広島経済レポート|広島の経営者・企業向けビジネス週刊誌|発行:広島経済研究所

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コラム― COLUMN ―

広島経済レポートの記者が注目する旬の話題をコラムで紹介。

  • 2025年10月16日号
    建築と都市と歴史

    ひろしま国際建築祭が10月4日に開幕した。11月30日まで58日間にわたり、福山と尾道の7会場を中心に繰り広げる。建築文化の発信などを目的に昨年設立した(財)神原・ツネイシ文化財団(神原勝成代表理事)が3年に一度、継続開催する。
     今年を初回とし、世界を舞台に活躍する建築家、未来を担う作家ら総勢23組に焦点を当てる。〝建築〟で未来の街づくりを提案し、こどもの感性を育み、地域の活性化を促すとともに、名建築を未来に継承する使命を掲げる。
     瀬戸内ならではの風景とともに歴史的な地域の建築物の魅力を再認識し、未来へつなぐ建築の力を地域の魅力に高めようとする意気込みが伝わってくる。
     会場の一つ。世界的に活躍する安藤忠雄氏が設計した尾道市立美術館では、建築界のノーベル賞といわれる「プリツカー建築賞」受賞建築家を紹介する企画展「ナイン・ヴィジョンズ ― 日本から世界へ 跳躍する9人の建築家」を開く。受賞者54人のうち日本は現在、米国と並ぶ8組9人と世界最多。日本古来の伝統や技術、思想や自然観などをバックボーンに、世界が認める建築の技術、心を研ぎ澄ましてきたのだろう。
     広島の街に「平和の軸線」を提唱。平和記念公園などを設計し、広島の復興と都市計画に功績を残した丹下健三をはじめ、槇文彦、安藤忠雄、妹島和世・西沢立衛SANAA、伊東豊雄、大竹市の下瀬美術館を設計した坂茂、磯崎新、広島市西消防署を設計した山本理顕の作品からどんなメッセージを受け取ることができるか。都市と建物のかかわりと息づかいに思いをめぐらす人々の感性を刺激する。都市、街角の姿が多くの人を呼び寄せ、訪れた人の記憶に深く刻み込まれる。
     常石造船(福山市)2代目社長の神原秀夫さんが1965年に建立した禅寺の神勝寺や禅と庭のミュージアムは緑、池、建物が織り成す風景が素晴らしい。紅葉のころを散策したい。ふくやま美術館、尾道の旧銀行支店を改修したまちなか文化交流館、志賀直哉が暮らした長屋に隣接し、築110年の茶園(別荘)を生かした文化交流施設LLOVE HOUSE、海運倉庫をリノベしたU2、旧共同住宅を宿泊できる複合施設にしたLOGを会場に多様なプログラムを展開。若手建築家の発想に心を動かされる。
     遣隋使・遣唐使の時代から文化・物流の大動脈だった瀬戸内海を臨む地域では風土や景観、伝統に呼応した名建築の数々が生まれてきた。そうした古建築と現代建築が集積し、響き合うことで建築文化への興味や関心も高まる。
     広島は駅一帯をはじめ再開発が進み、そこに何があったか思い出せないほど変貌を遂げている。2013年に始まった名建築を発掘・発信する県民参加型プロジェクト「ひろしまたてものがたりフェスタ」が今年も広島、呉を巡る。11月7、8、9、15、16日、特別公開やガイドツアーなど49プログラムを展開。見慣れた建築物の背後にある物語に思いをはせ、新たな光景を見ることができる。
    「建築自体がアート作品で、未来への資産になる。開発オンリーではない、まちづくりが地域固有の魅力を生む。建築文化が集積する瀬戸内海地域から、新しい建築の在り方を提唱し、未来像を考えるきっかけになればうれしい」(建築祭事務局)。
     まずは足を運んでほしい。

