広島経済レポートの記者が注目する旬の話題をコラムで紹介。
絵や音楽、スポーツなどは生涯の友になり、人生を豊かにしてくれる。そう気付くのが遅く、趣味のことなども、もう少し熱心にやっておけばと思うが、人生100年、まだ遅くないぞと叱咤する。
子どもの頃、夢中になると上達も早い。とりわけスポーツは仲間が広がる。感動があり、困難に挑戦する勇気を与えてくれる。こうして経験値を重ねた価値は大きい。
介護・福祉関連の冊子などを多く手掛けるタニシ企画印刷(中区舟入川口町)は7月中旬、東広島版の地域ジュニア応援新聞「スポラブ広島」を創刊する。子どもらのスポーツ活動を幅広く取り上げ、プロスポーツの話題も載せる。先に島根と鳥取県で同様の新聞を発行するNPO法人日本スポーツNEWS(鳥取県西伯郡大山町)から受託し制作発行。年4回を目途に同市の小学32校、中学18校の全校児童・生徒約1万7000人をはじめ、図書館や生涯学習センターなどに無料配布する。田河内伸平社長は、
「中小企業家同友会の会員企業から、広島で同新聞を制作発行しないかと依頼が舞い込み、引き受けることにした。私も高校時代にホッケー部に所属し、根っからのスポーツ好きだったから迷いはなかった。地域がスポーツの力で元気になり、広く交流を深めていくきっかけ、橋渡し役になれればと願っている」
紙面は、中学校のクラブ活動やスポーツ少年団の紹介をはじめ、試合や大会の結果報告のほか、県内の企業経営者らがリレー方式でスポーツにまつわるエピソードや思いなどを載せる予定。子どもの豊かな成長を促し、地域が一体となってスポーツ活動を応援しながら気運を盛り上げていく編集方針を打ち出す。
編集担当の潮秀美さんは可部アスレチッククラブの代表コーチも務める。陸上競技を通じて仕事も子育てもブラッシュアップしているようだ。最近の子どもたちについて、
「スマホでテクニックなどの知識が豊富になり、瞬間的には成果を出せても、運動量が少なく持続性に欠けると感じている。基礎体力は外遊びやいろんな体の動きの積み重ねがあってこそ維持、増進できるもの。いまこそ基礎を大切にすべきときと思う」
誌面で子どもたちのスポーツ意欲を底上げできれば、やがて真のスポーツ王国復活につながり、地域がもっと元気になるはずと力を込める。賛同する企業、地域の応援があって成り立つフリーペーパーだが、創刊と併せて専用ホームページも開き、動画配信なども計画。東広島に続き、発行対象地域を広げていきたいと意欲をにじます。
同社は、介護保険制度開始に合わせて帳票類から介護現場に役立つグッズなどもトータルに提供するサイトや、ラインを使う介護記録に特化した訪問介護事業所向けシステムサービスなどを手掛ける。別会社で市内初のFC加盟による児童発達支援事業所コペルプラス古江教室を運営。主に4〜6歳の70人が利用している。田河内社長は、
「子どもの発達には凹凸があり個性的な特徴を持つ幼少期の療育がきっかけで、秀でた才能を伸ばす子も多い。その可能性を引き出し、社会全体で育んでいきたい。誰かのために役立つことができれば本望です」
何のために仕事をしているのかと一喝された。漫然と目先の業務をこなすだけでは、気付かないうちに仕事の本質を見失う。上司から予想さえしなかった大目玉を食らったことが、転機になった。
キリンビール(東京)の企画部部長で、2020年に広島県の初代CBO(チーフ・ブランディング・オフィサー)に就いた山田精二さん(57)が30代の頃の体験を明かしてくれた。営業からマーケティング部に移って4年目。上司から仕事内容を問われて、担当していた糖質オフの発泡酒「淡麗グリーンラベル」の商品開発と答え、何と大目玉。
「仕事には具体性がないといけないと思っていた。酒の業界に健康という価値を持ち込み、新たな市場を開拓するという視点が欠けていた」
仕事への姿勢が変わった瞬間だった。糖質カットのビールはおいしくないイメージがあった当時、競合メーカー共に同ジャンルでのヒット商品がなかった。担当する商品を売るだけではなく、自ら市場を創り出す広い発想を求められた。コンセプト設計から商品開発、パッケージ、販売まで一貫した戦略をつくり、既存品の3倍を売り上げる異例のヒットを飛ばした。
いまは企画部を引っ張り、そして月のおよそ3分の1を広島県政の仕事に充てる。
「県のブランドづくりやマーケティング戦略を加速させたいという湯崎知事から当社に打診があり、マーケティングに長く携わった広島出身の私に白羽の矢が立った。CBOの使命は広島ブランドを再構築すること。平たく言うと広島の評判を上げることです」
