広島経済レポート|広島の経営者・企業向けビジネス週刊誌|発行:広島経済研究所

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コラム― COLUMN ―

広島経済レポートの記者が注目する旬の話題をコラムで紹介。

  • 2026年4月30日号
    のぼせもん

    出合い頭だろうと何だろうと食らいつく。計算などもどかしいのか、直観で動く。さんざん苦悩も味わったが、新たな世界の扉をこじ開けた。
     東京から祖父母の故郷、北広島町にⅠターン。カフェや出版業を営むミチコーポレーションの植田紘栄志社長(55)の体験は驚きの連続だ。
     豪州のビジネスカレッジを卒業後、1997年に中古印刷機を輸出するミチコーポレーションを設立。昼はブローカー、夜は東京・築地の魚市場で働く毎日。夜間作業を終えた朝、霞が関の地下鉄ホームで、困っていたスリランカ人に1万円を貸した。この何気ない出来事が、破天荒な人生へ踏み出すプラットホームになった。
     むろん1万円が戻ってくるとは思ってもいなかったが、帰国したスリランカ人から結婚式の招待状が届く。内戦の最中だったが、スリランカへ飛んだ。何かビジネスにならないか。内戦中の国に居ながらそう思うことが、そもそも枠を飛び越えている。
     何をやっても失敗の連続で自己資金が枯渇の一途をたどる中、ゾウの糞を再生利用した〝ぞうさんペーパー〟で起死回生を図る。その顛末は同社で刊行した「冒険起業家ゾウのウンチが世界を変える。」に詳しい。 
     帰国後、東日本大震災を機に家族で移住を決めた芸北地域の北広島町は人口が1万7000人を割り、高齢化率は40%近い。当時、五つあった小学校は統合で現在は芸北1校。全校生徒は50人も満たない。空き家の放置も深刻化している。
     町の遊休施設を借り「芸北ぞうさんカフェ」を開業。休耕田を借り受け、農業に8年間携わった。田舎体験事業やライブイベントなどを手掛けながら地域になじもうとしたが、町の人には突飛に映る服装も相まって〝のぼせもん〟呼ばわり。少子高齢化が進む田舎が盛り上がるのは神楽とカープ、家族を伴って帰省する盆正月くらい。何ができるだろうか。
    「カフェは遠方から目当てに車を走らせて訪れる方も多く99%が地元以外。外貨(都会の金)を稼がないと家族を養うどころか、過疎化に飲み込まれてしまう。田舎こそ外交の力が求められている。海の幸、山の幸に都会の〝幸〟が加わってこそ絶妙の味わいを演出してくれる。田舎の幸も都会との出会いによって発見があり、輝きを増す」
     過疎を吹き飛ばす本づくりを目指し、カフェ2階で「ぞうさん出版」を始め、矢継ぎ早に新刊を発表。熊野町の料理店店主の負けない物語「なにくそ!ライゾウさん」や「養老先生のさかさま人間学」などを刊行し、今秋に出す冒険起業家第2弾で12冊目になる。昨年は、世界を自転車で旅するスイス人家族との偶然の出会いから感動の冒険記を書籍にした。その年11月に隣町の安芸太田町に交渉し、移住体験施設に4カ月無償でスイス人家族に滞在してもらった。今年3月には住民団体「リボーン加計」運営で、「パッシュ・ファミリー・ミュージアム」オープンにつなげた。
     日本の田舎から世界に発信する。田舎だからこそグローバルの視点で行動する。過疎などものともしない。スリランカ大使は来日のたび植田さんと食事を共にするという。
     地域の活性化に若者、馬鹿者、よそ者が欠かせない。若者が外に飛び出し、異次元体験を持って帰り、革新を起こす。のぼせもんこそが、人を巻き込んでいくのだろう。