  • 2025年10月9日号
    ウェル認証を申請

    米国で生まれたウェル認証が日本でも広まってきた。人に大切な空気、水、栄養、光、運動、温熱快適性、音、材料、こころ、コミュニティの10のコンセプトに沿って審査基準を設けている。
     産業機械、空調機器機材など機械商社のビーテックは9月16日、中区大手町から西風新都の安佐南区大塚西に移転し、業務を始めた。これを契機にウェル認証を申請し、来春には取得見込みという。
     新本社屋はアストラムライン大塚駅近くの敷地4086平方メートルに2階建て延べ2217平方メートルを新築。1階に大会議室、倉庫棟などを設置。2階のオフィスは大きな窓を設け、広々と開放感がある。机は1フロアに80席分。ビーテックサービス、中区本川町から移ったシステム計装のグループ3社の社員が働く。
     電動で上下し立ったままで業務が可能な机、キッズルームを導入。会社補助で健康に配慮した冷凍食品や飲料などを用意する。垰田実社長は、
    「アストラムラインやバスの公共交通機関から徒歩10分圏内、ワンフロアを広く使えることで用地を選定。業務効率を高め、設計施工、環境改善等の新規事業などで社員間のコミュニケーションがとりやすくなります。駐車場は社員分含め現在80台分を確保。計100台分以上になるよう周辺で整備しています」
     座りっぱなしが続くと寿命が短くなるというデータがあるという。立っても座ってもデスクワークを可能とし、採光などに気配りした。
     1951年2月に父の明氏が中区本通(当時の播磨屋町)で「新東洋貿易」を創業。60年に「新東洋」に社名変更し、76年に創業25周年記念事業として西区庚午北に自社ビルを建設し移転した。87年に「ビーテック」に社名変更。
     2000年の50周年記念事業で中区大手町の7階建てビルを購入し移転した。82年に空調自動制御部門をシステム計装として分社化。93年には空調機器修理・部品販売部門をビーテックサービスに分社化。95年には中国に合弁の大連ビーテックを設立し、中国事業を展開するなど業容を拡大。来年に75周年を迎える。
    「オイルショックやバブル崩壊、リーマンショックなどを何とか乗り越え、多くの取引先に引き立てられことが大きい。経済、社会環境の変化に対応して工夫しながら今日に至っています。過去の成功体験や価値観に縛られない、柔軟に対応し続ける経営を目指しています」
     25年3月期の連結売上高は84億円。いまは100億円規模を目標に置く。
     18年に女性営業職の採用を始め、現在5人のチームで空調機のフィルター販売保守事業を行う。システム計装は新規事業として省エネ・省CO2の課題解決を図る「環境ソリューション事業」に注力する。パナソニックを窓口にウェル認証を申請中。
    「健康経営やSDGs経営などウェルビーイングの観点で、職場環境や労働環境を整備。就業規則にもフレックスタイム制の適用、勤務間インターバル・連続勤務の制限、職業訓練制度・関連資格取得の授業料補助、産業医の定期的面談などを盛り込みました。企業経営で人の大切さを実感。働きがいのある職場環境を整備していきます」
     人的資本投資で企業価値を高め、社員のエンゲージメントも向上。採用活動にも生かせる。基本コンセプトに沿って職場を創り、100年へ向かう。

  • 2025年10月2日号
    安芸灘の誇り

    日本は古来、海藻類を多く食生活に取り入れてきた。ワカメ、コンブなどは和食の名脇役として、料理の腕の見せどころという。もう一つ。ヒジキはヨウ素やカルシウム、マグネシウム、鉄分、食物繊維を多く含み、血液を固まりにくくする作用で動脈硬化、血栓を防ぐ健康食としても根強い人気がある。
     しかし国内に流通するヒジキの90%が韓国、中国からの輸入。このままでは天然ヒジキのおいしさが失われてしまう、何とかせんといけん。呉市近海の安芸灘で取れた新鮮なヒジキの販路開拓、新製品開発に奮闘する松島やの北尾悦子さん(69)は、
    「一時はスーパーに卸していたこともあったが、この20年は仕入れがままならない状況になり、やめると決意。ところが、どうしても安芸灘のヒジキでなくてはと多くの声を受け、心を奮い立たせた」
     呉市豊浜町の豊島出身で、実家はタイ一本釣りの漁師。20年ほど前から毎年、冬場になると母親から乾燥ヒジキをもらい受け、友人や知人にお裾分けしていた。そのうちあちこちから「売ってほしい」という声が出始めた。そもそも売る気はなかったが、友人から背中を押されて、飛び込み営業した先が、道の駅がある舞ロードIC千代田。海の幸だから山あいの千代田で扱ってもらおうという単純な発想だったが、たまたま知人の農家が栽培する豊島レモンを扱っていた縁もあり、とんとん拍子で話が運んだ。
     その後、その道の駅が広島市内スーパーへ移動販売するときもヒジキを扱ってくれるようになり、商いとして軌道に乗り始めた。
     近年、瀬戸内海の海水温のせいか、漁獲量は年々減り、捕れる魚の種類も変わりつつあるという。北尾さんは3年前、ヒジキの不作に見舞われた。相手は自然。なすすべなく受け入れるほかないが、今年もそろそろヒジキの収穫時期を迎える。寒の季節の12月から2月にかけ、身が引き締まり、色や食感も格段に良くなるという。
     品質の良さを認めてくれる人が多いのだろう。着々と販路を広げている。現在は特定の漁師から限られた収穫量で商品化。県が推進する「ひろしま里山チーム」の500登録者・約50団体の産品を集め、そごう広島店である〝さとやまマルシェ〟にも出品を重ねる。4年前には実家の屋号〝松島や〟ブランドでパッケージを刷新。売れ行きは2.5倍に急伸した。百貨店の訴求力もさることながら品質に加え、デザインの大切さも学んだ。
     湯崎英彦知事は、
    「里山、里海には四季折々の自然が織りなす豊かな恵みや伝統文化などの地域の魅力があふれている。ぜひその魅力に触れてほしい」
     希少な天然ものヒジキを昔ながらの鉄窯製法でゆで上げた後、天日干しで磯の香り豊かに仕上げる。乾燥ヒジキのほか、炊き込みご飯のもとに続き、せんべいも商品化。OEM先も開拓した。今冬、そごう広島店から初めてギフト展開に乗り出す。
    「乾燥ヒジキをつくる工程で出る、細かな芽を何とか生かしたいと作ったのが炊き込みご飯のもと。さらに細かなヒジキも使い切りたいと考えたのがせんべい。食の豊かさは心の豊かさと信じています」
     原材料の量に限りがあるから商品アイテムを増やしヒジキとの接点を広げ、販路を広げる。「安芸灘の誇り」があるから先へ、先へ進む。

