広島経済レポートの記者が注目する旬の話題をコラムで紹介。
世界に追随を許さないマツダの独自技術をどう確立していくのか。脱炭素社会へ加速し、電気自動車(EV)やハイブリッド(HV)が次々投入される中、とことん内燃機関を極めるという。このルートだけでこれから先、押し寄せる難関を乗り切ることはできない。EVやHV開発を緩めるわけにはいかないが、内燃機関を極めるという戦略にカーボンニュートラルの考え方が根付く。
4月にあった技術説明会で廣瀬一郎専務執行役員は、
「これからも内燃機関の効率を究極まで高め続けるという使命がある。既存燃料の使用量節約という観点で開発を続けることは、近い将来、バイオ燃料の供給インフラが整うまでの大きな布石となる。決して環境や時代の変化に逆行しているわけではない」
バイオ燃料の原料となる植物は成長過程で光合成によって二酸化炭素(CO2)を吸収しているため、燃焼時のCO2と相殺して実質的な排出量がゼロになるとされる。つまり、それを動力源にする内燃機関は、脱炭素社会に通じる技術というわけだ。専用モデルを発売していないが、既にレース車両のマツダ2バイオコンセプトではユーグレナ製の100%バイオマス由来燃料を使う。初秋には国内投入予定の新たな車種構成「ラージ商品群」第1弾のCX‐60でも対応。こうした展望に立って同車種に大排気量の直列6気筒ディーゼルエンジン搭載モデルを用意する。
「排気量が大きいほど燃費効率は高まり、気筒数が多いほど低い回転数を使える。さらに48ボルトマイルドハイブリッド(MHV、補助モーター)を組み合わせることで、低回転数の領域を一層補完する。ストロングハイブリッドに匹敵する次世代ディーゼルエンジンだと断言できる」
一方で、バイオ燃料の供給体制だけでなく、EVの充電スタンドなどのインフラ整備がどのようなピッチで進展するのか。国によってばらつきも予想され予断を許さない。EVのバッテリー容量によっては製造過程で多くのCO2を排出してしまうことから、燃料採掘から製造までの各過程を合わせたCO2排出量が割高になるケースも起こり得る。マツダはさまざまな動力源をそろえ、国や地域に応じて最適車種を投入する〝マルチソリューション〟を進める。2030年にはMHV含む電動化技術を全ての車種に搭載し、EV比率を25%に引き上げる。25年までにEV3車種を含むプラグインハイブリッド(PHV)など13車種を発売予定。次世代高容量高入出力リチウムイオン電池の自社開発にも手を広げ、新エネルギー・産業技術総合開発機構の促進事業に採択された。
100年に一度の変革期。ソフトウエア技術などの重要性が高まり、家電業界からもEV参入が相次ぐ。
「当社もモーターの構造と制御を含めてソフトウエアファーストを追求。時代の変化を取り入れながら培ってきたモノづくり技術が最大の強みだ。車を単なる道具として捉えるのではなく、それによって何を実現するのか、機械と人間の両面から研究してきた。走りを通じて心身ともに活発になるような車を世に出すことに変わりはない」
4月1日、西区商工センターの宝物産に珍しい親子二人連れが前触れもなく訪ねてきた。三次市で介護タクシー事業を営む森角さんと10歳の敬海(たかみ)くん。応対した同社営業本部エンジングループの廣田和民課長は、
「春休みの思い出づくりに、どうしてもいろんなエンジンを見たいと説明を受け、半ば驚き、不思議な気持ちでお話を聞くうち、敬海くんのエンジン愛に私の方も熱くなり、強く気持を揺さぶられた」
毎晩、小型の中古エンジンを抱いて寝ると言う。ガソリン臭さえも心地よい睡眠に一役買っているらしい。特に20年前に廃盤となった、ロゴRobinに赤いコマドリのマークの富士重工業製〝ロビンエンジン〟がお気に入り。ネットで中古エンジンを求めては分解して組み立てる。飽きもせずエンジンと遊んでいるとか。宝物産の情報もネットで見つけ出し、大阪のユニバーサルスタジオよりも宝物産がいいという本人のたっての希望をくみ、家族の車で商工センターに乗り込んだ。
同社が扱う小型汎用エンジンは現在、三菱重工メイキエンジン、本田技研工業、ヤマハモーターパワープロダクツの主要3社がそろう。農業用や工事用、発電機用など、用途に応じてさまざまに在庫を備えて常時、その点数は2万点を超える。早速、敬海くんを部品庫に案内すると、目を輝かせて棚から棚へ小さな体を弾ませ、こちらから説明の必要もないほど数々の部品の知識を披露してくれた。
