広島経済レポート|広島の経営者・企業向けビジネス週刊誌|発行:広島経済研究所

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コラム― COLUMN ―

2024年6月6日号
矢野さんお別れの会

何をやってもうまくいかない人生だったー。昨夏に登壇した講演会の冒頭、自らの半生をそう振り返った。100円ショップ最大手の大創産業(東広島市)創業者の矢野博丈さんが2月12日に80歳で逝去。5月27日に市内ホテルであった「お別れの会」に政財界人ら約1500人が集まり、在りし日をしのんだ。
 1972年に矢野商店を創業し、昨年末時点で日本を含む世界26の国と地域に5350店を展開。一代で売上高5891億円(前2月期)規模に育て上げた。しかし、その人生は事業失敗や倒産、借金、夜逃げ、度重なる転職、火災に遭うなど苦難の連続だったという。
「ある結婚式で、お坊さんの祝辞が印象に残った。艱難(艱難)辛苦。生きているといろいろなことが起きるが無駄は一つもない。これを乗り越えるのが人生。失敗に負けないようにとエールを送った。自らの人生を振り返ると、もはや運命の女神に憎まれているとさえ思っていた。確かに見方を変えると、またかまたかと苦労を重ねたことは運が良かったのかもしれない。それからはそう考えることにした。ありがとうございます、感謝、ついている。この言葉を何度も何度も繰り返した。そうすると本当に良いことが起こり出した。ありがとうは魔法の言葉。すぐに良いことをまねるのは、経営者にとって必要な資質だと思う」
 自己否定、危機感も並外れていた。順風にあって商いに徹頭徹尾厳しく、決して物事を甘く見るような言葉を発することがなかった。創業時に「安物買いの銭失い」などと幾度となくたたかれた。消費者の厳しい視線を肌で感じてきた経験がそうさせるのだろう。いつも社内外で経営の厳しさを語り続けた。まだ売上高が800億円台だった頃、2000年の産経新聞記事(要約)で、
「今、調子がいいことを、将来も調子がいいと錯覚してしまうことが怖い。お客さんの商品に飽きるスピードは驚くほど速い。常に緊張感を持って、いいものを生み出し続けないと生き残れない」
 変化し続けるニーズ、期待に応え続けることが、経営継続と同義だった。大創の急成長を支えた源泉は、紛れもなく開発力にある。売価100円という上限がある中で仕入れ先との交渉を「格闘技」と言い放った。
 取り繕わない自然体も魅力だった。本社オフィスをあちこちと歩き回り、社員や仕入れ先などに声を掛けて回る。一方、怒る時は徹底的に怒った。社長の心掛けを問われたときに、
「私は怒ります。強い会社はどこも社長は怒っている。一生懸命になったら怒ります。でも怒ると会社がギスギスするから、社員にダジャレを言ってごまかす。それでぱっと雰囲気が明るくなればいい。ダジャレは一種の緩和剤ですね」(1999年毎日新聞)
 2018年に次男の靖二さん(53)が社長のバトンを引き継いだ。大学を卒業し、イズミで16年間、食品バイヤーなどを経験。15年に大創産業に入る。
 お別れの会委員長として礼状に「世界の生活インフラとして社会の発展に貢献」すると抱負を述べる。社長就任後も新ブランド「スリーピー」を含めた国内外への出店ペースを加速。5月に東南アジア、中東圏への輸送を担う自社最大のグローバル物流拠点建設を発表した。チャレンジ精神は遺伝子なのだろう。

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