ブランドづくりの前にまずは人づくり。職員にマーケティング思考を根付かせるために「CBO塾」と名付けた約4カ月1クールの学びの場を設け、各回に30代前半を中心とする10人ほどが参加。座学だけではなくそれぞれに課題を与え、最後は湯崎知事への直接プレゼンテーションで締めくくる。
「真のマーケティングは人づくりから始まると思う。さまざまな施策に取り組む職員がどのような姿勢で仕事をこなすのか。縦割りの仕事は効率的だが、一つ一つの仕事が県民の幸せにつながっているという発想が抜け落ちてしまう。まずは庁内に意識を浸透させたい。自走する組織になれば、それは大きなうねりになる」
3月に県内外の人へ向け、広島の魅力や誇りをより感じてもらおうと「明日への元気をくれる」県という統一イメージを打ち出した。復興のエネルギー、豊かな食文化、スポーツへの情熱、都市と自然が近接した質の高い暮らしなどを元気の言葉に込めた。併せて発表したシンボルマークの活用を企業に働きかけるなど、県民一体で機運を高めていく狙いだ。
「ブランドづくりは一朝一夕に進まない。例えば居酒屋の店主は料理を提供する時に広島にまつわるストーリーを語ってほしい。瀬戸内のどこで採った魚だとか、広島の魅力を自慢してもらいたい。それだけで来店客の満足度は確実に高くなる。莫大な広告宣伝費を投入するPR手法もあるが、広島ブランドの底上げは県民の小さな積み重ねが大きな力を発揮する」
もう一つ、カープのひと踏ん張りも期待したい。
吟醸酒のふるさと、西条の中心部にある東広島市立美術館は2020年11月に移転オープンし、コロナ禍に配慮しながら順調に滑り出した。酒と美術。緑豊かな田園風景が広がる地方都市の魅力をブレンドし、県内外から多くファンが訪れるという。
中国地方では最も古い市立美術館で、1979年に八本松町に開館し、移転後は芸術文化の拠点として新たなアートの風を吹き込む。
今年第1期のコレクション展「あこがれの先に」が始まった。7月24日まで。作家の踏み出す第一歩に〝憧憬(しょうけい)〟があり、尊敬や感動から心を揺さぶられた経験があこがれとなり、表現活動のコアになるという。松田弘館長は、
「土の塊のようなオブジェを創作した備前焼作家で人間国宝の伊勢﨑淳は、詩人で美術評論家の瀧口修造を介し、ピカソやダリと並ぶ巨匠ミロにあこがれてスペインを訪れている。あこがれが創作活動の源につながったようだ」
同展では作家のあこがれを手繰り、鑑賞に奥行きと広がりを添える。NHKテレビ番組びじゅチューンでおなじみの井上凉の浮世絵作品など43人、76点を展示。作家の心の旅に誘ってくれる。所蔵作品は現在、版画や陶芸、地域ゆかりの作家の1066点。コレクション展は年4回。第2期テーマは〝こども〟と〝平和〟を予定。
「アートは発想の宝庫。インスピレーションを刺激し、知性を更新する力を持つ。日常の中で非日常に出会える美術館は見る人の感性と知性に訴え、発想の更新を促してくれる場所だと思う。テーマによって鑑賞のアプローチの仕方を変えると同じ作品でも見えていなかったものに気付く。知的好奇心のアップデートもできる。アートは特定の人だけのものではなく、われわれの生活の一部。社会、歴史と常に響き合って、いまを生きている私たちと一緒に呼吸している。行き詰まった時や何かを切り拓こうとする時、自らを奮い立たせてくれる大きな源泉になってくれる」
開館以来、特別展を成功に導く。企画に臨み、デジタル化と高齢化する社会を念頭に置いたという。PIXARのひみつ展(2月11日〜3月27日)はアニメキャラクターの魅力のみならず、3DCGアニメを支えるデジタル技術の粋を体験型による展示手法で楽しく伝え、予想を上回る5万7000人超を動員。中国新聞創刊130周年と中国放送開局70周年記念として広報の後押しも大きかった。
グランマ・モーゼス展(4月12日〜5月22日)も予想以上の9500人超を動員。70代で絵筆を握り、80歳で初個展を開いた米国の国民的画家の生き方に刺激された方も多かったのではないか。
同館指定管理者のイズミテクノは県立美術館、びんご運動公園などの公的施設運営の実績を生かし、快適で居心地のよい空間づくりに知恵を絞る。市内の全小学校4年生を対象にバス鑑賞も定例化。同市は子育て世代が多く、広島大学があり、研究機能の拠点もある。そうした関係機関、市民との地域連携から生まれる可能性に期待を寄せる。
「地域の特性を生かしながら国際交流の一役も担い、そして地元に親しまれる美術館を目標に、生きる喜びに出会える場になればうれしい」