  • 2026年4月23日号
    ステイ広島

    激動する世界経済。広島の企業活動にも影を落とす。人手不足やコストアップをどう乗り切るのか。昨年11月に就任以来、半年が経過。広島商工会議所の松藤研介会頭(広島ガス会長)は、
    「中東情勢は急速に緊張が高まり、ロシアによるウクライナ侵攻も収束の見通しが立たない。エネルギー供給の不安定化は避けられず、価格上昇を通じて企業経営への影響は今後さらに広がるだろう。米国の保護主義的な政策動向も製造業の輸出環境に大きな影響を及ぼしかねない。地元経済は設備投資や個人消費に持ち直しの動きが見られるとはいえ、こうした下振れ要因を抱える中で予断を許さない状況が続いている」
     成長型経済を目指す高市政権にとって正念場。地方経済も試練のときを迎える。
     伴走型支援に力を入れる広島商議所は2025~27年度の中期行動計画に沿って、広島経済の好循環を創り出す作戦だ。さらに中小企業・小規模事業者の自己変革への挑戦を促す。特に価格転嫁と賃上げの定着が景況を左右する岐路になるという。
    「企業が懸命に努力しても、コスト上昇分を価格転嫁できなければ賃上げ、投資の原資は生まれない。転嫁率は改善しているとはいえ、まだ十分とは言えない水準だ。春闘では大企業を中心に高い賃上げが続いているが、この流れを中小・小規模事業者にまで波及させていくことが重要。働いた成果がしっかりと賃金として返ってくる、その当たり前の循環をつくるためにも、パートナーシップ構築宣言の普及と実効性の確保に引き続き力を入れていきたい」
     大企業と中小企業の共存共栄を目指すパートナーシップ構築宣言は、発注者の立場から取引の適正化やサプライチェーン全体の付加価値向上を狙う。4月10日現在で県内2071社までに広がってきた。原材料費やエネルギーコスト上昇分の全額転嫁を目指す企業もあり、その波及効果が期待される。
     がんばれ広島!
    「このまま若年層を中心にした広島県の転出超過に歯止めがかからないと地域の活力は確実に弱まっていく。広島に住む人がこの街が好きだと思えること、そして、外から訪れた人が広島で過ごしたいと感じることが何より重要になる。観光だけでなく、日々の暮らしそのものが魅力となる街づくりを進めていかなければならない。歴史や文化、自然の豊かさを改めて見つめ直し、訪れる人が滞在したくなる温かさと住む人が誇りを持てる心地よさを育てたい。ステイ広島。そうした思いをスローガンに込めた」
     暮らしに魅力を感じてもらう視点は、産業支援とも地続きの戦略が必要だ。2027年度に完成予定の基町相生通地区再開発ビル「カミハチクロス」へ商議所事務局の移転を計画している。同ビルは、ハイアットのホテル「アンダーズ」やオフィス、商業店舗が入り、ヒト・モノ・コトが交わる場をコンセプトに交流広場や公園も設けられる。好立地を生かし、地域にいっそう開かれた経営支援・地域振興拠点の構想を描く。
     移転を見据え、業務効率化と多能工化を進めるため、4月1日付で従来の4部署を総務管理部、業務推進部、中小企業振興部の3部署に再編。民泊を中心にした体験型修学旅行誘致推進室を設置し、共同受け入れ態勢を整備していく。がんばれ広島!

  • 2026年4月16日号
    寝かすほどうまい

    江戸時代から伝わる、酒の生酛(きもと)造りは、蔵に住む微生物の自然な働きで発酵を促し、人工的に乳酸菌や酵母を加えない技法。現代的な速醸造りより難易度が高く杜氏(とうじ)の技の腕の見せ所という。これを木桶(きおけ)で醸すとさらに深い味わいの酒になる。一方、大型木桶を作れる職人が次第に姿を消し、伝統を危ぶむ蔵元も少なくない。
     1873年(明治6)に創業の賀茂鶴酒造(東広島市)は、純米酒「木桶生もとver・2・0」を自社ECサイトで2月に限定発売。杜氏の中須賀玄治さん(40)は大阪の老舗、藤井製桶所に通って技術を学び、2023年に大2700リットルと小370リットルの木桶を自ら作った。24年に醸し、熟成させて昨年発売した第1弾に続き、今回も小型桶で試験醸造した後、1年熟成させた。こんな話をしてくれた。
    「第1弾の仕込み中は発酵が始まるか不安で、夜中に飛び起きるほどだった。何度も桶をのぞいて状態を観察することで、微妙な酒質の変化に気付くようになった。どの酒造りでも、発酵は一度始まると止められない。数日かかる成分分析を待たずともタイムリーに異変に対応し、調整できる技量が付いたことで、他に手掛ける酒の質も上がった実感がある」
     じっくり酒に向き合える製法を若手蔵人にも体験してもらおうと、ほぼ全員に何らかの工程で携わるよう促した。
     目指すのは、賀茂鶴らしい飲み飽きしない食中酒。あっさりしすぎたという第1弾の反省を生かし、今回は麹(こうじ)造りを見直してコメをしっかり溶かす方針へ変更。
     前回の4号蔵から8号蔵へ仕込みを移したことで、住みつく微生物の種類にも明確な差が生まれ、味わいにも変化が出た。通常は冷蔵する貯蔵を夏前から常温に切り替え熟成を促進。依然キリッと辛口だが、コメのうまみが際立った。ここから味はさらに変わるという。
    「ラベルに長期熟成を促す文言を記し、変化を楽しむことを提案。ボトリングして出荷した状態が完成品と受け取られるが、この酒は出荷後に手にした人によって、それぞれに育ててもらう」
     第1弾を買い求めた方が自宅で寝かせたところ、まろやかになったという。環境による熟成の違いを感じてもらおうと、第2弾はさまざまな場所で保管する実験を行った。
     できあがった酒を、使用したコメが育った東広島市高屋町の田んぼの土中に埋めたほか、同市安芸津町のカキいかだに吊り下げ、水深10メートルの海中に沈めた。最後は神頼み。酒造りの神をまつる同市西条の松尾神社の本殿に寝かせている。限られた期間だが、杜氏自身もその変化を心待ちにしている。
     その酒を、4月18日午前10時からの蔵開きで披露する。午前10時半と午後1時半の2回、中須賀さんによる1時間の無料トークショーを開き、それぞれ先着45人に試験熟成酒を試飲してもらう。
    「付加価値やストーリーを問い直す一つの手段だ。これまでの酒造りを大きく変えるということではなく、積み上げたことは地道に続ける。寝かすほどうまい酒になる。ワインのように熟成によって高まる価値や魅力を広めていく」
     昨秋、第3弾のコメ600キロを大桶で仕込んだ。これまでは小型桶で出荷本数は180本だったが、27年は1000本超の出荷を見込む。祝い酒なら、なおうまい。

