広島経済レポート|広島の経営者・企業向けビジネス週刊誌|発行:広島経済研究所

広島経済レポート|広島の経営者・企業向けビジネス週刊誌|発行:広島経済研究所

コラム― COLUMN ―

2022年10月6日号
動機善なりや

考え方がしっかりしていなければ何事も成就することはない。京セラ創業者の稲盛和夫さんの経営十二カ条に、
 強烈な願望を心に抱く
 経営は強い意志で決まる
 勇気を持って事に当たる
 思いやりの心で誠実に
 などの心構えを示す。しっかりした考え方とは何か。誰しも自問自答を繰り返すが、稲盛さんは「動機善なりや、私心なかりしか」と自らに問う。そして「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」という方程式に落とし込んだ。
 利己の心は消し難いが、私心なかりしかと問いながら必死の覚悟で利己を捨てようとした、その真空のような空間に、多くの人がすっと引き込まれたのだろう。
 そうした考え方に影響を受けた経営者は多い。1983年に京都の若手経営者らが勉強会「盛友塾」を立ち上げ、89年に大阪に広がり「盛和塾」に名称変更。91年に広島支部が発足した。創設の準備段階から閉塾まで携わった竹鶴酒造(竹原)元社長の竹鶴壽夫さん(81)は、
「稲盛さんが人としての生き方や経営者としての心の持ち方を熱心に説いたのは、88年のリクルート事件をはじめとする汚職を目の当たりにし、心のある企業経営者こそが明日の日本を支えるとの思いからではないでしょうか」
 広島支部は当初、東西二つの支部が作られる構想だったが、西はすでに多くの学びの機会があったため、福山・尾道・三原・竹原を中心とする東が先行して発足。その後、西からも参加者が増え、福留ハムの中島修治会長、マリモホールディングスの深川真社長らが支部を盛り上げ、2010年代半ばには150人余りが参加した。
 支部の発足前、竹鶴さんは経営者6人と京都の第1回全国大会に参加。その時のことが印象深いと言う。
「会場に400人余りの経営者が全国から集まり、稲盛さんは一人一人相談に応じた。まずは一杯うどんを食べて腹ごしらえし、よしっと掛け声を合図に杯をもって各グループを回る。しっかりと座って酒を酌み交わしながら話さないとダメだと、床に10畳ほどの畳を40数セット敷き詰めて会場を設えていた」
 このエネルギーはどこから来るのか不思議でたまらなかった。私は創業250年を超える酒屋の出身ですが、売り上げはまだ2億円にもなりませんと話しかけると、
「規模の大小ではなく、長く続けることも大切。その分、従業員さんの生活を支えてきたのでこれからも頑張らないといけないよ」
 盛和塾の第1回中国地区大会前日に稲盛さんから連絡が入り、広島カンツリー倶楽部でゴルフを共にする機会があった。前半はスコア41。後半は最終ホールの2打目が伸びず60ヤードほど残ったが3打目を寄せてパー。トータル78だった。
「こんなに気持ちの良いゴルフは久しくない。調子が良いから明日の中国地区大会は欠席して京都のゴルフ例会に出ようかな」
 冗談を飛ばす、気さくな人柄だったよう。享年90歳。
 知と情。二つがないと組織は崩れる。十二カ条に「常に明るく前向きに、夢と希望を抱いて素直な心で」とある。人として正しい心のありようが全ての源なのだろう。

一覧に戻る | HOME