当時は意表を突くアイデアだった。発芽野菜生産で日本一の村上農園(佐伯区)はしたたかに危機を乗り切り、売上高100億円企業へ成長を遂げる。土壌を見極め、市場を見極め、考え抜いたあげく決断。その頃の主力生産品だった「紅タデ」、「カイワレ大根」から大転換を迫られる事態に遭遇し、その都度むしろ豊かに地力を養った。
1966年に設立(78年法人化)以来、生来の負けじ魂と創意工夫の取り組みがある。得意を生かす考えが根本にあり、葉になる前の若い「発芽野菜」分野にとことんこだわった。96年に病原性大腸菌O-157の感染源がカイワレ大根とする風評被害を受け、大打撃を受けるが、素早く豆苗にシフト。業績をV字回復させた。以降もブロッコリースーパースプラウトやマルチビタミンB12かいわれ、マイクロハーブなどを相次ぎ投入し、先頭を走る。村上清貴社長(61)は、
「発芽野菜ひとすじ。当時は日本になかった野菜や一般に出回っていないものに目をつけた。効果的な栽培方法を考案して〝農業の工業化〟を図り、生産センター拡大などで急速に普及させた。39年に創業した村上ナヲヨ(故)、そしてカイワレ大根に事業転換した先代社長の秋人(故)の姿を見て、世にないものに着眼する重要性を学んだ」
もはや村上農園の遺伝子なのだろう。抗酸化力を高める成分が豊富なブロッコリーの発芽野菜は米国ジョンズ・ホプキンス大学が持つ国際特許の権利委託先BPP社とライセンス契約。日本で初めて生産を始めた。
機能性を確かめて野菜を選ぶという考えが広まり、新たな需要を掘り起こす。発芽野菜の英語訳「スプラウト」と銘打ったことも斬新で、消費者の注目を集めた。健康志向を背景に、テレビの情報番組などでしきりに取り上げられるなど追い風が吹く。発芽野菜のレシピ考案や本の刊行、インターネットによる情報発信にも力を入れる。次第に〝業界の仕掛け人〟と言われるようになった。
「自ら考え、行動し、諦めずにやり抜く〝考動〟の人材を育成。価値創出の原動力となっている。農作物は天候などによって収穫量や品質が変わり、価格が左右される。当社は全国10カ所の生産拠点でウェブカメラによる成長観察の記録などを一元管理し、環境データも参照しながら専用施設で栽培。安定供給を実現した。また、好景気によく手にとってもらえる高価格帯の商品と、景気が悪くても堅調に売れる低価格帯の商品を経営の両輪に据えたことで、外部環境によるリスクヘッジを図っている」
プロフェッショナルの技、知恵を磨く。2021年2月にコンピューター自動制御の栽培装置などを備えた完全人工光型の植物工場を山梨に新設。将来は蓄積したデータを基にAIが適格な指示を出す仕組みをつくり、勘や経験に頼らない農業を目指す。こうしたノウハウをライセンスとして外国企業に供与し、新たなビジネスに育てる狙いだ。
「農業をブレーンビジネスと捉えた〝脳業〟がテーマにある。みんなと同じことをしても成長は限られている。われわれの前に道はなく、後ろに道ができると信じて、歩みを進めたい」
ピンチはチャンス。泥にまみれて火に焼かれる塗炭の苦しみから活路を開く。そうしたビジネス界の事例は枚挙にいとまがない。あわや倒産の危機から脱し、全国一へと飛躍を遂げた広島の企業を紹介したい。
スプラウト(発芽野菜)生産の村上農園(佐伯区)は大きな危機が2度あった。創立者の村上秋人さん(故)が旧制農学校を卒業後、県経済農業協同組合連合会の勤務や針工場経営などを経て1966年に会社設立。刺し身のつまになる「紅タデ」を栽培し、土にまみれて日々精を出すが、最初の危機が訪れる。
77年ごろに漁業専管水域が定められ、漁獲量の減少と紅タデ消費量への影響を懸念。将来立ちゆかなくなるのではないかと不安が募る。そこで、当時は一般家庭の食卓に並ぶことのなかった高級食材のカイワレ大根に目を付け、生産品目の転換を決意。農家を訪ね歩いた。主流の砂耕栽培は散水の際に葉の裏に砂が付く。水耕栽培は日持ちしない。負けん気に火がついて研究に没頭。78年に特殊なマットを使う水耕栽培に成功した。流通価格の引き下げにつながり、「かいわれ巻き」を考案するなど需要を喚起する提案と相まって、瞬く間に普及。他社の参入が相次ぐが、〝農業の工業化〟による合理化や品質向上で全国一のシェアを獲得する。2代目の村上清貴社長(61)は、
「先代は、私の祖母の姉の三男に当たる。私は山口出身で広島大学進学が決まると、うちから通学しろと居候させてくれた。夏休みなどにはアルバイト扱いで一緒に農作業。毎朝5時に農園へ出掛ける先代の姿を見て、勤勉の何たるかを教えてもらった」
