広島経済レポート|広島の経営者・企業向けビジネス週刊誌|発行:広島経済研究所

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コラム― COLUMN ―

2025年6月5日号
ちからの底力

おいしいものを食べてもらいたい。しかし良い材料を使えば値段は青天井。安さを追うと味が落ち、客は離れる。ふらっと寄って安心して注文し、いつもの味に満足し、また来ようと思ってもらうには「材料の品質とコストとのあんばいが決め手」になる。飲食店にとって、本能ともいえる経営感覚なのだろう。
 市内中心にうどん・中華そばと和菓子の店をチェーン展開する「ちから」(中区)が6月10日、創業90周年を迎える。京都の餅と麺類や丼物を出す大衆食堂「力餅」で経験を積んだ創業者の小林角蔵さんが、のれん分けして店を構えた実兄に影響を受け、同じ道へと進んだのが始まり。
 大阪の店で餅の製造法やうどんだしの取り方を覚え、広島へと進出。物資の乏しい戦時中も入手できる材料で乗り越え、決して化学調味料は使わない。昆布や削り節など天然素材に徹しただしで、ちからの味をつないできた。4代目の小林正記社長は、
「誠実に、うそをつかず、真面目にやってきた。むろん、おいしいのが命。ちからは決して高級志向ではない。だが二、三代にわたり通ってくれる顧客も多い。学生時代から通い、その後に社長になっても顔をのぞかせてくれる。商いに偽りがないと分かっていただいているのではないかと思う。適正な価格とおいしさ。これがなかなか難しい」
 しかし今年1月、ちからの味を支えてきた利尻昆布の水揚げ量が壊滅的となり、必要な使用量の確保が困難になった。何とか味を維持しようと1月22日の製造分から、真昆布を25%配合するだしに切り替えた。HPで詳しく説明し情報開示している。
 うどんだしは、利尻昆布と京都の老舗削鰹節製造卸売の福島鰹から仕入れる専用の削り節と、1935年創業から使い続ける兵庫の龍野しょう油を使う。だし職人5人衆が変わらぬ味を届ける。2010年からモンドセレクション優秀品質賞を連続受賞。
「客観的にだしを評価してもらうことで何が足りないか、どう改善すればよいか気づかせてもらえる。応募の目的は果たして味が維持できているかを確認するため。健康志向などトレンドを意識しても基本を変えるつもりはない」
 人気の肉うどんに使う牛肉の部位も、コストはかかるが肩ロースにこだわる。
 現在店舗は市内に26、呉と廿日市で計28店を配す。中区の工場から、朝作ったものをその日のうちに各店に配送する。味を落とさないため出店エリアを広げるつもりはない。規模拡大を経営指標にせず、味の維持に軸足を置く。
 一方で、長く働いてほしいと雇用を維持する制度へ見直しを図った。4月から評価制度を導入し、給与に反映。フルタイムで週5日以上働く正社員が30人に対し、時給で働くパート従業員は220人に上る。その85%が女性。子どもの急な病気などにも、休みが取りやすい職場環境が定着し、支持されていたが、有休に対して欠勤の扱いが不明瞭になっていたという。
「ちからの企業文化と風土になじんでもらうことが新制度の一番の目的。数年前からより意欲の湧く評価制度を考えていた。ようやく始動する」
 調理場は男性が受け持っていたが、いつの頃からか女性も当たり前に。コロナを契機に接客も会計も一人三役を明文化し、生産性の高い店舗運営を軌道に乗せた。
 老舗が姿を消す中、末長く看板を守り続けてほしい。

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