イギリス発祥と伝わるダーツ競技。丸いボードに向かってダーツ(矢)を投じ、得点を競う。運動の負荷は小さいが、継続すると高齢者の認知症状に改善の傾向がみられるなど、健康維持にも役立つという調査結果が出た。
3月下旬。安芸郡熊野町の公民館と長崎県の離島・壱岐市をオンラインでつなぐダーツ大会が開かれた。それぞれ20人ほどが参加。ダーツが高齢者の身体能力や認知機能に及ぼす影響を調べる全国でも珍しい研究の一環で、中区新天地でダーツバーを営むワンエンタープライズと、県立広島大学、広島大学の教授らが共同研究として実施した。社長の一橋斉明さん(59)は、
「ダーツは若者が夜にアルコールを飲みながら楽しむイメージが強い。しかし実際は男女や年齢に関係なく誰もがプレーできるスポーツだ。飛び方をイメージして投げる、歩く、引き抜く、落ちたダーツを拾うなどの適度な軽運動があるが、一般のスポーツに比べて負荷は小さく高齢者にも取り組みやすい。4人組で交流しながらプレーし、競争心による気持ちの若返りなどの効果も期待できる。これらを示せる客観的なエビデンス(証拠)を得たいと、大学に話を持ち掛けた」
熊野町と壱岐市の60歳以上の男女を対象とし、参加者の半分に認知症の前段階の状態を示す軽度認知機能障害の疑いがあった。月2回の頻度で1年間にわたりダーツ教室に通ってもらい、幸福感や認知機能、握力やバランスなどの身体機能への効果を調査。その結果、同障害の疑いがあった高齢者の過半数以上で改善の傾向が見られた。バランスが良くなるなど身体機能の向上も確認でき、論文化を進めている。
「口調がきつくネガティブな性格で当初、周囲と馴染めていない女性がいた。心配していたが、ほかの参加者が温かい声をかけてくれ、家から公民館まで30分かけて歩き、毎回参加してくださった。最後には『今はダーツが私の生きがいです』とまで言ってくれた。家にダーツのボードを買い、孫と真剣勝負するおじいさんもいる。当初、想定した以上の効果を得ることができた」
この取り組みは、自身が選手として参加した2003年の米ラスベガスでの大会がきっかけになった。
「対戦相手は70代のおばあさん。毎年参加しており、世代も国籍も違う人と一緒にダーツをプレーできることが楽しいと言う。そのとき、ダーツの新たな可能性に気付かされた。それから20年近く構想を温めていた」
今回の研究結果を基に、高齢者を対象にしたビジネスモデルを構築し、全国に広めるプランを描く。昼間にも気軽に立ち寄ってもらえる市内の商業施設に「ダーツ倶楽部」を開設しようと現在、出店先を探っている。この事業を通して高齢者の生きがいや楽しみを提供し、健康で幸せな暮らしの実現を手伝いたいというビジョンに向かって事業化へ歩みを進める。
大きな夢がある。今後も2年にわたり研究を継続し、加えて東京のダーツ機器メーカーも共同研究に参加する。新たに対象者として子どもたちを含めるなど、一層研究を発展させていく覚悟だ。研究に参画していた広島大学の大学院生で作業療法士の資格を持つ学生を今春、新卒で迎え入れた。ダーツの可能性を探る試みに、共感の輪が広がりつつある。