広島経済レポート|広島の経営者・企業向けビジネス週刊誌|発行:広島経済研究所

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  • 掲載ニュース― NEWS ―

    今週の表紙
    アドプレックス社長に就任 / 田中 康義 氏
    NEWSなひと
    ダイクレグループの老人ホーム 呉市最大級、今夏開業へ / ナーシングホーム ウェルディ呉駅前 髙 義尚 施設長
    上幟町にピラティススタジオ 理学療法士の知見生かし指導 / juncus(ジュンカス) 川口 和泰 代表
ニュース一覧
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グルメ&ナイト― GOURMET and NIGHT ―

話題のお店を取材!
イロ鶏ドリ / 樫本 江里子 店長

飲食店経営などの東洋観光グループが昨年11月、居酒屋「えびすの宴」を業態変更した。鶏肉や海鮮を備長炭で香ばしく焼き、うまみを閉じ込める炭火料理を主体に、明太子入りのトロロをかけるもつ鍋なども人気を集める。
「お通しをなくし、一人550円の『入場料』を設定する代わりに、生ビール209円、サワー・ハイボール75円〜、ソフトドリンク1円〜の〝原価価格〟で提供する。セルフオーダーの導入や配膳動線を意識した座席配置でコスト削減を図っている」
 個室からカウンターまで一席当たりの面積を広く取り、ゆったりと過ごせる。最大40人の宴会に対応。客の出入りで鳴らす太鼓を合図に、スタッフ全員があいさつすることで、店内に活気を持たせている。帰り際に駄菓子を贈るなど、楽しんでもらうため工夫を凝らす。
「若年層や2軒目での利用が増え、手応えを感じている。グループ唯一の居酒屋を守り、ゆくゆくは2店目も実現させたい」

    INFORMATION
  • ◆住所:中区堀川町3-13の2階
  • ◆電話:082-243-6166
  • ◆平均予算:2500〜3000円
  • ◆座席数:130席
  • ◆営業時間:午後5〜12時
  • ◆定休日:日曜
  • ※発行当時の情報となります。過去の記事につきましては、最新情報を掲載店さまにご確認ください。

コラム― COLUMN ―

                                   
記者が注目する「こぼれ話」
ブランド「祇園パセリ」

50年ほど前、安佐南区の旧祇園町一帯に青々と水田が広がっていた。時代は下り、アストラムライン開通などで交通インフラが発達。宅地開発やマンション建設が急ピッチで進み、都心のベッドタウン化が加速した。工場跡地に大規模商業施設が開業。3次産業を基幹とする町へと大きく変貌した。
 田や畑の姿が失われた。だが〝祇園パセリ〟が元気だ。祇園町農事研究会(木下登会長)のパセリ部会に所属する20農家が年間6トンを生産している。現在、県の伝統野菜として広島近郊七大野菜の一つに指定されており、1990年代には100軒の農家が栽培していたという。副会長の庄田俊三さん(66)は、
「パセリ栽培農家の平均年齢は今や70代後半。もともとは西区観音地区で栽培されていたパセリの種をもらい受け、1947年ごろ祇園地域で栽培を始めたところ、武田山から湧く水、気候が良かったのか根付いてくれた。毎年自家採取し、優良な種の選別を重ね、手間や時間を惜しむことなく栽培していたが市場に出しても競り負け、見合った収益を生んでいなかった」
 祖父の清人さんらが種をもらい受け育成した。柔らかな食感と、ほのかな甘さと風味に奥行きがある。料理に添える〝飾り〟とは一線を画し、メイン食材に使える実力を備え、定期的に仕入れてくれる人気レストランも少なくない。しかし、パセリ栽培を引き継いだ父親の等さんら農家は「良いものを作れば売れる」という信念と自負を支えとし商売っ気がなかった。
 専業農家の長男だった庄田さんはアパレル業界に憧れ、大学を卒業後は繊維卸の十和(現アスティ)に入社。卸から川上の企画製造や川下の小売りへ乗り出す潮目の変わる頃だった。ブランディングの重要性を営業の最前線でたたき込まれた。30年間勤めたころ父親が倒れ、53歳で早期退職。第二の人生は予定より7年ほど早まったが、祇園のパセリから「祇園パセリ」ブランド展開に精魂を傾け、日々栽培に没頭した。
 農業経験はなく、1年ほどJAで基礎を学ぶ。父親より5歳若い、パセリ栽培の師匠から種をもらい、指導を受けながら精進。やっと10年前ごろ本格的な栽培に乗り出した。温度管理や間引きなど毎日、手のかかる作業を欠かすことができない。しかし丹精を込めた分だけ味わい深い、おいしいパセリに育ち、応えてくれる。
 農業の大変さややりがい、喜びを体験。長野や千葉県などで盛んな大規模産地とは対極にある家族経営で育まれてきたパセリだが、将来へ夢を描くために農業法人化への移行が課題という。
「良いものだと知ってもらうために、その価値を広く発信していくことが大切。ブランドを高めようと2021年に地域団体商標に登録した。一方で地元の大学と協同したレシピづくりや商品化などを通じ、次第に特産品として認識され始めた。栽培を継ぎたいと言ってくれる学生も出てきた。とてもうれしい」
 関西や関東の百貨店などへも販売先を拡大。アパレル会社で培った経験と発想が農業分野に新風を吹き込む。食材にこだわる中区広瀬北町のイタリア料理ラ・セッテの北村英紀シェフは産直市で祇園パセリに出会い、すっかりとりこになった。いまは庄田さんの農地の一画でマイ農園を耕す。パセリが引き合わせた縁が広がり始めた。

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