  • 2026年4月9日号
    残された時間は5年

    令和のコメ騒動が一段落した矢先、原油高騰が世界経済を揺るがす。国の根本である「食料」と「燃料」調達に大きな不安を抱え、どう解決するのか。もはや先送りは無責任。日本はその時、何をなしたか、やがて次代から厳しく問われることになる。
     先祖代々の水田を守り継ぐ農家に頼ってきたコメ作りに赤信号が点滅。コメ作りに励む農家の実態がどれだけ理解されているだろうか。
     コメ作り農家の全国平均年齢は70歳を超える。農林水産省は「今後10年で3分の1の水田が担い手不足によって耕作放棄地になる」と指摘。カロリーベースで約38%の低水準にとどまる日本の食料自給率のうち、主食のコメは唯一100%。食料安全保障を支えるコメ作りの基盤が果たして維持できるのか。
     医療関連情報サービスのデータホライゾン(西区)を創業し、上場を果たした内海良夫さん(78)が1月19日付で「(社)若者米作り推進協会」(中区東千田町)を設立。
    「コメ作りは、これまで親から子、子から孫へと受け継がれたが1970年から50年以上にわたる減反政策(生産調整)の影響を受け、後継者を育てる意欲がそがれてきた。もうからない、将来設計が描けない。担い手が空洞化し、世代間継承の糸が切れると先々が危うい。今後5年間で離農者が続出し、後継者不在は全国規模で広がる。この5年が水田継承のラストチャンス。いまが正念場だ」  どうするか  若者が選ぶコメ作り。これを目的に掲げる同協会は代表理事の内海さんほか、発起人に中国NBCの元専務理事だった高橋昭彦さん、司法書士の久保香織さん、広島大生物生産学部の細野賢治教授、庄原実業高校の福嶋一彦校長らが名を連ねる。県北の自治体などへ趣旨を伝え、賛同者を増やしている。若者の新規参入を軌道に乗せるために、まずは生活基盤の確保や安定収入保証を可視化し、成功事例の提示などに取り組む。
    「何より、国や民間による支援体制の整備が必要で、個人では限界がある。国策を反映してか、多くの農家は〝作ること〟に専念し、経営視点が欠けているように思う。協会は農地の借受・再配分による新規参入の支援、農機具の共同利用といった初期投資を抑える仕組みづくりなど、就農前から独立までの伴走支援などを担う。国や自治体には農業高校・大学にコメ作りに特化した基礎教育の再構築、農地集約・マッチングの仕組みといった中山間地を守る支援制度拡充を期待している」
     農業高校の新卒者らに会社勤め並みの年収を3年間支給する。その間に農業経営者として自立を促す。県北で、子への継承がかなわず、2年前に義弟はコメ作りを断念。担い手を育てるビジネスモデルの確立が必要と考えた。
     農地は平地6割に対し中山間地が4割。広島県は7割が中山間で、耕作放棄が増え続ける。中山間での損益分岐点は一人当たり耕作面積約6ヘクタール。スマート農業が推奨されても担い手がいなければコメ作りは持続できない。企業経営者として社会課題に着眼し、ジェネリック医薬品の通知サービスや効率・効果的な保健事業のデータヘルスを構築。国、地方自治体に働きかけてきた。
    「問題は中山間地。残された時間は5年しかない」
     国を動かす意気込みだ。瑞穂の国のご飯はうまい。

