広島経済レポート|広島の経営者・企業向けビジネス週刊誌|発行:広島経済研究所

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コラム― COLUMN ―

2021年4月8日号
旅する和菓子

繊細な技法を駆使し、餅やあんで四季の移ろいを彩り、風流で味わい深い上生菓子。桜をめでる茶会への対応などで春先の和菓子店は繁忙を極めるが、昨春から一変。コロナ禍で宴席や祝い事などがことごとく中止になり、観光客向け土産も振るわない。
 何とかならないか。窮地に立たされた呉市の老舗・蜜屋本舗常務の明神宜之さん(38)は全国の同業者を巻き込み、昨年4月から「旅する和菓子」のネーミングで共同販促の取り組みを始めた。これが全国で評判になり、百貨店の新宿高島屋は今年2月15日から「旅する和菓子」イベントを開き、全国から和菓子の7店が参加。明神さんら4人の職人が店頭で和菓子作りを実演した。
「感染症対策で試食や呼び込みが禁止されるなど厳しい状況だったが、日に日に客が増え、中には何度も来店してくださる方も。最終日は朝から夕方まで客が途切れることがなかった」
 最終的に9日間で当初目標の3倍を売り上げ、関係者を驚かせた。旅行にブレーキがかかり、自粛ムードの中、地域の文化を伝える銘菓が旅情を誘ったのだろうか。
 さらに百貨店バイヤーからのアドバイスが響いた。どんなに忙しくても実演は見やすいよう、興味を引くよう、ときに言葉を添え、プロとして楽しませなければならない。目の前のスペースは菓子作りの作業台ではなく、君たちのステージ。自信を持って振る舞ってほしいと言う。良い物を作るだけではなく、魅力を伝える努力が欠かせないと改めて気付かされる。
 ひらめきから旅する和菓子企画が始まり、この一年で着々と実績を重ねた。
「昨年3月、店を構える広島駅の土産物売り場が休館となり、多くの在庫が行き先を失った。このまま経営を続けられるのか、不安だった。そうした渦中で、東京の製菓学校で共に学び、全国で活動する同年代の和菓子職人たちと情報交換するうち、ひらめきがあった。当社の蜜饅頭もそうだが、各地にその土地で長く愛され、その場でしか食べられない銘菓がある。それを統一の企画で相互にネット販売すれば、多くの人に届けられると考えた」
 初回は、明神さんが職人として上生菓子などを実演販売する旬月神楽(中区白島中町と西区庚午北)のどら焼きをはじめ、石川県の干し菓子、栃木県の煎餅、埼玉県のコーヒーをセットにした。複数メディアに取り上げられ、300セットを数日で売り切った。
「業界全体を盛り上げなければと考え、わずかなルールだけを決め、あとは全国の店が自由にやっても良いことにした。販促物などを共有し、皆が取り組みやすくした」
 地域に根差した職人が県境を越え協力することで、新たな価値を生む。これまでの6回に岩手、石川、岐阜、三重、岡山、香川などから計17店が参加。毎回、なかなか手に入らない個性豊かな和菓子が味わえると評判を呼び、計2400セットを売った。
 県内に2人しかいない全国和菓子協会の「優秀和菓子職」の1人で、政府の文化事業で欧州やアジア各国に派遣された経験も。日本の誇る伝統技術を携え、世界的に珍しい油を使わないスイーツを切り札に海外へ旅する夢を描く。

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