  • 2025年9月25日号
    価値を創る経営

    多くの蔵元を訪ねた。土地柄や気候、その地に伝わる物語を知り、さらに銘酒へ寄せる思いは募った。
     〝日本の酒〟に特化した独自の成長戦略を描く酒類販売の酒商山田(南区宇品海岸)は10月1日、京王百貨店新宿店内に出店する。いま日本最大級のデパ地下へリニューアル中の西武池袋本店内に次ぐ都内2店目。新たな挑戦のチャンスをつかみ、日本の酒の底力をインバウンドに沸く都心から発信する。
     蔵元やワイナリー400社以上の6000アイテムを扱う。市内4店と東広島、福山市、都内2店の計8店の直営ほか、大阪のエディオンなんば本店の酒売り場を運営。百貨店直営だった酒売り場を引き継ぐ新宿店は、海外のワインやウイスキーなどもそろえる〝世界の酒〟店をうたう。百貨店には卸さない蔵元も含め、83平方メートルの売り場に1000アイテム計5000本を置く。山田淳仁社長は、
    「1日350万人が利用する新宿駅に直結した百貨店で売り場の専門店化はできない。人気の海外酒はむろん、当社ならではの品ぞろえと店づくりを期待されたのでしょう」
     新宿店、年明け以降のリニューアルオープンを待つ西武池袋本店それぞれ3億円と5億円の年商規模を見込む。
     酒商山田は1931年に創業。3代目の父親が病に伏し1989年に実家に戻る。当時の年商は約1億5000万円。借入金の返済金利に追われる厳しい状況だった。どう立て直すのか。翌年、日本の酒をテーマに〝存在価値のある会社を創る〟と決意。その後、ドミナントによる成長戦略、コラボやアライアンスによる業界の活性化など次々と新機軸を打ち出した。
     日本酒の国内出荷量がピークの4分の1まで落ち込む逆風に立ち向かうように業績を伸ばしてきた。2027年3月期で初の20億円突破を見込む。新たな需要を生み出した決め手は何か。
    「出荷量が増加傾向にあった〝特定名称酒〟に着目した。原料や製造方法等の違いで吟醸酒、純米酒、本醸造酒等に分類される。実働する酒蔵約1000のうち、95%以上が中小や個人の蔵。そうした小さな蔵のこだわりや情熱が、個性ある酒造りを支え、風土に応じた豊かな食文化を醸成する。互いを疲弊させるような価格競争から抜け出し、価値で競争することにした。日本の酒を伝えていく。使命が定まり、戦略の軸ができた。〝戦わない経営〟が可能になってきた」
     戦わないために多店舗展開するとともに、選りすぐり銘柄を独自の日本酒シリーズとして全国の酒販店に卸す「コンセプトワーカーズ・セレクション(CWS)」を企画。蔵元と酒販店、ゆくゆくは酒米農家が共に潤う仕組みを生み出した。こうした〝異質化戦略〟が都心で勝負する実力を養ったのだろう。来年、新たに山形の秀鳳(秀鳳酒造場)、三重の半蔵(大田酒造)、山口の天美(長州酒造)など6銘柄が加わり、CWS参画蔵元は41蔵になる。
     価値で戦う経営を軌道に乗せた。かつて数億円で推移した頃の売り上げは料飲店などへ卸す業務用が8割近く占めていたが、27年3月期決算で16%を切る見通しという。
     6年後に控える100周年ビジョンに「独創的価値共創企業」を掲げた。働きがいのある職場づくりも進める。来年2月には新社屋も建つ。
     「人を感動させる人生を生き切りたい」と先を見る。

