広島経済レポート|広島の経営者・企業向けビジネス週刊誌|発行:広島経済研究所

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コラム― COLUMN ―

2020年10月1日号
心あたたまる筆をつくる

ピンクやイエローのパステルカラーの軸が楽しい。仿古堂(安芸郡熊野町)の筆シリーズ「マカロン」は、4代目の井原倫子さんが書筆の新たな可能性に願いを込め、幾度も改良を重ねて開発した。日常生活で気軽に書筆を手にしてほしい。そうした使い勝手と手入れのしやすさを考え、通常は穂の直径分ほどだが、穂の半分を軸中に納めて特有の作りにした。クラウドファンディングの返礼品としても人気を集めたよう。
 穂の原毛はイタチやヤギ、リス、馬などの動物毛だが、その確保も次第に難しくなっているという。井原さんは、
「昔の筆はもっと毛がしっかりして書き味も良かったなどの声が届く。当時の筆を見本に預かることもあり、腕利きの筆司(筆を作る職人)たちは、こんな毛で作ってみたいと羨望の声を口々にする。それが職人気質を一層刺激するのか、いま手に入る毛で最上の筆を作る。頭も手もフル動員し、さらに熱意を込める」
 仿古堂は、井原さんの曾祖父の東氏が創業。10月2日に120周年を迎える。時代に合わせて変えるべきこと、変えてはならないことは何か。井原さんは4年前の社長就任に臨み、大好きだという古事記にある初代の神武天皇が祀られる奈良の橿原(かしはら)神宮を訪ねた。多くの困難を乗り越え建国に尽くした神武天皇の神殿に向かい、日本のアイデンティティーでもある筆作りを通して、日本の素晴らしさを伝えていく覚悟を決めたという。
 仿古堂の筆は、2代目の思斉氏と親交のあった棟方志功や、現代書道の父と言われる比田井天来、その弟子、上田桑鳩ら多くの書家に愛用されている。自らも書筆を握った思斉氏は、
 −製作にあたって、常に心あたたまる筆をつくりたいとねがっています 常に表現意欲をゆすぶらずにはおかないひびきのある筆をつくりたいとねがっています 常に古典をみ あらゆる墨象にふれ 時代の筆をつくりたいとねがっています 常にあなたの絶大な支援をねがっています−
 の言葉を残す。
 職人が一人前になるまでにおよそ10年はかかる。挫折し途中で辞める人も多く、悩みは尽きないという。筆作り産業を〝絶滅危惧種〟と捉えながらも呉市川尻や愛知県豊橋市、奈良などの熊野以外での産地全体でつくる〝和筆〟として継承し、職人を日本の宝物として支える必要があると訴える。コロナ禍を契機に社内改革を決行。経営基盤を再整備しながら、使い手の思いに寄り添って筆を作ってきた思斉氏の志を引き継ぐ。
 筆生産量で全国一の熊野は秋分の日に「筆まつり」を開く。例年5万人が訪れるが、86回目の今年は初めてオンライン開催に挑戦。9月22日は榊山神社であった筆供養の様子を動画でライブ配信したほか、27日まで「バーチャル筆まつり」と称し書、画筆はむろん、オンラインならではの動画で化粧筆を使ったメークレッスンなど、熊野筆をアピール。まつりを企画した熊野筆事業協同組合の城本健司常務理事は、
「販売促進に並行して各社でオンライン商品の開発も進めていただきたい。広く筆の魅力を伝えることが、われわれの使命です」
 いまこそ老舗の底力を発揮してもらいたい。

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