大学卒業後もうちにこいと引き留められたが、東京への憧れからリクルートに入社。約10年後の93年に再び誘われて村上農園に入り、新商品開発などに励む。しかし3年後予想さえしなかった最大の危機にさらされる。病原性大腸菌O−157の感染源がカイワレ大根だとする風評被害に遭遇。後に事実無根と判明するが、売上高は半分以下の10億円を割り込み、大幅赤字を計上。7カ所の生産拠点のうち4カ所を休止した。
「同業者も次々と倒産し、追い込まれた。手を打たねばならない。ちょうど開発を終えていた豆苗(とうみょう)(エンドウの若菜)を本格投入。カイワレ用だった栽培スペースを充て、どんどん生産。社員総出でスーパーなどの店頭に立った。安価で栄養価の高い新野菜がターゲット層に届き、奇跡的に1年で黒字転換できた」
過去2度の危機が会社の底力を押し上げ、その後も多彩な新商品を次々投入する。
「経営に大きな影響を及ぼす外部環境の変化はもちろん、消費者意識の移ろいなど、良い物を作るだけでは売れないと骨身にしみている」
料理レシピで需要を掘り起こし、本やネットで消費者へ伝え、業績は右肩上がり。そんな折、2007年に先代が脳腫瘍で倒れ、手術前日に「養子になって経営を継いでほしい」と相談を受ける。
「田村から名字が変わることにためらいはあったが、会社への愛着や、健康に貢献する野菜を届け続ける喜び、使命が真っ先に思い浮かんだ」
100億円企業へと成長した勘どころなど、次号で。
何を目的に経営されているのですか。そうした率直な質問に、はっとさせられることがある。学生が地元企業の経営トップにインタビューし、その答えに何を感じ、何を考えたか、文章に起こす。広島女学院大学と本誌発行の広島経済研究所は5月18日、包括連携協定を結んだ。学生が企業に足を運び、経営者の言葉に直接触れて、人生のキャリアに対する価値観を養っていく同大の授業「キャリア・スタディ・プログラムⅡ」(2年生前期・必修)の一環で、本誌企画「学生インタビュー」シリーズを共同で展開することになった。
取材する前にどんな会社なのかを調べ、どんな質問をぶつけるのか。どのように記事をまとめるのか。調べる、学ぶ、考える。大学構内を飛び出して実践する試みだ。この学生インタビュー企画に応じていただいた企業は、
広島市信用組合(金融)、山根木材グループ(住宅)、ひろしま管財(ビルメンテナンス)、ノサックス(安全靴)、シンクグループ(建設)、ナガ・ツキ(コンクリート2次製品)、リライアンス・セキュリティー(警備)、オフィスフローレ(健康・美容)、東洋商事(アミューズメント)、タイヨー(廃棄物収集)、ミクセル(研究支援)
の計11社。業種や企業規模も異なり、学生約50人は取材先ごとに4、5人に分かれて計11チームを編成。既に下準備に入り、取材、編集作業などを経て8月以降、本誌の企画コーナーやウェブ「ひろしま企業図鑑」に随時掲載する。弊社発行の「ひろしま業界地図2023年版」内にも特集ページを設けるほか、取材先のパンフレット制作などに挑戦してもらう。
経営トップへのインタビュー企画を聞いて、学生たちの緊張感も自然と高まる。
「インタビュー時の重苦しいプレッシャーが怖い。偉い方と話すのは気を使うので神経をすり減らしそう」や「興味がない、知らない企業への取材になったとき、うまくできるか不安」「お話を聞いてその内容を的確に伝えることができるのか心配」などの思いが募っているようだ。
ただ、こうした不安や緊張が成長へのチャンス。同大の三谷高康学長は、
「大学の教室だけの勉強が全てではない。経営者にインタビューするという体験が彼女たちの大きな糧となる。自分の殻を破って、地域の経営者に会うチャレンジを経て、大きく成長してほしい」
むろん学校で学ぶ知識は大切で、その知識を基に考える力が身につくと、成長のエンジンが加速する。いま自分がどの位置にいるのか、いま何をすべきか、何がしたいのかと自分発見にもつながり、自分自身の価値観との違いや共感できるポイントを見つけることで、相手への興味が湧いてくる。記事をまとめながら新たに発見することもあるのではなかろうか。
弊社は2016年から同様の企画を実施。いままでに13社が参画して延べ60人の学生が参加し、インタビュー先企業に就職した学生もいる。県内自治体の事業でも同様の企画を予定している。人口の流出が続く広島県だが、魅力的な会社はいっぱいある。取材活動を通じて貴重な学生生活を満喫し、そして広島の力になってもらいたい。
