道理と共に行動する者は必ず栄える。大河ドラマの主人公で、日本の資本主義の父とされる渋沢栄一が著書「論語と算盤」(1916年刊行)でこう述べる。道徳と経済の調和を図り、言動に裏表があってはならない。元来、人が持っているやる気を引き出し、成長を促す。そうして経済を発展させる。生涯、この考えを貫いたという。
合理主義だけで企業は成り立たない。人情に流されるようでは経営が崩れる。どう調和させるか。どこに道理があるのか。リーダーは正解のない問いに決断を下し、右か左か、進路を決める。その行き先に結果が待っているが、ここでも度量が試される。今も昔もこれから先も、企業経営者は肩にのしかかる重圧から逃れる術はない。一層やりがいもある。
広島市信用組合の山本明弘理事長(75)は、
「預金を集めて融資する。当信組の生きる道です。ひたすら本業に専念し、本業以外に手を出さない、いわば、捨てる経営に徹してきた。顧客本位の営業を徹底し、全役職員が取引先にお金を使っていただくという認識を持てば、顧客は必ず振り向いてくれる。応援してくれる。融資をやらなければ昇進できないという当信組の風土もできた。足で稼ぐ現場主義を最も大切にしている。足を使った仕事は非効率と指摘する声もあるが、現場に行かないと決して知ることのできない貴重な情報が山ほどある。工場の活気、働く人の姿、経営者の熱意、成長性や技術力などの定性的な部分を評価した上で、融資の可否を判断している。足しげく出入りしていれば、取引先の事情が分かるようになる。他の金融機関にとっての非効率は、当信組にとって融資のスピードを速め、渉外の動きを活発にする効果的な効率につながっている。融資を決定する場合の判断は財務内容が全てではない。そうしたリスクを取った上で、融資先が成長し、活躍している姿を見たときに、一番のやりがいを感じる。それで地元経済がより元気になると、これ以上の喜びはない」
この考えは一朝一夕でつくられたものではない。
「私が新人の頃に外回りで経験した挫折から得た教訓として、お金は貸すのではなく、使っていただくということを身に染みて感じた。以降、上司や本部の役員と衝突しても何より取引先にとって、当組合にとってプラスかマイナスか、この一点で押し通してきた。上司から稟議書を投げ返されたことも一度や二度ではない。上司の反感を買いながらも、この考えと行動のおかげで取引先が私を応援してくれた。その実績が反感を凌駕(りょうが)してくれた。私に出世や給与を上げてもらいたいという打算があれば、上司と衝突しない。歴代の理事長には理解を頂いていたと思う。融資はスピードが命。小口の融資だからこそ、いかに困っておられるのかを察し、できる限り速やかに対応したい」
2005年理事長に就任以来、融資のスピードで商機をつかむため、毎朝5時台には出勤し、全職員が出勤する前に全ての決裁書類を終える。そして毎朝、6時台に役員会を開く。ちょっとやそっとではまねができない。その言動に裏表がなく、強力なリーダーシップで引っ張る。