  • 2026年4月2日号
    三島食品の矜持

    広島発祥の「ひろし劇団」が人気だ。ふりかけの三島食品(中区)社員ら有志で2024年に劇団を結成し、その翌年、広島菜を使ったヒット商品「ひろし」にちなみ、名称を冠した。本格的に殺陣師の指導も受け、月2回の練習をこなす。 
     量販店内に設えられた小ステージなどで芝居を演じ、あっという間に大勢の人だかりに囲まれる。各種ふりかけとコラボしたポテトフライ、パスタ、焼き鳥、豆腐などの販売促進に大役を果たす。むろん本筋は営業活動だが、昨夏はマジックと歌謡ショーとの3部構成で岐阜県の介護施設を慰問。芝居の脚本を書いた同社の末貞操社長(67)は、
    「ひろし劇団はふりかけを脇役として、さまざまな調味料使いを提案するメイン食材販売支援プログラムの一つ。当社独自のB面活動の一環でスタートした。社員が新たな自分を発見し、意識改革できるチャンスにもなっている」
     同プログラムは25年度の第55回食品産業技術功労賞のマーケティング部門で表彰を受けた。
     小売店の店頭に置く〝魔法の什器〟はサラリーマン川柳などからヒントを得たオリジナルのふきだしを添える工夫も凝らす。店員に手間を抑えた商品の補充を促し、客に足を止めてもらう。A面は日常業務。B面は自発的に特技や個性を発揮し、人間力を相乗的に高めていく狙いがある。
     もともとはムダを無くし、工場の生産効率を高めるトヨタ生産方式に触発され、当時埼玉の関東工場で副工場長をしていた末貞社長がTQM活動の一環として自社に合う形に変えて導入。見える化を図り、ベクトルを合わせて意識改革につなげ、自主的に行動する習慣を根付かせようとしたことがベースにある。
     日常業務はマンネリに陥りやすい。本来の力や隠れた才能が発揮されず、埋もれたままになるリスクがある。視点を変えると見える景色が変わり、新しい感性に刺激されて思考や行動も活気づく。
     時には笑いも誘うB面活動によって職場に変化をもたらす。仕事が面白い、楽しいという気持ちを引き出す効果があるという。そうした職場からはユニークな発想やアイデアが飛び出し、新製品開発や新たな営業活動を促す。
     25年12月期決算で過去最高の売上高152億円を計上した。好業績と相まってB面活動も一段と精彩を放つ。24年から本格化したメイン食材販売支援プログラムは現在、流通大手など20社以上が導入。看板商品「ゆかり」を調味料に使ってもらう需要を掘り起こす。青果や鮮魚、精肉などの生鮮品や総菜の売り上げを押し上げ、取引先の支持を獲得。キュウリが好きなカッパは販促隊長。営業拠点ごとに創意工夫してマネキンでオリジナルのカッパを手作りし、展示会や店頭で大活躍する。末貞社長も「カッパ捕獲許可証」を持つ。
     社風かもしれない。三島豊会長は宴席でペン型容器にゆかりをしのばせ、水割りなどに一振り。これが話題になり売ってほしいという声に応えて商品化。ユニークな遊び心が周囲の興味を招き寄せ、口コミで輪を広げていく。
    「良い商品を良い売り方で。創業者の三島哲男から継承する基本理念です。良い原料を良い買い方で求め、良い原料で作った良い商品を良い売り方で提供する。極めてシンプルに本質を捉えている」
     本物で勝負する。メーカーとして矜持がある。

  • 2026年3月26日号
    価値を見つけ出す

    やったる。ファイティングスピリットが素晴らしい。特有の直観なのか、これはと思ったら、ちゅうちょしない。
     不動産業のNo.1都市開発(南区)は、2023年2月に東証のプロ投資家向け東京プロマーケット(TPM)に上場し、当初目的を達成して昨年に上場廃止。経営基盤強化へ手応えを得たようだ。
     TPMは12年に東証子会社として独立(後に吸収合併)。株主数や売り上げ、利益といった数値的な上場基準がなく、中小にとって成長資金の調達や信用力をつける登竜門の意味合いもある。22年から上場数が急拡大し、3月現在170社に上る。首都圏や大阪が大半だが、同社は広島で唯一、TPMに挑戦した。
     25年5月期売上高は5億4500万円、純利益6800万円。資金調達が目的ではなく、組織経営やESG(環境・社会・企業統治)の体制づくりが狙いだった。溝部孝志社長(63)は、
    「上場の看板を背負い、厳格な規律が求められるプレッシャーは大きい。しかし会社の信用力を高め、将来にわたり持続させていく第一歩と位置付けた。社会が求めるビジネス領域を広げ、さらに企業価値を充実させたい」
     後継者の不在も課題だったが、組織的な経営への移行によって次の世代に引き継ぐための道筋が付いたという。
     山あり谷あり。さまざまな職業に就いた。山口県の高校を卒業後、最初に選んだ仕事は全国チェーン飲食店のコック。希望する東京配属の見通しが立たず、20歳で美容関連商品の営業に転職。競合品との違いや利用者の反響を説明し、1年目から月間売り上げ1000万円を達成。トップセールスになった。その後、知り合いの住宅会社の社長に誘われて転職。経験を積み1993年に起業した。
    「商品の特長を明確にする。顧客にとっての利益や利点を示す。実績で自分自身の評価や証明を積み上げていく。この三原則を大切にしている。潜在ニーズはあるが、そこに〝ない〟ものを見つけ出す。ターゲットを明確にすれば、価値は生まれる」
     全国で商業施設の誘致などを手掛けてきた。不動産コンバージョン(転換)にも積極的に取り組み、使われていない土地や建物に新たな用途を与えて価値を生み出す。例えば、農村の広い古民家は一般に買い手が付かないが、別荘や一棟貸しホテル用に外国人投資家に販売する。そうした柔軟な発想が、不動産を流通させる勘所なのだろう。
     これはと思ったら実行。レンタル収納庫「収まるくん」は都市部の収納需要の高まりを背景に約90カ所となり、室数で全国20位、県内1位の規模に成長した。自社不動産も多く保有し、工場や商業店舗、駐車場などに賃貸するストック型ビジネスが安定した収益源となっている。
     今も全国の物件情報を日々確認し飛び回る。不動産の価値は数字だけでは測れない。自らの目で判断する姿勢は創業来、変わらない。
    「広島だけでなく、故郷の山口県宇部市での事業展開や、母校への備品寄贈で恩返しができるようになった。こみ上げる思いがある」
     昨年12月には同市の西岐波中学校に空気清浄機を寄贈。25回の寄付型私募債などを通じた取り組みで、10回目となる同校のほか小学校や幼稚園でも行う。中学吹奏楽部の練習をのぞくと、3年前に贈ったトランペットが使われていた。感動をもらった。