  • 2025年9月18日号
    伝統技術で世界へ

    筆ハ道具ナリ。ひと言で筆というが、いろいろある。白鳳堂の高本和男会長(当時は社長)は2005年、ものづくり日本大賞の伝統技術の応用部門で「内閣総理大臣賞」を受けた。伝統的な毛筆製造技術を応用した新製品〝化粧筆〟を開発・提案し、国内外へ新市場を開拓したことが高く評価された。
     約200年、筆づくりの歴史を持つ熊野町で1974年に創業。伝統工芸に欠かせない和筆づくりを磨き、用途に応えてきた。昨年で50周年を迎えた白鳳堂は「道具として機能する筆づくり」を理念とし、いまや化粧筆が95%を占め、ほか和筆、画筆、工業用筆を作る。国内外の化粧品メーカーとOEM契約。化粧筆メーカーとして世界で初めて自社ブランドも立ち上げ、国内最大手へ発展を遂げた。
     広島本店ほか、京都本社、東京南青山店、米国ロスアンゼルス支店を展開し、国内百貨店に常設9店舗を擁する。従業員数は230人。ピーク時に約27億円を売り上げたが、その後コロナ禍を挟んで一進一退。ようやく回復し好調が続く。
     欧米に限らず、さまざまな国から多くの観光客が押し寄せる京都はインバウンド需要に沸く。白鳳堂の京都本店は日本茶専門の一保堂茶舗本店など京都の伝統や文化を担う老舗が軒を連ねる寺町通沿いに2014年、出店。経営戦略にとって大きく、国内外へ日本産の化粧筆を広める礎になった。高本光常務は、
    「京都本店はインバウンドで訪れる人が多く、目的を持って来店される方が大半。遠く外国からわざわざ来店していただいたことが、何よりうれしい。どんなに店が混みあっても丁寧に接客し、その人にふさわしい化粧筆の提案を心掛けている。1本1本の価値と機能を対面できちんと伝える。見て触れて、納得して買い求めていただくことが将来へ、世界へつながる大切な絆になると確信している」
     輪島塗や九谷焼、薩摩切子などを軸に使った化粧筆は1本10万円を下らない。各工房に軸のデザインを依頼し、道具とはいえ、美術工芸品のたたずまいを醸し出す。日本の伝統工芸ならではの技、美しさが海外から訪れた人の心を動かすのだろう。
     白鳳堂はもともと面相筆を得意とし、業歴をつないできた。漆塗り、陶器や着物の絵付けなど用途は広く、国宝の修繕にも使われる。伝統工芸を支える誇りと、これまで長く工芸職人や作家らの期待に応えてきたものづくり精神が息づく。筆を納める輪島塗の工房には、災害見舞いにと筆を寄贈し、仕事を発注。感謝の心を届けた。
     2004年に、道具の文化を考える雑誌「ふでばこ」を創刊。各地の〝よき道具〟を訪れて丹念に取材し、ライフスタイルを提案。著名人の寄稿もあり、日本の伝統に楽しく触れる誌面は、文化人や知識人からも定評を得たが、41号でいったん休止。
    「京都本店がスムーズに出店できたのも実はふでばこが介在。雑誌を通じて、しかるべき方々との出会いにつながった。京都に店を構えることはさまざまな情報が入る価値も大きい。各分野をけん引するような方々とのつながりも自然とできる。品質を大切にする筆づくりの姿勢を伝えたふでばこが、信頼を生んだ」
     鑑識用の筆を広島県警と共同開発。他県からも依頼が舞い込む。ものの価値を大事にする人が支えてくれるという自負もあるのだろう。

  • 2025年9月11日号
    静かな退職

    本当かと思うが、会社に在籍しながら「静かな退職」と呼ばれる人が、相当数いるという。米国データ分析会社クアルトリクスが8月に発表した調査によると、日本企業の正社員のうち「静かな退職」は13%に上る。その特有な呼び方もやや気になるが、昇進や仕事への情熱はなく、さりとて退職することなく給料分くらいは働く。
     近年は、入社したものの早期転職者が増え、人手不足が深刻化している企業も多い。転職する前の静かな働き方をそう呼ぶのだろうか。中小企業経営者にとって死活問題。何か打つ手はないのか。
     広告制作のライフマーケット(南区皆実町)は来年10月で創業20周年を契機とし、四つの部門を分社化して持ち株会社制へ移行する計画だ。新会社は全て「ライフマーケット」の名を冠し、写真撮影の「フィルム」、映像制作の「カラーバー」、イベント企画・運営の「C3(シーキューブ)」、グラフィック制作の「デザイン」と分けた。
     各社の代表取締役社長には20〜30代の社員を起用することにしている。写真家でもある藤本遥己専務(29)をはじめ、各分野で腕を磨いてきた人材を社長候補に人事案を詰めている。創業者の元圭一社長(49)は自らの経験も踏まえ、幾つか思い当たることがあった。本業の拡大発展に伴って、技術者集団ならではの自己主張のせいか、クリエイター同士の意見が衝突し、それぞれの創造性が十分に発揮されない場面も見え始めていた。決断するほかない。
     元社長は、
    「やる気を失ってからでは遅い。自ら経営することで見えてくるものがある。若いクリエイターの意欲、能力を引き出すためにどうすればよいのか、5年前ごろから分社化の構想を練っていた。社長に就くと意匠性や自由度が高まり責任も有為に働く。決算書の読み方や投資判断を身に付けるほか、社員一人一人が自分の仕事の損益計算を行った上で、粗利の一定割合を給与に還元する仕組みも取り入れている。原価管理への意識を磨きながら、銀行取引や投資計画といった経営の最前線に触れる機会も重ねた」
     やりがいのある経営の楽しさを実感してほしいと言う。
     起業の原点は広告写真。日本広告写真家協会が主催する国内最高峰の広告写真賞「APA AWARD」で最高賞を受け、高い意匠性が評価された。その後は映像、デザイン、イベント部門へ事業を広げ、今年9月期の売上高は前期比25%増の2億円を見込む。2030年は10億円の連結売上高を目指す。各社は独自の収益を追求し、グループ外の取引にも積極参入する方針だ。東京や福岡に続き、地方都市への展開も視野に捉える。
     7月に出版事業「The Reason Publishing」を立ち上げた。「その理由」をキーワードに人や事業の背景を掘り下げる。第1弾は元社長と藤本専務がメキシコを旅した写真集「HOLA,MEXICO」。写真展で額装作品なども販売した。藤本専務は「商業写真は顧客主導になりがちだが、写真家自身が発信する場をつくり、新しいクリエイターを発掘したい」とし、京都国際写真祭のように街全体を巻き込むイベントの構想も描く。
     今後こうした分社化が増えてきそうだ。むろんリスクもある。しかし静かな退職がまん延する危険は大きい。経営者も、働く人も発想転換してみる価値はありそうだ。

