2018年に講談社から発売された本「サラリーマンは300万円で小さな会社を買いなさい」が話題になり、電子書籍を合わせて13万部超のベストセラーになった。ゼロからの起業よりも、すでに経営基盤がある小さな会社を買う方が成功の確率が高いという。本当かなと思うが、いわばスモールM&Aの選択肢を推奨する。
独立や起業を夢見るサラリーマンは大勢いる。しかし経営経験のないまま事業を引き継ぐリスクは大きく、大抵は躊躇(ちゅうちょ)する。東広島市の土岸洋堂さん(45)はサラリーマンだった21年秋に決断し、東広島エリア最大級の打ちっぱなし練習場「西条ヒルサイドゴルフ」を運営する株式会社ヒルサイド(同市八本松東)の経営を引き継ぐ。
当時の売上高は3000万円。役員報酬ゼロで赤字3000万円を計上する厳しい経営状況だった。だが、ひるむ気持ちはなかった。リニューアルオープン後、昨年12月で丸1年を迎え、業績は急回復している。
「ビジネスは顧客目線が大切だとよく耳にしますが、つい先日まで自分が施設を利用する側だったので改善点の分析には自信がありました。前オーナーが売却を検討しているという情報が入り、願ってもないチャンスだと思った。長く勤めていた会社をすっぱりと退職。オーナーと話し合いを重ねて、真新しい環境に飛び込んだ」
1977年5月生まれ。県内の自動車ディーラーに整備士として計7年勤務した後、マツダ関連会社でガソリンエンジンの開発に約15年携わった。むろん経営は素人だが、道は好む所によって安し。営業や労務面、取引先の管理、機械設備の仕組みや操作方法などを短期間で習得した。
「銀行の方は当初から半信半疑で、経営経験もないのに本当にうまくいくのか、果たして決算書が読めるのか、などと厳しい指摘があった。とにかく必死に食らいつき、何度も事業計画を作り直した。私の熱意が伝わったのか、やがてアドバイスを受けながら無事に買収資金を借り入れることができました」
既存のパートスタッフ10人弱の雇用を維持。21年12月16日から新しい経営体制でスタートを切り、まずは傷んできている打席用のマットや練習球の入れ替えから始め、施設内の改修や美化活動に取り組んだ。
「西条ヒルサイドゴルフの最大の魅力は美しい天然芝のフェアウエーと、ショットに集中できる自動ティーアップ機です。この二つは他の練習場に負けない差別化要素なので何としても維持。多くの人から毎日練習に行きたいと思ってもらえる場所にすることが理想と考えていた」
年次会員を再募集しフリーワイファイの設置、夜間でも球筋がはっきりと見える照明のLED化、土日祝の打ち放題メニューの設定、公式ホームページ・SNSの開設、キャッシュレス決済の導入、トイレ改修、バンカー練習場リニューアルなど15件を超える改善を矢継ぎ早に実行。次第に若い人を中心に新規顧客が増え始め、離れていた既存客も戻りつつあるという。
直近半年間の売上高は前年同期比42%増、年次会員数は4倍の240人まで増加。昨年秋から月ベースで黒字転換を果たした。7月期決算は前年比倍の売上高6000万円を見込む。将来の目標は1億5000万円。夢は始まったばかり。