  • 2026年3月19日号
    他者のために

    こんな仕事、辞めてやる。20代半ばで血気盛んな頃、顧客からのクレームに腹を立てた。しかし原因は、ごみ収集車を正しい場所に止めていなかった自分にある。ハッと目が覚め、未熟さを恥じた。
     心機一転、その日から仕事に魂を込め、不思議な力が湧いてきたという。2月11日付で廃棄物処理のタイヨー(安芸区船越南)社長に就任した加藤勇樹さん(48)は、
    「人生の大きな転機だった。地元の高校を卒業後に流川でホストも経験。給料が高かった当社ドライバーに転職したが、心のどこかで世間からもてはやされる仕事ではないと感じていた」
     しかし意識が変わり、動きも改まった。少しずつ顧客から感謝されるようになり、成果を上げる仕事の面白さに気付く。そうした体験を社内で話すと周りも変わった。現場のリーダー、そして本部で部長級の仕事を任されるようになった。
    「十数年前、リサイクル推奨の機運が一気に広まった時期があった。当社にとっても大きなチャンスと捉え、大規模な設備投資を実行。だが、うまくいかなかった。その設備を生かし、商機をつかむための人の力が足りなかった」
     父親の後を継ぎ、2016年に就任した元山琢然社長(現会長)が経営立て直しの陣頭指揮に立った。当時、常務執行役員だった加藤さんも全力を尽くし改革、改善へまい進。日夜、没頭した。
     どうすれば人の力を集められるか。人手不足を背景に求職者優位の〝売り手市場〟へと移る中、女性を起用する考えが浮かんだ。産業廃棄物処理は力仕事が多く、女性に向かないと社内外の誰もが思っていたが、その業界常識を破り、18年に全国でもいち早く企業内保育園を開設。社員は子を無料で預けられ、主婦やシングルマザーが安心して仕事に打ち込めるよう体制を整えた。休憩所もきれいにし快適な社内環境へ刷新したほか女性専用ユニホームも導入。この取り組みが口コミで広まり、いまは総勢約100人のうち女性が4割を占める。
    「不人気とされる、われわれの業界は特に、人がいないから採れないという声をよく耳にする。しかし働きたくても働けない事情を抱えた人は少なくない。そうした人が活躍できる場をつくることが重要だと思う」
     社内副業制度も設ける。例えばスポット案件の注文が入った時、業務量に余裕のある人や、少しでも給料を稼ぎたい人が気軽に手を挙げられるようにした。多様なニーズに応えられるだけでなく、仕事を楽しみ、達成感を得てもらうことが大きいと話す。
    「仕事のやりがいを大切にしている。顧客や取引先の満足はむろん、働く人の満足度を高めることが企業経営の一番の目的。売り上げや利益などの数値目標は本来の企業目的を達成するための目安に過ぎない。いまはその土台作りの期間。まずは安全と法令をきちんと守る。そして皆が自然と他者のために行動する〝かっこいい〟組織にしたい」
     創業75年。創業家以外からの社長は初めてだか、
    「元山会長はオーナー的視点で先々を考え、物事を大きく捉える懐の広さがある。教わることが多い。DXや人事戦略など、外部の専門家の力も生かしながら12年後、私が60歳を迎えたとき、良い経営状態でバトンを託したいと考えている」
     人生の転機が糧になり、本物を求めてきたのだろう。

