広島経済レポート|広島の経営者・企業向けビジネス週刊誌|発行:広島経済研究所

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コラム― COLUMN ―

2020年7月2日号
伝統工芸の挑戦

GAFAなどと呼ばれる、最先端の情報技術を駆使するひと握りの大手がいま、世界を席巻している。情報技術の分野で立ち遅れる日本の巻き返しがかなうだろうか。得意とするものづくりと、最先端の情報技術を融合することができれば、日本は強い。奮起を願うほかない。
 日本が誇る伝統工芸の分野で、現代感覚のデザインや技術などを入れた挑戦が始まっている。広島の話である。
 江戸中期のころ、旅の安全を祈って厳島神社社殿下の砂を〝お砂守り〟として携え、無事帰郷した折には旅先の砂と合わせて神社へ返す風習があった。その砂を混ぜて祭器を焼き、神前に供えたのが宮島焼の由来といわれる。いまは山根対巌堂、川原巌栄堂、川原圭斎窯の3窯元が守る。広島県の伝統工芸は、経済産業大臣指定の熊野筆や広島仏壇など5品目のほか、県指定の宮島焼や銅蟲など9品目あったが、大竹手打刃物や矢野かもじが途絶え7品目に。いずれも販路開拓や後継者不足を共通の課題に抱える。
 宮島御砂焼窯元の山根対巌堂(廿日市市宮島口)は、三代を襲名した山根興哉氏の代からさまざまな挑戦を重ねてきた。助成金などを活用しながら新たな活路を切り開いている。今夏からはECサイトの運営を始める。70代の職人とでこなしている成形工程を効率化し、ろくろ成形を機械化する圧力鋳込み成形装置を導入。サイトに掲載する規格商品を安定的に供給できるようにする仕組みを整えた。興哉氏は、
「ここ数年、情報発信の強化などで受注機会が広がってきた。一昨年からスターバックス厳島表参道店で毎月50個限定販売を行う御砂焼マグカップの完売が続いている。ろくろ職人が一人前になるには数年〜10年の歳月を要するが、生産が追い付かない状況で、効率化を迫られていた」 
 機械化とともにスタッフを増やし、この1年で分業体制にこぎ着けた。一枚一枚もみじの葉を貼り付け、一つとして同じものがない手作業にこだわる工程と、機械化で宮島焼の魅力を堅持。注文の多寡で値引きがまかり通る慣習から脱し、直売だからこそ創意工夫ができる窯元を目指す。これまで興哉氏は陶芸家として作品づくりに励んできた。その技を生かし、大聖院の不消霊火堂の消えずの火の灰を釉薬に使ったキャンドルホルダーや、平和公園の折り鶴の灰を釉薬に使った香炉などを商品化。宮島の幅広い魅力と〝広島〟を発信する新製品企画を練り、最近は北海道などからも注文が入る。「思いを込めて贈り物をしたいというニーズをつかむ大切さを実感している」と話す。
 新規導入した機械も使用する粘土の調整に1年かかり、ようやく量産できるようになった。それでも熟練職人の方が早いかもしれないが、その10年を待っていては、100年以上守ってきた窯元を後世に残すことができないという判断がある。手段を変えながらも、ものづくりの魂を次代へ引き継ぐ。その自覚のある人が心を込めてつくることが伝統の証という。
 産地を訪れ、作品を手にして伝統工芸の魅力やその地の人情に触れる旅もある。「広島を訪れたくなる宮島焼きをつくる」という、その思いがぶれることはない。

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