創刊。弊誌の創刊も活字が愛された時代の空気を反映していたのだろう。やがて80年代に入り政治、経済・ビジネス、スポーツ、芸能関係や女性向けなど週刊誌の発行部数は最盛期を迎えた。しかしこの十数年、インターネットやスマホの急速な普及に押されて苦戦。2020年に廃刊した雑誌は100誌を超えるという。
今日まで曲がりなりにも発行し続けることができたのは広島の地域性とも関わっているのではないかと思う。95年4月15日号の通巻2000号で、県の竹下虎之助前知事、中国新聞社の山本朗社長、賀茂鶴の石井泰行社長らから寄せてもらった言葉を掲載。むろん社交辞令もあろうが、一部を抜粋すると、
「経済界の皆さんは平素忙しく、お互いの消息にも疎くなる。レポート誌はそこをうまく埋めていただいている。誌面を通じて情報を得ている。それで安心したり、心配したりして、つい声をかけ合うようになる」(竹下虎之助)
「初めて広島経済レポートを読んだ時、これぞ真のローカルと感じました。東京にはこうした読物がなく、まさに日々の身の回りの動きが活字になっていて面白く拝見。記事はいずれも興味深く読んでいるが、その中で特にスポット、巻末のこぼれ話を読んでいる」(石井泰行)
地域の身近な話題をできるだけ取り上げてきたとの自負とも重なり、あらためて気の引き締まる思いがした。
戦後の復興期から高度成長期を経て、ものづくり産業を中心とした広島経済の盛衰とともに3251号を歩み、さらに「地域に役立つ」情報発信にまい進したい。
70周年企画として「10年後の広島の自動車産業のあるべき姿」をテーマに、近く懸賞論文を募る。ひろしま自動車産学官連携推進会議の協力を得て、最優秀作を本誌やウェブサイト「ひろしま企業図鑑」で紹介する予定。次代が求める、元気な広島のビジョンを期待したい。