「廃盤とはいえ現役で活躍するエンジンはまだ多い。中古部品の需要も途絶えることなく広く出回っている。敬海くんお気に入りのコマドリマークにいたってはその機能と構造もしっかりと理解し、大人顔負けの知識。将来はユーチューバーになりたいという子どもが多いご時世に、こんな小さな子がエンジンに心底興味を持ち、実体のあるものづくり社会へと進路を選んでくれれば日本も捨てたものではないと、うれしくなった」
動力源が化石燃料から電気に変わろうとしているが、敬海くんぞっこんの汎用エンジンは今のところは未来永劫。主要各社それぞれが得意とする分野のエンジンをそろえ、技術向上に切磋琢磨(せっさたくま)する。
飛行機研究所を源流とする富士重工業は1917年に創設。選択と集中により56年発売のロビンエンジンから発展した汎用エンジンを製造する産業機器事業から撤退して車と航空機で生き残りをかけ、2017年にスバルに社名変更した。宝物産は建設機械販売・レンタルを主力に、産業機械、エンジン部品などを扱う。堅実な社風で創業から78年を歩み、専門商社として業界で重宝される存在という。
その時に居なかったことを残念がる西田信行社長は、
「富士重工のエンジンだけを扱っていたが、昨日の敵は今日の友。変化の激しいビジネス世界を乗り切るためには顧客ニーズに的確に応えることに尽きる。敬海くんの話を聞いてほのぼのとした気持ちになり、意を強くした。いつか当社社長に迎える日が来るかもしれない」
後日、コマドリが飛ぶロビンエンジンの絵をいっぱいに描いた礼状が届いた。
昭和と令和を比較すると、江戸時代から明治に移った時よりはるかに大きな変貌を遂げたという話を、広島県庁の職員さんから聞いたことがある。近年、ビジネス界では神話に登場する伝説の生き物になぞらえたユニコーン企業が世界を席巻。創業からわずか10年のうちに企業価値1000億円以上の大企業へ急成長を遂げた神話的な話を聞くと納得するほかない。
だが、ユニコーン企業は米国539社、中国174社、インド64社に上り、対して日本は10社という調査報告(3月)がある。残念ながら広島県内には存在しない。これをみすみす看過できないと湯崎英彦知事が発奮。今後10年間で発行済み株式総額10億ドル(約1000億円)以上への急成長が期待できる非上場企業10社をつくる目標の「ひろしまユニコーン10」プロジェクトを打ち出した。
一体何を、どう支援するのか。2022年度当初予算に総額約100億円を計上。企業の成長段階に合わせて10個の支援メニューを並べる。中区の交流拠点キャンプスやクラウド上でビジネスマッチングなどが可能なイノベーション・エコシステムサイト構築、実証フィールド、創業前後や急成長期のアシスト、先駆的に推進するデジタル変革、資金獲得、環境・エネルギー/カーボンリサイクル、健康・医療関連分野への進出、海外ビジネス展開、県への企業移転(本社機能移転で最大1億円)などを後押しする。決して予算は少なくない。
インターネットが人と人のつながりに革命を起こし、ユニコーンを呼び寄せた。日本は大きく立ち後れるが、ようやく政府は今年、スタートアップ創出元年と位置付け27年までに100社を目論む。広島県商工労働局の川野真澄総括官は、
「ユニコーン創出を目指すことで挑戦しやすい環境、挑戦が当たり前の土壌・文化が生まれる。ユニコーンの存在が地方で企業や人材の集積を生み、新たな挑戦の着火剤となる。プロジェクトへの参画や問合せが多数届いている。広島が日本をけん引する気概を持ってイノベーション・エコシステムを育んでいきたい」
中国地域ニュービジネス協議会(中国NBC)と広島県情報産業協会は3月、経団連の南場智子副会長(DeNA創業者で同社会長)を講師に経営者セミナー「日本経済再興のために必要なこと〜人材の流動化とスタートアップの重要性」を開いた。発奮した経営者も少なくなかったのではなかろうか。中国NBCの内海良夫会長(データホライゾン社長)は、
「スタートアップに必要な条件は三つ。一番に〝志〟だ。これをなくして全てが成り立たない。それから資金援助と経営の原理原則。米国にはエンジェル投資家やMBA(経営学修士)の仕組み、再起のチャンスなどが与えられており、企業を育てる環境や風土がある。日本のビジネス環境は程遠いが、今からでもすぐできることがある。志のある人、世界の荒波に乗り出す勇気を持った人にチャンスを与え、応援する風土をつくる。自分でもやれると、心を突き動かされるような環境を整えることが大切ではないか」
啐啄(そったく)同時。小さな船もまた大きな海がなければ世界へこぎ出すことができない。
