安佐北区大林の工場を主拠点に産業廃棄物の処理や、それを原料とする石炭代替燃料RPFの製造を手掛けています。祖父が創業し、現在は父が社長。3代目となる私は社業のほか、2021年には広島JCにも入会してさまざまな経験を積む日々です。
父は熱烈なカープファンで、幼い頃は旧市民球場に連れて行ってもらいました。まだ野球のルールもよく分からず、楽しみはカープうどんと7回裏のジェット風船。カープが勝つと父は機嫌が良くなり「これで好きなグッズを買ってこい」と1万円札を渡された思い出もあります。
その後は小学4年でソフトボールを始め、打席では当時の主軸で下の名前が同じ、栗原健太選手のフォームをまねていました。名前つながりでは前田健太投手も印象的です。ただ、中学からはバットをテニスラケットに持ち替えました。
東京の大学に在学中の4年間は、25年ぶりの優勝を果たすなど最も盛り上がった時期。父と一緒に東京ドームの左翼席で応援したこともあります。関東の球場は私のように広島から上京した人が集まり、独特の一体感と仲間意識を感じましたね。
会社でも旧市民球場時代から年間指定席を持っており、取引先に進呈するほか、余りは社員に提供しています。好調だった今年の春〜8月は特に喜ばれましたが、9月の急失速が残念でなりません。来年こそは頂点をつかみ、広島の街を盛り上げてほしい。