  • 2025年9月4日号
    日本一の夏イチゴ

    夏から秋に旬を迎える夏イチゴ。寒暖差が大きい高原の気候、水が適していたのだろう。廿日市市吉和の農園「吉和ラフレーズ」が手塩にかけた「冠苺(かんむりいちご)」が見事、日本一に輝いた。
     7月30日にあった日本野菜ソムリエ協会の第1回「全国夏いちご選手権」に各地の産地が自慢の28点をエントリー、おいしさを競った。西日本から唯一出品した冠苺は濃厚な甘さと酸味のバランスの良さ、弾力のある果肉などが高く評価された。
     吉和ラフレーズを営む栗田直樹さん(43)は安佐北区で農機具を買い取り販売するアグリードを経営する傍ら、父親のふるさと吉和への思いもあり、4年前に夏イチゴ栽培に乗り出したばかり。経験はなく、専門家の助言を得て試行錯誤。ようやく得心できる収穫にたどりついた矢先、全国選手権での快挙。まだ県外出荷できるほどの収穫量に及ばないが日本一の機を捉え、広く冠苺を知ってもらうPR活動を展開している。
     夏イチゴも含め、年間を通じてイチゴを楽しんでもらえるよう栗田さんのほか、田原農園の今田徳之さん、ワイ・ワイファームの水田耕太さんの3人が手を組み、3年前にプロジェクト「苺キングダム」を立ち上げた。今年はマツダスタジアムであった8月22日の中日戦と28日の巨人戦のイベントコーナーに出展。冷凍イチゴやアイス、スカッシュなどが飛ぶような売れ行きだったという。
     栗田さんは、かねて吉和で農業をやりたいと構想を描いていた。何を栽培しようかと探るうち、冠山の水源とその麓にある標高750メートルの冠高原の気候が夏イチゴ栽培に適していることに気付く。もう迷いはなかった。夏イチゴに夢中になり、懸命に育てた。いまはキッチンカーでイベント出店を重ねながらスイーツ開発にも乗り出している。今秋には念願のカフェ計画も動き出す。
     廿日市産のイチゴは、戦後まもない1949年から盛んに栽培された。県内でも産地として古く、ジャムを作るためにメーカーから依頼を受けたのがきっかけと伝わる。平良地区で始まった栽培はピークに農家100軒を数えた時期もあったが、その後に衰退。吉和・佐伯地区を中心に12の生産者が観光農園を開きながら、ほかの作物も手掛けるなどそれぞれのやり方で、廿日市産イチゴをつくる。
     農業従事者の高齢化が進み担い手も不足。耕作放棄地は増える一方。イチゴ農家は特に温度管理などに気が抜けないハウス栽培の初期投資が嵩み、経営的にも厳しい。こうした事情から新規参入を阻むが、夏イチゴは産地が限定的で国内の収穫量が少なく、付加価値に見合う値が付く。生産者にとって魅力は大きい。
     地産地消を推進する廿日市市は、新規就農6を含め35の認定農業者の経営をサポート。イチゴ農家は4事業者にとどまる。2年前には生産者と食材を紹介するカタログを飲食店や旅館などに配布。顔の見える生産者の食材を扱う宣言店は現在20軒に増えた。
     平良のイチゴを復活させようと商工会議所やJA佐伯中央(現JAひろしま)がブランディングチャレンジ研究会を中心に、「はつかいちご」の振興に取り組み、地元の洋菓子、和菓子の店と生産者とのつながりが醸成された。地域の風土と人、行政、農業生産者と消費者がつながり、新たな産業おこしの可能性を広げている。