むろんワンチャンスではないが、社会人へ第一歩を踏み出す就職先の選択は誰しも慎重になる。学生の就職希望先人気ランキングを見ると、世相を反映して浮き沈みもあるが、やはり安定感のある大企業が上位を占め、中小企業の大方は人材確保に苦労を強いられる。そうした中、意表を突く企業もいる。むしろ不人気の業種なのに破格の人気を集めており、どこに秘訣があるのか、話を聞いた。
産業廃棄物処理のタイヨー(安芸区)は毎月30人もの中途入社希望者が集まるという。しかもその半数は女性。元山琢然(たくぜん)社長(36)は、
「5年前に父から社長を継いだときに社員が大量退社。心底苦労し、言い知れぬ不安もあった。ある日、仕事を終えて社員と飲んでいると、その店で働く女性が昼間は事務職をこなし、夜も働かないと子供を養えないという話を耳にした。ならば女性が安定して働ける環境をつくれば、人は集まるのではと考えた」
動きは早かった。敷地の一画に託児所を開く。さらにマニュアルだった清掃車は全てオートマチックに変更し、休憩室やトイレも一新。遠方から本社近くに移り住む人のために借り上げ社宅にも対応した。楽しく働く様子をSNSで積極的に発信し、デジタルマーケティングを駆使してターゲットの求職者に情報を届けるなど、戦略的な求人活動を仕掛ける。
「ゴミ収集の業務自体で他社との差別化は難しい。しかし働く人が元気で、生き生きとしていれば会社も元気になると思った。そこは大手にない中小の強みで、素早く決断し先手を打つことができる」
丁寧に要望をくみ取り、実行に移す。今後も子ども食堂の運営や救急救命士の資格取得による社会貢献活動など、独自性のある取り組みを続けていく方針だ。
大阪以西で警備業を営むリライアンス・セキュリティー(中区)は今期、過去最高の19人の新卒者を迎えた。広島大学や島根大学など国立大出身者を含み女性が11人を占める。2011年から業界に先駆けて始めた新卒採用の道のりは決して平たんではなかった。田中敏也社長(61)は、
「工事現場の旗振りと見下されたこともある。この会社で働くと決意したが、親から警備業だけは辞めてと懇願されて去った学生もいた。今年は内定辞退者ゼロだった。積み上げてきたことがようやく成果につながってきた」
県内の警備業で唯一働き方改革認定を受け、3月には健康経営に取り組む上位企業500社に、大阪以西の同業で唯一認定された。コロナ禍を受け、全国同業では初めて全従業員に一時金を支給し注目された。独自の福利厚生を整え、子どもが増えるほど増額する手当て(最大3人で月6万円)や、希望する高齢者には安否確認用の24時間緊急通報装置の費用を全額補助。
「待遇改善に注力する一方、社員教育に徹底的に取り組んでいる。目指す姿を『警備業界のディズニーランド』とし、お客さま満足、感動提供をミッションに掲げる。これは全従業員に安心・安全を守るという高い使命感がなければ実現しない。崇高な意識を持ち、業界をイメージから変えてやるという強いメッセージを共有し、社員と共に先頭集団を突き進む覚悟だ」
世界に追随を許さないマツダの独自技術をどう確立していくのか。脱炭素社会へ加速し、電気自動車(EV)やハイブリッド(HV)が次々投入される中、とことん内燃機関を極めるという。このルートだけでこれから先、押し寄せる難関を乗り切ることはできない。EVやHV開発を緩めるわけにはいかないが、内燃機関を極めるという戦略にカーボンニュートラルの考え方が根付く。
4月にあった技術説明会で廣瀬一郎専務執行役員は、
「これからも内燃機関の効率を究極まで高め続けるという使命がある。既存燃料の使用量節約という観点で開発を続けることは、近い将来、バイオ燃料の供給インフラが整うまでの大きな布石となる。決して環境や時代の変化に逆行しているわけではない」
バイオ燃料の原料となる植物は成長過程で光合成によって二酸化炭素(CO2)を吸収しているため、燃焼時のCO2と相殺して実質的な排出量がゼロになるとされる。つまり、それを動力源にする内燃機関は、脱炭素社会に通じる技術というわけだ。専用モデルを発売していないが、既にレース車両のマツダ2バイオコンセプトではユーグレナ製の100%バイオマス由来燃料を使う。初秋には国内投入予定の新たな車種構成「ラージ商品群」第1弾のCX‐60でも対応。こうした展望に立って同車種に大排気量の直列6気筒ディーゼルエンジン搭載モデルを用意する。
