筆生産量全国一の熊野町で筆の日の3月20日、画期的なイベントが話題を呼んだ。
熊野町商工会の有志でつくる「熊野町の観光を考える会」(34社)は、タイの三輪タクシーで有名なトゥクトゥク2台を繰り出し、筆の博物館「筆の里工房」と仿古堂本店横の観光案内所「筆の駅」を循環。朝9時から午後3時まで15分刻みで走り、家族連れやカップルら130人余りが、春の風を受けながら熊野のまち巡りを楽しんだ。土屋武美会長(晃祐堂社長)は、
「試運転を重ね、当日は保安員も同乗し運行。何より安全面を確保し無事終えることができた。熊野町は交通の便に課題があるためか、素通りされることが多い。何かできることはないかと考えた。町には榊山神社や光教坊の大イチョウなど魅力的なスポットが点在。当会は以前、彼岸花を植える活動や一般から募った花木の穴場を観光マップに仕立てた。ここらを自由に回遊できる交通手段の検討を重ねていた。筆の日を盛り上げたいと、参加した仲間の絆が深まったのも大きな成果。できることから始め、今後は町を周遊する仕組みを構築し、軌道に乗せていきたい」
トゥクトゥクのハンドルは有志が握った。商工会の補助金や車体広告などで協賛も募って運営資金を賄った。マイクロモビリティ実証実験事業として手応えを得たことから来年の実施を見据える。
6月4日にあった「クマノ・クリエイティブ・パレット(KCP)」の今年度の第1回会議で成果を発表。KCPは、文化芸術のまちづくりを目指す町が筆の里工房向かいに建設中の観光交流施設を拠点に、さまざまなジャンルで創作に励む人の輪を広げ活性化につなぐ活動。「手仕事の町」としてハンドメイドのワークショップも開き、人が集まり、交流を生む起爆剤の役目を担う。▽自然▽街歩き▽中心エリアの活性化▽町を巡るアクセス―の四つの分科会も設け、来年度開館に向け準備が進む。筆の里工房が事業を受託。
町は熊野道路の無料化や新しいバイパス整備などを受け宅地化が進み、人口は社会増の傾向を示す。観光振興の整備が進めば、人が人を呼ぶ好循環も生まれる。国が指定した伝統的工芸品の熊野筆は海外からの来訪者も十分に満足させる奥深さと魅力がある。こうした資源を生かし、熊野筆生産者をトゥクトゥクで巡るツアーがあってもいい。
土屋会長を補佐する丸山長宏副会長(瑞穂社長)は、
「事業の実働に当たっては町の交通や安全に知見のある外部関係者に都度、壁打ちしアドバイスを求めた。〝共創〟の意識が大事だ。会のメンバーとは共通の目標と価値観の〝Same Page〟を共有しながら話し合い、企画を進めていった」
何よりゼロから一歩踏み出す実績をつくり、次に向かう原動力となったよう。くしくも二人とも熊野筆づくりが家業の家の〝入り婿〟さん。共に県外出身で異業種から伝統産業を継承する宿命と出会ったのだろう。
革新は「よそ者・若者・バカ者」が起こすといわれる。既成概念に縛られず、自由な発想で新風を吹き込む。「経営の神様」と言われた稲盛和夫も彼らの存在を活用していたと伝わる。失敗を恐れずチャレンジし、向かい風に向かって突き進む。その担い手が人を動かし、組織を動かす。革新は周囲を巻き込む情熱、夢から大きく動き出す。