表紙の人
広島競輪場(南区宇品海岸)が4月18日、「アーバンサイクルパークス広島」としてリニューアル開業した。BMXやスケートボードが楽しめるアーバンスポーツ施設、選手宿舎兼ホテルを新設。〝開かれた複合施設〟を目指す。来年には中国地方初のG1開催も控える。再整備・運営を担うチャリ・ロトの岡田健吾取締役に狙いを聞いた。
― オープン後の手応えは。
競輪では、レース開催日の来場者が従来の600~800人から1200~2000人規模に増えた。公園で遊んでいた親子がレース開始とともに観覧エリアへ移り、家族で声援を送る光景も散見される。かつての野次とは雰囲気が変わった。公園エリアは3月29日のオープン初日に約270人が会員登録し、平日20人、土日各50人の想定を大きく上回る稼働が続いている。
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話題のお店を取材!
グランドプリンスホテル広島の22階にある洋食レストラン。和食も楽しみたいという顧客の声をきっかけに料理長自らが企画し、昨年誕生したランチ限定の和洋コースが好評を博している。7月からディナーでも提供する。
「メニューは、和風だしを使ったジュレとスダチが香り漂う冷製茶碗蒸しや、アサリのナージュソースを添えたマダイのかぶら蒸しなど。箸も使い気軽に楽しめるのが特徴です」
幼い頃から手料理を振る舞い、家族からの「おいしい」という言葉がきっかけでシェフの道を志した。1994年のホテル開業時から館内の複数レストランで経験を積み、2021年にボストン料理長へ就任した。
「ホテルコンセプトにも登場する『五感』の中でも、嗅覚が最も強い感覚だといわれる。和洋コースでも目の前でスモーク肉をカットしたりソースをかけて提供したりと、お客さまの記憶に残るような工夫を凝らしています。誕生日や結婚記念日などでぜひ、特別なひとときを過ごしてもらいたい」
経営者が語るスポーツ「愛」
広島ドラゴンフライズをはじめ、ハンドボール、ラグビー、フットサルといった県内スポーツの試合会場MCや実況を担当しています。ラジオやケーブルテレビなどのスポーツ番組にも長年出演。特にマイナースポーツの振興に注力してきました。
2017年、DJを務めていたラジオ番組を通じ、創立3年目だったプロロードレースチームのヴィクトワール広島と出会い、三原市で試合を初観戦。コースと観客の近さや、時速50キロで目の前を走り抜ける自転車に圧倒されました。また、1人のエースを勝たせるために各選手が献身的に役割を全うするチームスポーツだということも驚きでした。チームの中山卓士社長に熱心なオファーを頂き、23年からホーム戦の会場MCに就任。初めて放送席で見届けた佐木島ロードレース(同市)では雨天の中、同チームのレオネル・キンテロ選手が数センチ差の接戦を制し、初のホーム優勝をつかみ取りました。記念すべき勝利を声高らかにアナウンスできたことは、忘れられない思い出です。
ロードレースはファンと選手の距離が近く、移籍した選手にもファンが優しく声をかける文化があります。勝負事ですが、相手があっての試合。対立をあおるより、アウェーのファンを含む全員で最高の応援をつくり上げ、誰もが良い試合を見たと思える会場にしたい。今年3月に開催予定のホーム戦でも気持ちの良い声援で選手を後押しし、広島優勝の一助になれば。
記者が注目する話題|こぼれ話
出合い頭だろうと何だろうと食らいつく。計算などもどかしいのか、直観で動く。さんざん苦悩も味わったが、新たな世界の扉をこじ開けた。
東京から祖父母の故郷、北広島町にⅠターン。カフェや出版業を営むミチコーポレーションの植田紘栄志社長(55)の体験は驚きの連続だ。
豪州のビジネスカレッジを卒業後、1997年に中古印刷機を輸出するミチコーポレーションを設立。昼はブローカー、夜は東京・築地の魚市場で働く毎日。夜間作業を終えた朝、霞が関の地下鉄ホームで、困っていたスリランカ人に1万円を貸した。この何気ない出来事が、破天荒な人生へ踏み出すプラットホームになった。
むろん1万円が戻ってくるとは思ってもいなかったが、帰国したスリランカ人から結婚式の招待状が届く。内戦の最中だったが、スリランカへ飛んだ。何かビジネスにならないか。内戦中の国に居ながらそう思うことが、そもそも枠を飛び越えている。
何をやっても失敗の連続で自己資金が枯渇の一途をたどる中、ゾウの糞を再生利用した〝ぞうさんペーパー〟で起死回生を図る。その顛末は同社で刊行した「冒険起業家ゾウのウンチが世界を変える。」に詳しい。
帰国後、東日本大震災を機に家族で移住を決めた芸北地域の北広島町は人口が1万7000人を割り、高齢化率は40%近い。当時、五つあった小学校は統合で現在は芸北1校。全校生徒は50人も満たない。空き家の放置も深刻化している。
町の遊休施設を借り「芸北ぞうさんカフェ」を開業。休耕田を借り受け、農業に8年間携わった。田舎体験事業やライブイベントなどを手掛けながら地域になじもうとしたが、町の人には突飛に映る服装も相まって〝のぼせもん〟呼ばわり。少子高齢化が進む田舎が盛り上がるのは神楽とカープ、家族を伴って帰省する盆正月くらい。何ができるだろうか。
「カフェは遠方から目当てに車を走らせて訪れる方も多く99%が地元以外。外貨(都会の金)を稼がないと家族を養うどころか、過疎化に飲み込まれてしまう。田舎こそ外交の力が求められている。海の幸、山の幸に都会の〝幸〟が加わってこそ絶妙の味わいを演出してくれる。田舎の幸も都会との出会いによって発見があり、輝きを増す」
過疎を吹き飛ばす本づくりを目指し、カフェ2階で「ぞうさん出版」を始め、矢継ぎ早に新刊を発表。熊野町の料理店店主の負けない物語「なにくそ!ライゾウさん」や「養老先生のさかさま人間学」などを刊行し、今秋に出す冒険起業家第2弾で12冊目になる。昨年は、世界を自転車で旅するスイス人家族との偶然の出会いから感動の冒険記を書籍にした。その年11月に隣町の安芸太田町に交渉し、移住体験施設に4カ月無償でスイス人家族に滞在してもらった。今年3月には住民団体「リボーン加計」運営で、「パッシュ・ファミリー・ミュージアム」オープンにつなげた。
日本の田舎から世界に発信する。田舎だからこそグローバルの視点で行動する。過疎などものともしない。スリランカ大使は来日のたび植田さんと食事を共にするという。
地域の活性化に若者、馬鹿者、よそ者が欠かせない。若者が外に飛び出し、異次元体験を持って帰り、革新を起こす。のぼせもんこそが、人を巻き込んでいくのだろう。