「排気量が大きいほど燃費効率は高まり、気筒数が多いほど低い回転数を使える。さらに48ボルトマイルドハイブリッド(MHV、補助モーター)を組み合わせることで、低回転数の領域を一層補完する。ストロングハイブリッドに匹敵する次世代ディーゼルエンジンだと断言できる」
一方で、バイオ燃料の供給体制だけでなく、EVの充電スタンドなどのインフラ整備がどのようなピッチで進展するのか。国によってばらつきも予想され予断を許さない。EVのバッテリー容量によっては製造過程で多くのCO2を排出してしまうことから、燃料採掘から製造までの各過程を合わせたCO2排出量が割高になるケースも起こり得る。マツダはさまざまな動力源をそろえ、国や地域に応じて最適車種を投入する〝マルチソリューション〟を進める。2030年にはMHV含む電動化技術を全ての車種に搭載し、EV比率を25%に引き上げる。25年までにEV3車種を含むプラグインハイブリッド(PHV)など13車種を発売予定。次世代高容量高入出力リチウムイオン電池の自社開発にも手を広げ、新エネルギー・産業技術総合開発機構の促進事業に採択された。
100年に一度の変革期。ソフトウエア技術などの重要性が高まり、家電業界からもEV参入が相次ぐ。
「当社もモーターの構造と制御を含めてソフトウエアファーストを追求。時代の変化を取り入れながら培ってきたモノづくり技術が最大の強みだ。車を単なる道具として捉えるのではなく、それによって何を実現するのか、機械と人間の両面から研究してきた。走りを通じて心身ともに活発になるような車を世に出すことに変わりはない」
4月1日、西区商工センターの宝物産に珍しい親子二人連れが前触れもなく訪ねてきた。三次市で介護タクシー事業を営む森角さんと10歳の敬海(たかみ)くん。応対した同社営業本部エンジングループの廣田和民課長は、
「春休みの思い出づくりに、どうしてもいろんなエンジンを見たいと説明を受け、半ば驚き、不思議な気持ちでお話を聞くうち、敬海くんのエンジン愛に私の方も熱くなり、強く気持を揺さぶられた」
毎晩、小型の中古エンジンを抱いて寝ると言う。ガソリン臭さえも心地よい睡眠に一役買っているらしい。特に20年前に廃盤となった、ロゴRobinに赤いコマドリのマークの富士重工業製〝ロビンエンジン〟がお気に入り。ネットで中古エンジンを求めては分解して組み立てる。飽きもせずエンジンと遊んでいるとか。宝物産の情報もネットで見つけ出し、大阪のユニバーサルスタジオよりも宝物産がいいという本人のたっての希望をくみ、家族の車で商工センターに乗り込んだ。
同社が扱う小型汎用エンジンは現在、三菱重工メイキエンジン、本田技研工業、ヤマハモーターパワープロダクツの主要3社がそろう。農業用や工事用、発電機用など、用途に応じてさまざまに在庫を備えて常時、その点数は2万点を超える。早速、敬海くんを部品庫に案内すると、目を輝かせて棚から棚へ小さな体を弾ませ、こちらから説明の必要もないほど数々の部品の知識を披露してくれた。
「廃盤とはいえ現役で活躍するエンジンはまだ多い。中古部品の需要も途絶えることなく広く出回っている。敬海くんお気に入りのコマドリマークにいたってはその機能と構造もしっかりと理解し、大人顔負けの知識。将来はユーチューバーになりたいという子どもが多いご時世に、こんな小さな子がエンジンに心底興味を持ち、実体のあるものづくり社会へと進路を選んでくれれば日本も捨てたものではないと、うれしくなった」
動力源が化石燃料から電気に変わろうとしているが、敬海くんぞっこんの汎用エンジンは今のところは未来永劫。主要各社それぞれが得意とする分野のエンジンをそろえ、技術向上に切磋琢磨(せっさたくま)する。
飛行機研究所を源流とする富士重工業は1917年に創設。選択と集中により56年発売のロビンエンジンから発展した汎用エンジンを製造する産業機器事業から撤退して車と航空機で生き残りをかけ、2017年にスバルに社名変更した。宝物産は建設機械販売・レンタルを主力に、産業機械、エンジン部品などを扱う。堅実な社風で創業から78年を歩み、専門商社として業界で重宝される存在という。
その時に居なかったことを残念がる西田信行社長は、
「富士重工のエンジンだけを扱っていたが、昨日の敵は今日の友。変化の激しいビジネス世界を乗り切るためには顧客ニーズに的確に応えることに尽きる。敬海くんの話を聞いてほのぼのとした気持ちになり、意を強くした。いつか当社社長に迎える日が来るかもしれない」
後日、コマドリが飛ぶロビンエンジンの絵をいっぱいに描いた礼状が届いた。