  • 2025年8月28日号
    人間力とDX

    人から押しつけられると逃げ出す。自ら奮い立つと、何が何でも目的を遂げようと突っ走る。本能だろう。
     システム開発の広島情報シンフォニー(東区)は作戦を変更して、社員のやる気を引き出した。若手が主導したDX推進プロジェクトをきっかけに、複数の自社プロダクトの商品化にこぎ着け、想定以上の、確かな手応えを得ているという。
     当初は、社内DX化を目的にプロジェクトをスタートさせた。前年までは上長の指名制でチーム編成したせいか、取り組みの主体性などに課題を抱えていたが昨年から立候補制に変えた。あるいは一人も集まらないのではという懸念もあったが、社内告知したその日の内に20代の5人が名乗りを上げた。
     チーム運営の仕方も彼らが決めた。本来業務の負荷を軽減するなど無理なく取り組める環境を整え、上司は極力遠く離れて自主的な行動を見守ることに徹した。何か問題点を見付けると、つい口をはさみたくなるが「任せておけ」と我慢したのだろう。
     彼らと昨春発足した研究開発チームが一緒になり、データ分析やAI技術活用、新ビジネスアイデアの3チームでDXツールを開発・実証。これまでに工程・外注管理などのさまざまなデータを統合・分析する情報基盤のほか、育児休暇の取得手続きや出張時の手当の確認などの社内規定に関する質問に答えるAIチャットボット、社員の居場所や内線番号、その日の気分や一言コメントを共有する新たなサービスが生まれた。
     今秋にかけ、社外へもDXツールの提供に乗り出す構えだ。岡崎昌史常務は、
    「チームの一人一人が他部門にも積極的に出掛け、意見を聞いて回るなど、その頑張る姿にみんなが触発された効果が大きい。自分事として捉え自ら動く意識が広がったのだろう。志願し、データサイエンティストの勉強に取り組む社員も増えている」
     データに隠されている情報を読み解き、経営の意志決定に必要な示唆、助言を行うデータサイエンスが注目されている。高度な分析能力、数学と統計、人工知能などを総動員する。これをこなした先が競争相手なら手強い。
     言うまでもなく、DXは企業の成長戦略を支え、企業間競争に打ち勝つ重要な切り札になってきた。その一方で、大きな成果につなげているところと、限定的にとどまっているところを比較すると大きな差があるという。その差は何か。専門家は「人間力」という。そもそもDXの本質は業務効率化にとどまらず、企業文化や業務の流れも根本から変革することになる。
     むろん技術的なスキルがないとどうしようもないが、本来の企業目的を達成するには経営トップの理解、リーダーシップに加え、変革を引っ張ることができる人材の養成、多様な立場の人の意思疎通を図り、問題解決へ向けたみんなのやる気が、何より不可欠という。何のために何をしようとしているのか。そこから踏み出すほか手はない。
     とても人間くさい。その課題はいつの時代にもあっただろうが、いまは人間力とDXが手を組み、将来を切り開くチャンスなのだろう。
     広島情報シンフォニーは 製造業向けDX支援などが貢献し、2025年3月期売上高は過去最高の20億円を突破。人間力とDXをつなげるコツを発見したプロジェクトの効果は小さくない。

  • 2025年8月21日号
    手を合わせる

    今年で創業160年の歴史を重ねる仏壇製造販売の三村松(中区堀川町)は、今日まで折り返しの節目になった80年前のその日、一瞬にして店も自宅も全てを失った。
     当時、4代目の三村繁己さんは未曽有の逆境にあって自ら奮い立たせた。抱えていた職人らの願いも決意を促し、廃虚の街から再興へ向け踏み出す。広島は安芸門徒の地。被爆直後でさえ、あり合わせの材料でこしらえた木箱のような仏壇に向かい、手を合わせる人の姿があったと、いまに伝わる。
     金仏壇を拝みたい。昭和30年代に入り、店に切実な声が多く届くようになった。経済復興とともに「つくれば売れる」といった時代を迎え、5代目で社主の邦雄さん(77)にとっても大きな転機になった。慶応大学経済学部で西洋経済史を学び、就職先は商社を希望していたが、当時64歳だった父繁己さんを支えようと広島に戻る。
     仕入先に早く仕事をしてもらうため、腹巻に札束を忍ばせた。ある時は小切手を切り仕入先を開拓。絶えることなく注文は入るが、増産しようにも人がいない。そんな時、大学時代に訪ねた仕入れ先の鹿児島県川辺町(南九州市)からひょっこり彫刻師が訪ねてきた。「土地はあるか、人手はあるか」と問うと、「トウモロコシ畑がある、人手は何とでもなる」と言う。
     夜行列車に飛び乗り、現地を確かめて新工場の適地と即断。28歳で社長に就くまでの間に、中区南吉島の広島工場建設のほか、鹿児島工場も操業し、急ピッチで生産体制を整えた。大学の卒論テーマは〝英国産業革命時の毛織物工業の工場生産移行〟だったが学問は時代変化を読み取る力となった。
    「つくれば売れる。だが、大きな課題は職人の確保。独り立ちまで10年かかり、組合協定で職人の引き抜きはご法度。これまでの問屋制手工業では生産が間に合わない。それで作業工程を細分化・専業化し、一気通貫で生産する供給体制を整備した」
     素人ばかり集めてスタートしたが、当初は納得できる品質にほど遠く、徹底して技術修練に時間をかけた。好機と直感すれば即実行。一方で苦汁をなめたことも一度や二度ではなかったと振り返る。
     国内外に直営11工場を擁し、直営10店舗と全国卸を展開する。金仏壇製造出荷本数は46年連続日本一。職人の技に近代的な生産手法を融合させた。伝統の技術と文化を次代へとつなぐ架け橋になり経営の基盤とした。
     近年は生活様式の変化などを受け、モダン仏壇の品ぞろえも充実させる。160周年を機に新シリーズ〝平和モダン〟を投入。漆塗りなど仏壇づくりならではの技が光る。
    「戦後80年。人々の心にゆとりが育まれる環境にあるだろうか。時代が移るとも日々の生活で手を合わせたくなる仏壇をつくりたい。ものづくりの使命を肝に銘じている」
     8月6日、邦雄さんの母ハナヨさんは当時、小学校の先生で、学童疎開の引率に選ばれた先生と二人生き残った。もし疎開していなかったら、いまはない。三村家には疎開で被爆を免れたお内仏(浄土真宗の仏壇)が家族の絆を深めてくれるという。
     お内仏は金仏壇の一大産地をけん引した3代目松次郎さんがつくった。幼稚園に通う孫が「まんまんちゃん(南無阿弥陀仏)」と唱え、手を合わせてくれると目を細める。家も会社も街も歴史がある。