宮島御砂焼窯元の山根対厳堂(廿日市市宮島口)は築100年以上の工房の向かいにあった店舗を移転併設し、昨年3月のリニューアルオープンを機に「対厳堂」に屋号を改めた。初代・祖父から守ってきた窯の煙突をこの地に残したいという三代の山根興哉さんの思いが、〝山根〟の名と決別する動機となった。
広島県の伝統工芸は経済産業大臣指定の熊野筆や広島仏壇など5品目と、県指定の宮島焼や銅蟲(どうちゅう)など9品目あったが、大竹手打刃物や矢野かもじが後継者不在で指定取り消しになった。昨年は三次人形の6代目の丸本垚(たかし)さん、宮島彫唯一の伝統工芸士だった広川和男さんが亡くなった。山根さんは、
「全国的にも伝統工芸の産地間競争がだんだんと薄れており、寂しい。広島の工芸文化の灯を絶やしてはならない。時代が求める新たな挑戦をし続け、粘り強く伝統を守っていく使命がある」
江戸中期、旅の安全を祈り厳島神社社殿下の砂をお守りとして携え、無事帰郷すると旅先の砂と合わせ神社へ返す風習があった。その砂を混ぜて祭器を焼き、神前に供えたのが宮島焼の由来という。現在、川原厳栄堂、宮島御砂焼圭斎窯との3窯元が守る。
対厳堂は工房併設の店舗を構えるが、昨夏からECサイトをスタート。2018年からスターバックス厳島表参道店で毎月50個限定で販売を始めた御砂焼マグカップは現在100個に引き上げ、完売が続く。ろくろ職人が一人前になるには5〜10年を要するという。生産効率化を迫られる中、これらの規格商品を安定供給できるよう、ろくろ成形を機械化する圧力鋳込み成形装置も導入。一枚一枚、宮島のもみじの葉を貼り付ける手作業にこだわった工程に、機械化を併せた分業体制を敷く。製造直販の機動力も生かして価値の高い良品を量産できる仕組みをつくった。
一方、山根さんは展覧会で数々の賞に輝く陶芸作家の顔も持つ。その技を生かし、弥山霊火堂の消えずの火の灰を釉薬に使ったキャンドルホルダーや平和公園の折り鶴の灰を釉薬に使った香炉などを商品化。広島を発信する商品に託した〝祈り〟が力となり、国の機関から礼品や外交用などに時節、注文が舞い込む。
宮島焼を次代へつなげていきたいという思いから山根の名と決別し、三つのブランド確立に着手。初代から三代の「山根興哉」作品を扱うブランド、贈答用などにもみじ紋をあしらった器を扱う「山根対巌堂」ブランドに加え、新ブランド「TAIGENDO(たいげんどう)SETOUCHI(せとうち)」を立ち上げた。昨秋から、おりづるタワーや平和記念公園レストハウス、グランドプリンスホテル広島、ettoなどでテスト販売を行っている。手軽な価格帯の使いやすいカップで、自家用や旅の手土産にも使ってもらいたいとの願いがあり、モダンでシンプルなデザインが魅力を放つ。
「新ブランドは瀬戸内海を視野に広域での展開を目論む。将来果たして宮島焼だけで存続できるのか、真剣に考えてきた。新ブランドが順調に成長すればメーカーとして対厳堂を承継してもらう可能性も広がる。山根の名にこだわらないで、宮島焼を残すための選択肢を優先した」
次代へ託す思いは深い。
売れないと嘆いても仕方がない。昨秋、広島県の「小売業ECイノベーション実装支援事業」に採択された百貨店の福屋はじめ、県産食品や伝統工芸品などを販売する小売業6社が電子商取引(EC)を活用し、新たな販路開拓に乗り出す。
補助金(補助率10分の9)は6社で最大計1億8000万円。各社は受け取った補助額の5倍以上の売り上げ増を3年間累計で稼ぎ出す計画だ。6社のトップ、担当者や関係者らが集まり、3月29日に事業報告会が中区紙屋町のイノベーション・ハブ・ひろしまCampsであった。
福屋はオンライン共創コミュニティーを立ち上げ、顧客を巻き込んだ商品発掘・開発モデル構築を目指す。備後絣(がすり)が伝統産業の福山市で染料を扱う岩瀬商店は、染物技術を生かした羽織風のポンチョを禅宗の体験などができるVRとセットで売り込む。ウェルネス市場が活況な米国シリコンバレーを主ターゲットに海外市場に参入する。
三原市でワイナリーやレストランを営む瀬戸内醸造所は自社で造ったワインと地元果物の加工品を組み合わせたセット商品の販売を計画。ギフトショップ18店を展開する大進本店は、店舗とECサイトの顧客情報の一元管理で地域サービスを強化するほか、絵本と県産野菜をセットにしたサブスク型ギフトサービスを目指す。
尾道市で創業し、イカ天瀬戸内れもん味がヒット中のまるか食品は地域の事業者と手を組み、2月に瀬戸内産品のセレクトECサイトを開設。seedsは生カキや小イワシなどを瞬間冷凍し、年中新鮮な味をオン・オフラインで楽しめる取り組みを始めた。既に参加企業の間で連携も始まっているという。