昭和と令和を比較すると、江戸時代から明治に移った時よりはるかに大きな変貌を遂げたという話を、広島県庁の職員さんから聞いたことがある。近年、ビジネス界では神話に登場する伝説の生き物になぞらえたユニコーン企業が世界を席巻。創業からわずか10年のうちに企業価値1000億円以上の大企業へ急成長を遂げた神話的な話を聞くと納得するほかない。
だが、ユニコーン企業は米国539社、中国174社、インド64社に上り、対して日本は10社という調査報告(3月)がある。残念ながら広島県内には存在しない。これをみすみす看過できないと湯崎英彦知事が発奮。今後10年間で発行済み株式総額10億ドル(約1000億円)以上への急成長が期待できる非上場企業10社をつくる目標の「ひろしまユニコーン10」プロジェクトを打ち出した。
一体何を、どう支援するのか。2022年度当初予算に総額約100億円を計上。企業の成長段階に合わせて10個の支援メニューを並べる。中区の交流拠点キャンプスやクラウド上でビジネスマッチングなどが可能なイノベーション・エコシステムサイト構築、実証フィールド、創業前後や急成長期のアシスト、先駆的に推進するデジタル変革、資金獲得、環境・エネルギー/カーボンリサイクル、健康・医療関連分野への進出、海外ビジネス展開、県への企業移転(本社機能移転で最大1億円)などを後押しする。決して予算は少なくない。
インターネットが人と人のつながりに革命を起こし、ユニコーンを呼び寄せた。日本は大きく立ち後れるが、ようやく政府は今年、スタートアップ創出元年と位置付け27年までに100社を目論む。広島県商工労働局の川野真澄総括官は、
「ユニコーン創出を目指すことで挑戦しやすい環境、挑戦が当たり前の土壌・文化が生まれる。ユニコーンの存在が地方で企業や人材の集積を生み、新たな挑戦の着火剤となる。プロジェクトへの参画や問合せが多数届いている。広島が日本をけん引する気概を持ってイノベーション・エコシステムを育んでいきたい」
中国地域ニュービジネス協議会(中国NBC)と広島県情報産業協会は3月、経団連の南場智子副会長(DeNA創業者で同社会長)を講師に経営者セミナー「日本経済再興のために必要なこと〜人材の流動化とスタートアップの重要性」を開いた。発奮した経営者も少なくなかったのではなかろうか。中国NBCの内海良夫会長(データホライゾン社長)は、
「スタートアップに必要な条件は三つ。一番に〝志〟だ。これをなくして全てが成り立たない。それから資金援助と経営の原理原則。米国にはエンジェル投資家やMBA(経営学修士)の仕組み、再起のチャンスなどが与えられており、企業を育てる環境や風土がある。日本のビジネス環境は程遠いが、今からでもすぐできることがある。志のある人、世界の荒波に乗り出す勇気を持った人にチャンスを与え、応援する風土をつくる。自分でもやれると、心を突き動かされるような環境を整えることが大切ではないか」
啐啄(そったく)同時。小さな船もまた大きな海がなければ世界へこぎ出すことができない。
宮島御砂焼窯元の山根対厳堂(廿日市市宮島口)は築100年以上の工房の向かいにあった店舗を移転併設し、昨年3月のリニューアルオープンを機に「対厳堂」に屋号を改めた。初代・祖父から守ってきた窯の煙突をこの地に残したいという三代の山根興哉さんの思いが、〝山根〟の名と決別する動機となった。
広島県の伝統工芸は経済産業大臣指定の熊野筆や広島仏壇など5品目と、県指定の宮島焼や銅蟲(どうちゅう)など9品目あったが、大竹手打刃物や矢野かもじが後継者不在で指定取り消しになった。昨年は三次人形の6代目の丸本垚(たかし)さん、宮島彫唯一の伝統工芸士だった広川和男さんが亡くなった。山根さんは、
「全国的にも伝統工芸の産地間競争がだんだんと薄れており、寂しい。広島の工芸文化の灯を絶やしてはならない。時代が求める新たな挑戦をし続け、粘り強く伝統を守っていく使命がある」
江戸中期、旅の安全を祈り厳島神社社殿下の砂をお守りとして携え、無事帰郷すると旅先の砂と合わせ神社へ返す風習があった。その砂を混ぜて祭器を焼き、神前に供えたのが宮島焼の由来という。現在、川原厳栄堂、宮島御砂焼圭斎窯との3窯元が守る。
対厳堂は工房併設の店舗を構えるが、昨夏からECサイトをスタート。2018年からスターバックス厳島表参道店で毎月50個限定で販売を始めた御砂焼マグカップは現在100個に引き上げ、完売が続く。ろくろ職人が一人前になるには5〜10年を要するという。生産効率化を迫られる中、これらの規格商品を安定供給できるよう、ろくろ成形を機械化する圧力鋳込み成形装置も導入。一枚一枚、宮島のもみじの葉を貼り付ける手作業にこだわった工程に、機械化を併せた分業体制を敷く。製造直販の機動力も生かして価値の高い良品を量産できる仕組みをつくった。
