広島経済レポート|広島の経営者・企業向けビジネス週刊誌|発行:広島経済研究所

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コラム― COLUMN ―

2019年11月28日号
老舗の底力

世界に比べて日本は長寿企業が多いという。それでも創業100年を超える老舗企業の割合はたったの2%で、中国地方に2528社、広島県に860社ある(帝国データバンク2019年調査)。
 一方で、企業30年説が広く流布されているが、国税庁調査で企業生存率は5年後に15%、10年後に6.3%という厳しいデータがあり、30年後にはほとんどの企業が姿を消すという説を裏付ける。なぜ老舗企業が100年以上にわたり生存できたのか。そこに経営のヒントが隠されているのではなかろうか。
 印刷業界の老舗で、12月に創業100年を迎える中本本店(中区東白島町)の100年史「創業期」に、
『創業者の中本勝三には借金ゼロを貫くという信念があった。そのためには品質は絶対に落とせない。一度品質を落としてしまうと信用を失う。何としても品質の良さを守り抜く高い技術力と、人々の思いを正しく伝えたいという誠実さが欠かせない』
 とある。4代目の中本俊之社長(57)は、
「今も創業時のシンプルな考え方が底流に流れている。近年、印刷業界はITなどによる技術革新の大波にもまれているが、唯一、品質を守るという基本は不変。今日まで愚直なまでに信念を押し通してきた。今後も貫く覚悟です」
 その遺伝子のせいか、誠実そのものである。
 勝三さんは出身地尾道から広島に出て、中国新聞社に印刷工として勤める。ここで技術を習得し独立。1919年に上柳町(現・橋本町)に中本印刷所を創業した。38年から現社名。鉄道省の監督指定工場になるなど順調に業績を伸ばす。人望を集め、広島活版印刷工業組合理事長をはじめ、日本印刷文化協会県支部(後に広島県印刷産業統制組合)の初代支部長を務めるなど長年、業界を引っ張った。
 しかし、被爆で全工場を焼失。当時の中本本店と爆心地の距離は約550メートル。午前8時の始業時間に合わせて出社していた全社員の命を失う。勝三さんは奇跡的に命をつないでいた。近所に野菜を配っていたため、いつもより遅く通勤電車に乗り、車内でうっかりメガネを落とす。拾おうと腰をかがめた瞬間、原爆がさく裂し、車内の人たちは皆命を落としたという。
 そのとき勝三さんは52歳で、人生最大の苦難に直面。あきらめもよぎったが、やがて再建の意欲を取り戻し翌年11月には現在地に木造工場を建設。再び歩きだした。
 近年、技術革新で飛躍的に印刷技術は発展したが、技術革新によって市場も失った。元来、得意先であったそれぞれの事務所で容易にプリントアウト。簡単な印刷物の発注が激減した。中本社長が理事長を務める県印刷工業組合の組合員企業数は1997年の184社をピークに、現在は128社。多くの印刷会社が姿を消した。
 中本本店は、2014年に機密印刷サービス事業がものづくり革新事業に採択されたほか、ひろしま食べる通信の創刊、クリエイティブ部門ライツ・ラボを立ち上げるなどプロならではの技術力、提案力を武器に市場開拓に挑戦中。むろん簡単ではないが、老舗にはぶれない信念と、すさまじい生存本能があり、そして運も必要なのだろう。

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