広島経済レポート|広島の経営者・企業向けビジネス週刊誌|発行:広島経済研究所

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コラム― COLUMN ―

2023年6月15日号
牡丹の出迎え

上田流和風堂(西区)の書院屋敷前庭に敷き詰められた砂利に置く7㍍15本の青竹の花筏。雨上がり、艶やかな青竹に8種の牡ボ タ丹ン を植えて5月19日、岸田総理夫人と各国首脳の配偶者を出迎えた。
 当日までシークレットだったというG7広島サミットパートナーズプログラムの一環で総理夫人主催により、昼食会と茶会が上田流和風堂で開かれた。富貴の花言葉がある牡丹の美しさは、凜とした茶道所作の美しさとも重なり、日本文化の魅力を際立たせたのではないだろうか
 分刻みのスケジュール。G7公式行事として厳戒態勢でのもてなしに臨み、入念な準備を進めた。国内で唯一、江戸期の書院屋敷、茶寮を廊橋でつなぐ構成を再現した和風堂は過去に国内外から多く賓客を迎え、広島の迎賓館の趣をみせる。上田宗箇流16代家元の上田宗冏(そうけい)さん(78)は、
「大切な人を迎えるときの、流祖宗箇の逸話が残されている。咲き誇る63株ほどの牡丹を切って一株だけ、18㍍の竹を数本横にした中に添え内露地に置いたという。戦いのさなかにあって動じることなく茶杓を削り、あるいは多くの城の作庭も手掛けたクリエーター宗箇らしいもてなし方に思える。さっそく新潟から取り寄せた牡丹は生き生きとして筏に乗っていた」
 和風堂に訪れる前、平和公園で献花、原爆資料館見学などで重い歴史に向かい合ってきたばかり。戦いと文化。広島の貴重な思い出として多くの人に語ってもらいたい。
 和風堂の書院屋敷は被爆を免れた。広島城内にあった頃の上屋敷絵図を基に30年近くをかけ、2008年に書院屋敷と茶寮和風堂を復元。屋敷はもともと江戸時代、将軍の〝御成〟を迎え、茶の湯を伴う接待が叶う場だった。
「浅野藩家老として上田家は茶の湯でもてなす数寄屋御成という習わしを長い歴史の中で育み伝えてきた。雨の日も御成門から屋敷に入れば廊橋(長廊下)を渡り、雨に濡れることなく茶室に向かえる。どなたであろうとも粛々と最高のおもてなしを尽くす。いまも昔もかわることのない、茶道の伝統と心得ています。滞りなく無事に終えることができた広島サミットを振り返えると、広島の底力を実感しました。毛利、福島、浅野と藩主が移り近代を経て、被爆による焼け野原から百万人都市へと復興を遂げた広島の歴史に目を向け、学ぶことが何より大切だと思います。それを未来へつなげ、豊かな文化の香る、深い奥行きを備えた都市へみんなで育んでいく。その一端を担うことができるよう、日々精進を重ねたい」
 17代目を継ぐ若宗匠の宗そうこう篁さん(43)は、「何よりも、おいしいお茶を飲んでいただく。この気持ちを伝えようとすれば、自ずと美しい所作になるのではないでしょうか」
 ズームのライブ配信によるウェブセミナーや動画、イタリア料理店での茶会など活動は広範囲に及ぶ。クリエーターの心意気を受け継いでいるのだろう。不易流行。変えてはならないものを守り、併せて新しい感性を注いでいく決意をにじます。
 観光資料によると、訪日外国人観光客に人気の体験メニューは温泉、歌舞伎、殺陣、着付け、折り紙などと共に書道、華道、茶道の三つの「道」がベストテン入り。世界が日本文化に関心を寄せるいま、観光のときだけでなく、海を越えて世界の国々に茶道が息づく可能性を広げている。

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