  • 2026年3月12日号
    オール広島で新アリーナ

    理屈に溺れることがない。街づくりの構想をどう描くのか、夢と五感を大事にしてきたという。
     2021年に広島市役所を退職した日高洋さん(63)は在職中に日本初の本格的なボールパーク、マツダスタジアムの企画・建設に携わり、都市機能調整部長などを経て、18年に建築の技術職では初めて経済観光局長に就任。関心が湧くと、とことん極めようとする性分のせいか、市職員として異色の経歴を持つ。
     九州大学工学部建築学科を卒業後、清水建設に勤務したが、建物を造るよりも街づくりの仕事に携わりたいという思いが募り、1987年に市役所に入る。新球場建設部専門員、オリンピック招致検討第二担当課長、経済企画課菓子博覧会支援担当課長などを歴任し、経済観光局長を最後に退職。父親が倒れたのを機に島根県邑南町で代々続く実家の農業を守るため、定年まで1年を残し、決断。いまも7000平方メートルの水田でコシヒカリを生産する。
     しかし農閑期を見越したのか、あちこちから誘いの声がかかる。都心部の相生通りを中心とした紙屋町と八丁堀の魅力向上に取り組む官民連携の(社)カミハチキテル代表理事のほか、広島ドラゴンフライズの新アリーナ準備室顧問、広島総合卸センターの街づくり担当顧問、広島イベント事業振興協会のアドバイザー、県立広島病院跡地活用に係る広島市南区医師会顧問など、肩書きは10を超す。
    「広島は特に、街づくりとスポーツのつながりが極めて重要だ。プロ野球のカープ、Jリーグのサンフレッチェ、バスケットボールのドラフラの三つのプロスポーツチームがリーグ制覇を果たした全国唯一の都市。平和を感じながら喜怒哀楽があり、人が集まり感動があるスポーツの力はこれまでも、これからも広島のポテンシャルを引き出す有力な地域資源だと思う」
     旧国鉄の貨物ヤード跡地の活用策の検討からマツダスタジアム完成まで、8年間携わった経験が大きい。2009年春に新球場は完成。それまでカープの観客動員数は100万人前後だったが15年から200万人の大台に乗せ、コロナで落ち込んだものの、23年から3年連続で200万人台に復活。停滞していた広島駅周辺の再開発事業や街づくり機運を促した。
     新球場の構想が持ち上がった頃、カープ球団は米国へ何度も職員を派遣し、どんな球場にするべきか、検討を重ねた。それがボールパークだった。日高さんは頭で考えるよりも実際に見なければと自費で大リーグ球場を視察。驚きがいっぱいだった。コンコースから見渡すスタジアムの光景は開放的で華やか、ウキウキさせてくれた。
     24年にBリーグ初優勝したドラフラは26年秋からBプレミアに参画。ホームの広島グリーンアリーナは5年間の暫定利用で、31年秋のシーズンまでに新アリーナの確保が急がれる。日高さんらは既に10万筆超の署名を集めるなど機運醸成に汗を流す。
     3月12日、広島国際会議場で第3回シンポジウム「新アリーナが広島の未来を創造する」(広島イベント事業振興協会)を開く。コンサートや会議・イベントも開催でき、ドラフラが新たに参画した広島4大プロに相応しい多機能アリーナを描く。野球やサッカーのスタジアムがそうであったように市民・県民、ファン、経済界、行政といったオール広島で実現を目指す。

  • 2026年3月5日号
    移住者を呼び込む

     広島県の人口減少に歯止めがかからない。何と5年連続で人口転出超過が全国最多になった。打つ手はないのか。県は本年度予算で若者の減少対策に98億円を投じたが、一朝一夕で成果は出ない。なぜ若者が広島を飛び出し、広島に戻ってこないのか。県外から人が移ってこないのか。
     少し都会的な風情があり、田舎の趣もある。瀬戸内の温暖な気候、二つの世界遺産、豊富な山海の幸、盛んなプロスポーツ、世界に展開する企業群など、多くの人を引きつける魅力がそろう。
     土木建設の新川(東広島市安芸津町)専務の新川隼人さん(43)は、自治体任せにしない民間主体のまちづくりに取り組み、成果をあげる。2021年から安芸津町への移住者支援を始め、これまでに家族連れやカップルなど5組12人の移住を実現させた。
    「関東の人から良い町なのに若い人が何も活動していないと指摘された。ショックを受け、わがふるさと安芸津の魅力は何か、1人でも多く伝えたいと思い、できることから始めた。移住者との交流は何より楽しく、さらにモチベーションを高めてくれる」
     建設業の傍ら21年に新事業としてコワーキングスペースを開設。生け花教室など地域活動の場を提供し、自らまちづくりのワークショップも毎月開く。23年には地域で事業を営む人を紹介するポータルサイト「あきつとあしたに、」を開設。併せて移住希望者をネット上でスカウトできるサイトに登録し、直接的な提案活動も始めた。
     昨年3月、埼玉県から子ども2人を含む家族4人で移住した福島悟史さんは、
    「広島や山口県で移住先を探すうち新川さんからメッセージをもらった。第一候補地を訪ねるついでに立ち寄ったが良い面だけではなく、課題も率直に伝えてくれているのがよく分かった。行政の担当者より地域の当事者として言葉に説得力があり、熱量と行動力に感銘。信頼できると感じ移住を決めた」
     自然体で相談に応じ、移住者側の視点に思いを寄せる。移住者の人数を増やすだけが目的ではない。新たな挑戦を生み出してくれる現役世代を増やすことに主眼を置く。
    「それぞれ移住者はさまざまな経験や能力を備えている。地域に足りないところを補ってくれる。何よりも町を元気にしてくれる」
     その動きが次第に広がってきた。福島さんは東京で会社役員を務めた経験を生かし、地域商社「やぎなだ商店」の立ち上げを計画。新川専務と連携し、近郊の農水産物などを掘り起こし、商品開発から販売までを担う。2月からクラウドファンディングを始め、特産のジャガイモなどを使った「おでん」の土産物開発に乗り出した。
     移住を支援した30代の男性と20代女性が率先し、地域の魅力を語るインターネットラジオ番組「アキツカンパイラジオ」の配信をスタートさせた。新川が機材購入を肩代わり。
    「当社を含め、地元の会社では働き手の確保が年々難しくなっている。面白いことをしている人の周りには、きっと面白い人が集まる。移住者との新たな取り組みが呼び水となり、地域が元気になり、そうして移住を促す好循環を生み出したい」
     行政の補助金や支援制度が移住を後押しするが、決め手は地域に住む人の力と情熱が大きい。都会では近所付き合いが希薄という。