  • 2025年8月7日号
    勇気をもらう(下)

    40、50代になっても何にも分かっとらん。筆者が40代半ばの頃、ある経営者の言葉を聞いて驚いた。そんなことはないだろうと思ったが、いまになって何にも分かっていなかったことさえ、分かっていなかったことに気付く。それだけに40、50代は瞬発力、行動力が生まれるのだろう。そうして経験を重ね、少しずつ思い当たることが増える。
     融資の仕事なんて簡単だと勘違いしていた。広島市信用組合(中区)の山本明弘理事長が入組して間もない頃、資金を求めて来店される人がみな、深々と頭を下げる。それを見て、人の役に立つことができる融資の仕事に魅力を感じ、願って配置転換してもらった。ところが毎日、何軒訪ねても門前払い。
    「当社のメイン銀行はどこどこだから、早よう帰りんさいと追い返される。これが骨身に応えた。お金は貸すのではなく、借りていただく」
     と気付く。ある中小企業経営者の考えに共感し、融資担当の上司に向かってけんかせんばかりにねじ込み、融資にこぎ着けた。その後、その会社がどんどん成長し、心底うれしかった。借りていただいて喜んでもらう。むろん失敗もあっただろうが、会社も社員もみんな元気になり、そうして多くの会社が発展していく姿を目の当たりにした。何よりのやりがいだった。
     「融資はロマン」という言葉に感謝の思いも込める。そうした一つ一つの融資、営業体験に知と情が通う。わが信用組合には誰一人、融資の仕事を疎かにする者はいないと言い切る。
     職員の待遇改善にも意を尽くす。来店客にはむろんのこと、職員も気持ち良く働けるようにと古くなった支店は次々建て替えた。全35店舗のうち、2014年6月に移転開店した東雲支店に次いで可部、宮内、広、駅前、己斐、海田、五日市、府中、薬研堀と順々に竣工。さらに今年9月には南支店、12月に鷹の橋支店、来年10月に戸坂支店、再来年6月に古江支店と移転開店を計画するほか、向洋、大河、江波、出島、安支店も移転や建て替えを予定。職員のうれしげな顔に勇気をもらうという。
     多くの金融機関が効率化で店舗や施設を縮小する中、働く環境整備に積極投資する。給与の引き上げはむろん、諸手当を基本給へ振替えるなど継続的に待遇改善を図る。
     24年間に貸出金残高は約2213億円から約8048億円と3.6倍強に。預金残高は約2794億円から約8839億円と3.1倍強に。従って預貸率は79%から90%へ。いずれも飛躍的に数値を伸ばす。働く意欲と業績の好循環をもたらし、預金と貸金の本業一筋、現場主義といった特有の経営が信組界からも注目されており、各地から講演依頼が舞い込む。
     山口県宇部市出身。宇部高校では野球部で汗を流し、専修大学経済学部へ。1968年に同信用組合に入り、2005年6月に理事長に就く。宇部高校は逸材を多く輩出している。総理大臣の菅直人、ノーベル賞受賞者の本庶佑、ユニクロを経営するファーストリテイリング創業者の柳井正、映画監督の山田洋二ら、そうそうたる顔ぶれだ。広島で同級生との再会があった。6月12日号本欄で紹介したデータホライゾン(西区草津新町)顧問の吉原寛さんは京都大学から大手製薬メーカーを経て同社に転職。時間を縫って旧交を温めるときが何より。かみしもをほどく。

  • 2025年7月31日号
    女性に優しい(中)

