広島経済レポート|広島の経営者・企業向けビジネス週刊誌|発行:広島経済研究所

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コラム― COLUMN ―

2022年7月14日号
前へ進むか、退くか

軍を指揮し、兵を前へ進めるか、退くか。とりわけ撤退戦ほど困難を極めるものはなく、戦国時代に信長、秀吉らの有名な退(の)け陣が伝わる。
 自陣を撤退させて敵兵を背にすると軍に恐怖心が走り、統率は乱れに乱れ、全軍われ先にと逃げ出す。敵兵は一気呵成(かせい)に襲い掛かり、あわや国を滅ぼす最大の危機に遭遇する。信長唯一の撤退戦で、人生最大の危機になった「金ヶ崎の退き口」は、信長が越前の朝倉義景領へ侵攻し、金ヶ崎城を攻めるさなか、背後から浅井長政の軍が迫り、極めて不利な迎撃を避けるために撤退を決意。その退け陣は非常に統率が取れており、見事だったという。
 秀吉の「中国大返し」は、信長が光秀に討たれる本能寺の変を知るやいなや、備中高松城で毛利軍と対陣していた秀吉軍を電光石火のごとく反転させ、瞬く間に山崎の合戦で光秀を破り、やがて天下へ向かう分岐点となった。
 前へ進めるか、退くか。会社存亡の岐路に立ったとき、どう采配を振るのか、企業トップの真価が問われることになる。判断を誤り、失敗すれば会社はたちまち潰れる。先を読み、見事に戦線を縮小して成功を手にした例もある。 
 門や塀などのエクステリア用の化粧れんがを製造する竹原市の松本煉瓦は1938年に創業し、64年に日本工業規格表示認可工場を取得。高度成長期の波に乗り、盛んな公共工事や住宅建設需要を受けて赤れんがを主力に20億円近くを売り上げ、全国トップクラスへ業績を伸ばした。
 だが、バブル経済が崩壊。受注量が激減し、素早く戦線縮小を決断した。松本好眞会長がいまから30年近く前、40歳で5代目を継いだ頃の話をしてくれた。
「売上高は伸びても利益が付いてこない。このままでは潰れてしまうという危機感があった。そうした折の社長就任後に、売り上げを落として利益を重視すると宣言。それから20年以上をかけて徐々に売上規模の縮小を図り、ようやく利益を確保できる経営体制になった。意図的に売り上げを減らすのは、増やすよりも数倍難しい。会社の全ての数字を細かく把握していないと簡単には落とせない。いまは少子高齢化時代。要らないものはどんなに安かろうと売れない。価値あるものは高くても売れる。一歩先を読み、体力があるうちに会社をいかに小さくできるかが重要。例えば、規模縮小によって製品供給責任や原材料高の影響も少ない。戦略なき戦いに勝算を立てることは難しい」
 赤れんが主力から脱し、いまはビンテージ調などの付加価値の高い商品開発に力を入れており、商品数は700種を超える。多品種少量生産を貫く。新たな需要を掘り起こし、見事に困難な戦線縮小を図って陣形を立て直した。昨年8月、会長に退き、長男の真一郎さんが6代目の社長に就任。意に反してか、ここ数年は売り上げ、利益共に上向きという。社長とスクラムを組む次男の真明専務は、
「増収増益は事業ポートフォリオ見直しの結果。しっかりと戦略を練り、業績を伸ばすことができた。会長の路線とは少し異なるが、いい会社にしたいという思いは同じ。親子でも見方が異なり、互いの意見のせめぎ合いが楽しい」
 強い信頼があるのだろう。

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