  • 2026年2月26日号
    無から有を生み出す

    何もなかったが突然、ビッグバンによって宇宙が生まれたという。人知の及ばない領域のことに思えるが、ビジネス界では無から有を生み出す「ゼロイチ」能力が求められているという。
     ふりかけ〝ゆかり〟でおなじみの三島食品(中区南吉島)で40年のサラリーマン生活を経験。1月7日付で新会社「ENvision」(中区のひろしまハイビル21内)を立ち上げた社長の佐伯俊彦さん(58)は「無から有」を経営理念に掲げる。
     何もなくはない。サラリーマン時代は製造を皮切りに営業、企画開発、マーケティングと多岐にわたる分野で経験を積んだ。たくさんのものを見て、考え、先駆的な発想で「価値創造の追求」を大切にしてきた。広報畑が長く、異業種企業の広報担当者らで勉強会をつくったほか、地元の小学校では未来から逆算して自分の歩むべき道を考える総合学習「探求」の講師を受け持つなど枠を飛び出し、自ら仕事の幅を広げ、深掘りしてきた。
     新会社は商品開発と販売促進、企業マッチングによる価値創造と販売促進、市場開発などを主要事業に据える。時代や市場の変化に沿って、さまざまに浮上する問題と向き合い、解決へ促す伴走型で成果へつなげていく。時代を捉えるアンテナ、洞察力、創造力が決め手になる。
     サラリーマン時代に辞めようと思ったことが二度あったと振り返る。
    「最初は23歳の時。東京勤務となり広島にはないものに触れ、憧れから衝動的に独立したいと母に相談。しかし、焦るな、先は長い、もっと見聞を広めてからでも遅くないと諭されて思いとどまった。その次は、福岡の関連会社で総菜店事業に従事したとき。実質的な経営を任されたものの赤字を出し、あえなく撤退。責任を取るかたちで辞める覚悟だったが、先輩らに引き留められ、踏みとどまることができた。それから広報担当を17年。社内外から信頼してもらえる広報の行動指針を確立し実践すべく心血を注いだ」
     心に届く。共感がある。期待を上回る。そうして人は感動し、行動する。それを広報活動から学んだ。
     広島生まれの広島育ち。広島を元気にするという強い願いがあり、新会社で実現させたいと動き出した。街歩きをしながら紙屋町シャレオの活性化を考えるようになり、早速、広島市の担当部署に企画提案をぶつけた。
     その骨子は、
    「日本のアニメ文化が欧米など海外で人気を集め、日本を好きになるきっかけになっている。インバウンドで4000万人を突破し過去最高を記録。巨大マーケットを生むアニメ文化を生かさない手はない。〝コスプレに聖地巡礼〟は地方に足を運んでくれる流れを生み出した。シャレオ西通りをコスプレイヤーが集まるサブカルチャー通りにすることで旧市民球場のゲートパークとのシナジーも期待できる。併せて書道や茶道など日本文化を体験できる教室を並走させる〝二刀流〟カルチャーストリートを描く。国内外から多くのアニメファンを呼び込めば、彼らがインフルエンサーとなって情報発信し、好循環を生み出せるのではないか」 
     まさに価値の創造。魅力的なキラーコンテンツで「ゼロイチ」を創り出す。街は初めに物語があり、人が集まり、にぎわいを生む循環という。

