広島経済レポート|広島の経営者・企業向けビジネス週刊誌|発行:広島経済研究所

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コラム― COLUMN ―

2024年4月25日号
DXで手作業を守る

物流や建設業などで時間外労働の上限規制がスタートする2024年度が始まった。どの業界も人ごとではない。急速に進む労働人口の減少や賃上げ要請に対応すべく、業務効率化が迫られる。
 今秋に設立60周年を迎える板金加工の広島メタルワーク(中区)は3月、経産省「DXセレクション2024」優良事例に選定された。20年近く前から佐伯区湯来町の工場で取り組んできた生産性向上活動が評価された。デジタルトランスフォーメーションの略称DXが広まる、はるか前にデジタル化に挑んだ背景に、昔ながらの手作業を守るための覚悟があった。
 創業は戦後の復興期。被爆で焼け野原になった街が建設ラッシュでにぎわう頃、創業者の前田彦三さんは日本に入ってきたばかりの新素材ステンレスの美しさに一目ぼれ。従来の鉄に比べ腐食しにくい特性を生かそうと、サッシなど建材作りを始めた。
 未知の金属に懐疑的な声もあったが、とことん加工技術を磨いた。次第に引き合いが増え、高度成長期に建てられたビルの多くに採用。いまもリーガロイヤルホテル広島の玄関など、多くの場所に同社の手掛けた製品が残る。
 しかしバブル崩壊後、一気に建築需要が落ち込んだ。会社は債務超過に陥り、銀行の融資も厳しくなった。1991年に父の会社に入った現社長の前田啓太郎さんは、
「どん底からのスタート。技術で活路を見いだそうと、食品工場や医療設備向けの機械加工へ進出したことが転機になった。ステンレスは数ある金属の中でも切削や曲げが特に難しく、扱いに長けた会社は少なかったため、西日本を中心に幅広い機械メーカーから受注が入った。大量生産品ではなく、オーダーメードの製品ばかり。つまり、大手が対応し切れない面倒な仕事を人の手で行っている。職人技と言えば聞こえは良いが、コストや管理などの面で非効率なことも数多い。これを改善しなければ、せっかく培った技術を後世につないでいけなくなると考えた」
 社長に就いた2003年、志を共にする全国の製造業8社で生産管理システムの構築に着手。2年後に共同で立ち上げた会社で開発を加速し、08年に完成した初代システムの後、15年から2代目の「TED」を工場に導入した。
「かつては他社製システムを使っていたが細かい部品管理ができないため、社員が工場内を探し回るという本末転倒の事態が発生。使える端末の数も限られていた。TEDは中小製造業の現場の声を基に設計しており、デジタルに不慣れな社員も直感的に操作できるほか、全員がリアルタイムで図面や作業の進捗状況を共有可能。加工作業に集中できるようになり、生産性が大幅に改善した」
 約5億円だった売上高は10年弱で約9億円に拡大。21年度には中小企業庁から全国300社の「はばたく中小企業・小規模事業者」に選ばれた。デジタル活用だけが目的ではなく、挑戦する風土づくりにもこだわりがある。
「父がステンレス、私がシステム開発へ挑んだ先に新しい発想が生まれ続ける組織としたい。工場入り口に立つキリン親子のオブジェや各建物をライオン棟、カメレオン棟などと名付けたのもその一環。一人一人が個性を発揮できる仕事場を目指す」
 DXは、豊かな感性と果敢なチャレンジ精神を備えた人が主役と言い切る。

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