一方、山根さんは展覧会で数々の賞に輝く陶芸作家の顔も持つ。その技を生かし、弥山霊火堂の消えずの火の灰を釉薬に使ったキャンドルホルダーや平和公園の折り鶴の灰を釉薬に使った香炉などを商品化。広島を発信する商品に託した〝祈り〟が力となり、国の機関から礼品や外交用などに時節、注文が舞い込む。
宮島焼を次代へつなげていきたいという思いから山根の名と決別し、三つのブランド確立に着手。初代から三代の「山根興哉」作品を扱うブランド、贈答用などにもみじ紋をあしらった器を扱う「山根対巌堂」ブランドに加え、新ブランド「TAIGENDO(たいげんどう)SETOUCHI(せとうち)」を立ち上げた。昨秋から、おりづるタワーや平和記念公園レストハウス、グランドプリンスホテル広島、ettoなどでテスト販売を行っている。手軽な価格帯の使いやすいカップで、自家用や旅の手土産にも使ってもらいたいとの願いがあり、モダンでシンプルなデザインが魅力を放つ。
「新ブランドは瀬戸内海を視野に広域での展開を目論む。将来果たして宮島焼だけで存続できるのか、真剣に考えてきた。新ブランドが順調に成長すればメーカーとして対厳堂を承継してもらう可能性も広がる。山根の名にこだわらないで、宮島焼を残すための選択肢を優先した」
次代へ託す思いは深い。
売れないと嘆いても仕方がない。昨秋、広島県の「小売業ECイノベーション実装支援事業」に採択された百貨店の福屋はじめ、県産食品や伝統工芸品などを販売する小売業6社が電子商取引(EC)を活用し、新たな販路開拓に乗り出す。
補助金(補助率10分の9)は6社で最大計1億8000万円。各社は受け取った補助額の5倍以上の売り上げ増を3年間累計で稼ぎ出す計画だ。6社のトップ、担当者や関係者らが集まり、3月29日に事業報告会が中区紙屋町のイノベーション・ハブ・ひろしまCampsであった。
福屋はオンライン共創コミュニティーを立ち上げ、顧客を巻き込んだ商品発掘・開発モデル構築を目指す。備後絣(がすり)が伝統産業の福山市で染料を扱う岩瀬商店は、染物技術を生かした羽織風のポンチョを禅宗の体験などができるVRとセットで売り込む。ウェルネス市場が活況な米国シリコンバレーを主ターゲットに海外市場に参入する。
三原市でワイナリーやレストランを営む瀬戸内醸造所は自社で造ったワインと地元果物の加工品を組み合わせたセット商品の販売を計画。ギフトショップ18店を展開する大進本店は、店舗とECサイトの顧客情報の一元管理で地域サービスを強化するほか、絵本と県産野菜をセットにしたサブスク型ギフトサービスを目指す。
尾道市で創業し、イカ天瀬戸内れもん味がヒット中のまるか食品は地域の事業者と手を組み、2月に瀬戸内産品のセレクトECサイトを開設。seedsは生カキや小イワシなどを瞬間冷凍し、年中新鮮な味をオン・オフラインで楽しめる取り組みを始めた。既に参加企業の間で連携も始まっているという。
同支援事業は県が2018年度からスタートした、デジタル技術を利活用して新しいソリューションや価値の創出を目指す実証実験の場「ひろしまサンドボックス」事業の一環。文字通り砂場で思い思いに作ってはならし、試行錯誤することでイノベーションを生み出すエコシステムの構築を目論む。
EC市場はコロナ禍で物販系に弾みがついた。経済産業省によると20年の市場規模は前年から21.71%伸び12兆2333億円、EC化率は1.32ポイント上がり8.08%。総務省調査でネット人口は19年で総人口の9割に迫り、世帯当たりスマホ保有率は83.4%に上る。今後ECは小売業者にとって未来を開く鍵となるか、対面販売の脅威になるのか。いずれにしろECを避けて通る道はなさそうだ。
県商工労働局中小・ベンチャー企業支援担当の亀本健介課長は、
「ECの手法を取り入れて新たな視点で構築したビジネスモデルの横展開を見据え、企業規模や事業領域が異なる6社を選んだ。ファンがインフルエンサーの役割を果たし、新たに獲得したファンの囲い込みで好循環のスパイラルを生み出す。広島には魅力のある農水産品、加工食品、伝統工芸品などがいっぱいあり、その可能性を掘り起こし、生かす着眼が大切ではないか。1社のモデルが実証されると産地などの仕入先や取引先に波及していく。国内外へ販路を広げることで県経済にもたらす相乗効果は大きい」