  • 2026年2月19日号
    マリモの新ステージ

    みんな驚いた。何と自民党が戦後初めて、単独で3分2(310)を超える316議席を獲得。高市旋風が日本列島を吹き抜けた。中道改革連合は公示前の167を大きく割り込む49議席。野田、斉籐の共同代表が辞任し、新体制で立て直しを図る。
     高市政権は責任ある積極財政を打ち出した。県内の半導体や造船、防衛産業にどんな波及効果をもたらすか。子育て支援の拡充や住宅ローン減税の延長なども予定。住宅産業も期待を懸ける。
     マリモ(西区庚午北)とイオンモール(千葉市)は資本業務提携後の共創プロジェクト第1弾をスタートし、マリモがイオンモール広島祇園の旧敷地内に分譲マンション「コネクトガーデン広島祇園」を建設する。
     商業施設に隣接する立地を生かし、イオンモール側にサブエントランスを設ける。共用部1階にはイオンネットスーパーで注文した商品を受け取れる入居者専用のロッカーを設置し、玄関前の宅配ボックスも用意。敷地内の広場は災害時用のかまどベンチやマンホールトイレを備えるなど安全・安心にも配慮した。
     敷地2998平方メートルに15階建て延べ1万665平方メートルで、総戸数124戸。2LDK〜4LDKの11プランがあり、住居専有面積は62.40〜100.88平方メートル。駐車場124台分。2028年3月下旬の完成と5月下旬の引き渡しを予定する。取締役執行役員でマンション事業本部長を務める村上哲也さんは、
    「通常のマンションだけでなく、今後はこうした〝住・商の一体型開発〟にも力を入れていく。地域コミュニティーの希薄化が社会課題となる中、同マンションでは居住者でなくても地域活動に活用できるコミュニティースペースを提供。さまざまなライフステージの人々が集い、見守り、助け合い、自分らしく安心して暮らせる住まいを目指す。両社が地域とつながるまちづくりという発想を軸に、新たな地域共創に取り組んでいく」
     マンションブランドには〝つながり〟をコンセプトとする「コネクトガーデン」を初めて採用した。
     同社は1970年に設計会社として設立。90年に自社分譲マンション1棟目を竣工し、開発実績は全国45都道府県で503棟3万2390戸(1月末時点)に上る。
     設計会社を由来とする〝ものづくり〟の精神を土台にオフィスビルや商業ビル、ホテルなどにも事業領域を広げ、不動産総合デベロッパーに成長。持ち株会社マリモホールディングス(以下HD)の前7月期連結売上高は約750億円を計上した。HDでは次のステージとして、2030年をめどにビジネスとソーシャルビジネスが50対50で共存する「ソーシャルビジネスカンパニー」を目指している。
     グループ会社で非不動産事業を統括するマリモソーシャルソリューションズは昨年4月に広島市と包括的連携協定を結んだ。学生・若者や障害者、高齢者、環境に優しく、ジェンダー平等など多様な人材が人間らしく働けるまちづくりで協力する。協定締結式でHDの深川真社長は、
    「当社は『利他と感謝』を経営理念に掲げている。社会課題の解決に、マリモソーシャルソリューションズが手掛ける公共福祉、地方創生、ウェルネス、環境衛生、グローバル、ITの6領域をはじめグループのノウハウを生かす」
     新たなステージに立つ意気込みをにじませた。

  • 2026年2月12日号
    人が集まる会社

    元日。玩具やホビーの専門店「ホビーゾーン」を全国展開する冒険王(安佐北区可部)は各店とも多忙を極めた。1都1府30県に出店する全65店舗で計1億円を売り上げ、うれしい悲鳴が上がった。
     勢いがある。12月〜1月共に前年同月比30%増を上回る売上高11億円強をたたき出した。今5月期売上高を上方修正し97億円を見込む。堀岡宏至社長(43)は、
    「円安などから海外旅行を控え、親族ら身近な人と過ごす傾向が強まり、家族連れを中心に幅広い年齢層の来店客を想定。売れ筋を捉えた品ぞろえが支持された。さらに玩具を楽しむ30〜40代を中心にした〝キダルト層〟の旺盛な購買力が、全体の売り上げを押し上げた」
     三つの経営戦略を徹底している。一つは集客力の高い地域一番店の郊外型大型商業施設に絞った出店。その客層をにらんだ品ぞろえ。そして最も重視するのが、経営を支えてくれる人材の確保。
     業種を問わず、採用難が深刻さを増す。やっと採用してもあっという間に転職。頭を抱える経営者は多い。しかし同社は、アルバイトから正社員に登用する独特の方法を設ける。つまり採用募集広告は不要。このやり方で確実に成果を挙げているという。
     正社員に登用する基準がある。店長経験を1年以上。他店勤務1カ月以上。店長塾に参加。エリアマネージャーの推薦条件を満たす。これらをクリアしなければならない。アルバイト募集は店頭の張り紙などで呼びかけ、採用にかける費用はゼロに等しい。年齢・性別不問。岐阜のイオンモール各務原店の女性店長、吉良さんは41歳。入って2年足らずで現職に就く。女性従業員のモデリングになってほしいと期待をかける。
    「先輩が自覚し、責任を持って後輩を育てる循環を大事にして教育・研修を内製化していきたい。店長には業績などの発表の場も設けている。何事も自分事として考えてもらう。全員が経営感覚を意識しながら実践する社風を根付かせたい。商品の特性上、好きだから当店に応募するケースが多く、アルバイトで経験済みだから入社後のミスマッチがない。アルバイトからの採用は、これが大きい」
     人材が育まれる好循環を生み、業績を押し上げる。
     勤務時間に制約のある人にはアンバサダーなどのポストを用意。やりがい、働きがいが失われないよう細やかに気配りする。正社員41人、アルバイト293人。店長65人のうち24人が、正社員の予備軍として控える。
     同社の前身は家具店。業界不況にぶつかり当時、2代目社長を継いだ、現会長の洋行さん(76)は、進路選択の決断を迫られた。家具に見切りをつけ1992年、玩具販売で勝負に出た。その頃に、
    「経営を学ぶために通っていた大学で言われたことがあった。(大手と違い)冒険王にいい人材は来ないでしょう」
     アルバイトの中から人材を見極め、プライドを持てる職場をつくると決意した。
     2021年に3代目を継いだ宏至社長は医療情報システム会社に16年勤務。そのとき上司に恵まれた経験が人材を大事にする意識を磨いた。まさに親子伝来だ。
     店舗の平均年商1億5000万円。全員で経営理念〝楽しさの創造〟を共有し実践。全国へ多店化を加速する。
    「人を集めるのではなく、人が集まる会社にする」と言い切る。こうなると強い。