    トップの出処進退は自ら決するほかない。オーナー経営ならなおさらだが、周囲の人がトップに向かって退任を勧めることは難しい。辞めたいという気持ちが5分のときはまだ早い。6、7分ぐらいのときが丁度いい。8、9分になるともう遅いという。まるでトップの心境をのぞいたような、退任のタイミングを計った数字もある。フジテレビの日枝久取締役相談役は87歳で退任。取締役在任期間は41年に及んだ。未曾有の経営混迷のさなか、遅きに失したという声が多い。
     退くときはいつか。年齢だけで割り切れるほど簡単ではない。心身共にかくしゃくとして人望が厚く、先頭で全軍を指揮する鋭気にあふれているか。政財界問わず、卓越したリーダーは得難い。
     広島市信用組合(中区)理事長の山本明弘さんが6月で理事長在任20年。12月で80歳。誰よりも早く朝5時前に出社する。仕事が大好きだから毎朝3時半に目が覚めるという。まるで背筋に棒が入っているかと思うほど姿勢がピシャリ。さっさと歩く早足になかなか追いつけない。あのでかい声はどこにいても分かるほど響き渡る。
     全国の金融界に精通する記者は山本理事長を「異端児」と評した。トップとして日々の食事や運動などの健康管理を徹底し、健康診断はほとんどAランク。同世代の人なら誰もが目をむく。
     さらに業績が凄い。2025年3月期決算で22期連続増収を達成。全国の金融界で類がない。分かりやすいデータを上げると、
    ① 全国の254信用金庫と143信用組合のうち「格付けランキング」はA+(安定的)でトップクラス。
    ② 25年3月期「コア業務純益」は118億8500万円。全国の地銀・第二地銀98行と比べても堂々の52位。
    ③ 県内上場企業と比較した25年「当期純利益ランキング」はマツダ、中国電力、ひろぎんホールディングス、ローツェ、中電工、エディオン、中国塗料、エフピコ、イズミ、青山商事、ハローズ、福山通運、リョービ、ウエストホールディングス、ダイキョーニシカワに続いて16位に食い込む。
    ④ 26年4月に入る新入職員の初任給は大卒26万5000円。県内金融機関では最高額になり、中国地方では、27万円に引き上げた山陰合同銀行に次いで、2番目になる見通し。
     人手不足のせいか、多くの企業が初任給引き上げに踏み切り、人材の獲得競争を繰り広げる。しかし同信用組合はいち早く12年前から段階的に初任給を引き上げてきた。今年度の新卒者募集には250人の応募があり、早々と目標の41人採用を決めた。
     山本理事長は「女性を大切にする気風が職場にある」と胸を張る。女性職員194人のうち役付者は95人で49%を占める。男性職員195人のうち役付者112人で約57%の割合と比べて遜色がない。25年2月に初の女性副部長3人が誕生した。
     女性は妊娠、出産があり、14年から今日までに88人が育児休業を取得しているが、休業からの復職率は96.1%と高い。およそ2年休む人が多いが、預金・貸金を中心にした仕事に変わりがないせいか、復職しやすい環境があるという。女性に優しい。
     支店建て替えや待遇改善など働く環境づくりへ気配りを怠らない。好循環を創り出す発想など、次号で。

  • 2025年7月24日号
    裏道に花あり(上)

    相場に「人の行く裏に道あり花の山」という有名な格言がある。人の生き方、経営者の孤独を語り、思い当たる人も多いのではないか。
     友なき方へ行くべし。相場師は孤独を愛す。それぞれ相場格言だが、さぁ、どうするか。次から次へと経営課題を突きつけられる。広島企業の社長取材を通じて表と裏、知と情、期待と不安が交錯する中、瞬時に決断を迫られる苦悩はいかほどか、つい思いをはせることがある。先のことは誰にも分からない。みんなから支持される決断などないが後にあの時、潮目が変わり拡大発展へチャンスをつかんだと言われる決断こそ、経営者冥利だろう。
     全国金融界で異例の22期連続増収を達成した。広島市信用組合(中区)は、前3月期決算で売上高に当たる経常収益202億円を計上。過去最高を更新した。何か特別の秘訣があるのか。いまも午前3時半に起床し、朝5時には一番でオフィスの机につく山本明弘理事長(79)は、
    「秘訣などない。あくまでも本業の預金、貸金に徹し、一切ぶれることがない」
     と言い切る。2005年6月に理事長に就任するやいなや、過去15年に及ぶ所有株式の損益状況を総ざらいしたところ、バブル崩壊のあおりもあって、さんたんたる結果だった。即座に今後は投資などに目もくれないと決断。大半の株を売り払ったという。
     この時から本業一筋。渉外担当の頃に鍛え抜いたフットワークがすごい。理事長自ら年間で1000軒以上の取引先を訪問。日々の決裁など激務にさらされる金融機関トップにして並大抵でない。あのでかい声で取引先を訪れる。
    顔を合わさなければ分からない貴重な情報も瞬時にキャッチ。オフィスや工場に活気があるか、どうか。経営者と本音で語り合う。いつしか山本理事長の訪問を心待ちにする経営者も多いという。
     大手行などがなかなか真似のできない〝足で稼ぐ〟営業に徹する。金融機関がこぞって合理化を進める中、
    「自転車、バイク、足を使った営業は非効率に映るが、これが足腰の強さになり、結果的に高い効率をはじき出す」
     と胸を張る。渉外担当者もぶれることがない。
     どの業界にも通底する信念がある。競合他社が何をしようとわが道を行く。実績が自信になり、勇気を生むのだろう。むろん暗闇に鉄砲を撃つことはない。取材中にもあれこれと経営指標が飛び出す。「全て綿密に分析し、その上でぶつかってみる。そうすれば余計な心配など吹き飛ぶ」
     経験に裏打ちされた勘とデジタルがかみ合うのだろう。
     銀行員による貸金庫からの窃盗事件が発覚し、金融機関の中には貸金庫サービスを縮小する動きが出てきた。同信用組合はここぞと攻勢をかける。店舗建て替えなどに合わせて今後3年間で全自動貸金庫を500個以上増やす計画だ。台風や地震、窃盗などの被害から財産を守ってくれるセキュリティー対策を備えた貸金庫利用のニーズは高いと判断。9月16日に新築移転する南支店、その後に計画している鷹の橋支店以降の新築店舗にも全自動貸金庫をそれぞれ設置していく。既存の貸金庫1157個(16年の可部支店移転開店以降)全てが契約済みという。
     相手の立場に立つ。案外とビジネスのヒントは身近にあるが、計画を遂行するトップの胆力も試される。職員へ寄せる思いなど、次号へ。