同支援事業は県が2018年度からスタートした、デジタル技術を利活用して新しいソリューションや価値の創出を目指す実証実験の場「ひろしまサンドボックス」事業の一環。文字通り砂場で思い思いに作ってはならし、試行錯誤することでイノベーションを生み出すエコシステムの構築を目論む。
EC市場はコロナ禍で物販系に弾みがついた。経済産業省によると20年の市場規模は前年から21.71%伸び12兆2333億円、EC化率は1.32ポイント上がり8.08%。総務省調査でネット人口は19年で総人口の9割に迫り、世帯当たりスマホ保有率は83.4%に上る。今後ECは小売業者にとって未来を開く鍵となるか、対面販売の脅威になるのか。いずれにしろECを避けて通る道はなさそうだ。
県商工労働局中小・ベンチャー企業支援担当の亀本健介課長は、
「ECの手法を取り入れて新たな視点で構築したビジネスモデルの横展開を見据え、企業規模や事業領域が異なる6社を選んだ。ファンがインフルエンサーの役割を果たし、新たに獲得したファンの囲い込みで好循環のスパイラルを生み出す。広島には魅力のある農水産品、加工食品、伝統工芸品などがいっぱいあり、その可能性を掘り起こし、生かす着眼が大切ではないか。1社のモデルが実証されると産地などの仕入先や取引先に波及していく。国内外へ販路を広げることで県経済にもたらす相乗効果は大きい」
何と日本一になった。今後頼りになりそうな信用金庫・信用組合はどこか。収益性や地域密着度などを総合的に分析した週刊ダイヤモンドの特集「信金・信組ランキング」(1月22日号)で、「名物理事長の山本明弘理事長が率いる広島市信用組合が139組合の頂点に立った」と。預金残高7446億円、自己資本比率10.6%、不良債権比率1.7%、預貸率87%などを点数化した総合得点で86.2点を獲得し、群を抜く。
コロナ禍は地域金融機関に融資機会をもたらしたが、その目利き力がいや応なく問われる局面でもあった。特集の趣旨に「地方経済の最後の担い手である信用金庫と信用組合がコロナ禍で企業支援に奔走したか否か。財務指標を基に順位付けすることで、今後も勝ち残る信金・信組を浮き彫りにした」とある。
いつから名物になられたのか、NHKをはじめ全国区のマスコミにも度々登場し、真っ直ぐに持論を言い放つ山本理事長。日本一をどう受け止めただろうか。
「日々の積み重ねの結果だ。むろん私の力の及ぶところではない。役職員が一丸になった汗のたまもの。皆が誇りに感じてくれたら何よりうれしい。企業経営にDX(デジタル変革)などと効率化、合理化が叫ばれるが、わが信組は足で稼ぐ。非効率こそ効率的という方程式を発見した。大方の金融機関が廃止した集金をいまもこまめに続けている。外回りが一番大事なエンジン。用はなくとも用をつくって取引先を訪れる。ひょっこりとのぞくと見えなかったものが見えてくる。社長や従業員は元気か、工場の機械の音は活発か、企業が生きていることを肌で感じることができる。取引先が気軽に声を掛けてくれるようになる。頼まれたらチャンス。融資は3日のうちに応える」
システム化投資をはじめ、働く環境改善などに積極的に挑む。だが、いまも変わることなく顔と顔を合わせて耳を傾ける。リスクも取る。金融機関では異例のスピードで融資に応じるから信頼される。2022年3月期決算で19期連続増収、過去最高益を見込む。本業の融資・預金のほかは脇目もくれないシンプル経営を徹底。一朝一夕ではかなわない基本動作を重ねて実績をつくり、年々積み上げて好循環をつかんだ。
現金が底をつき、資金繰りにあえぐ取引先のことを思って一日も早く融資する。当然リスクはあり、不良債権処理などの備えなく、やみくもに決裁することはできないが、さらに足を使って鍛えた目利き力が裏付けにある。
「助けることができなければ金融機関の存在意義はない」
と言い切る山本理事長の考えがどんと構えており、みんなが動きやすい。取引先に喜んでもらえるから、やりがいが生まれてくる。
まず汗を出せ、汗の中から知恵を出せ。それができないものは去れ。松下幸之助の言葉である。1968年同信組に入り、支店長や本店営業部長などを歴任して2005年から理事長。一貫して現場重視で汗を流し、誰もが容易にまねることのできない知恵を見極めたのだろう。
5月で創業70周年。預金は5年以内、融資は7年以内に1兆円達成を目標に、いささかも油断がない。
図書館でゆっくり過ごせる街。好きな本を読みふけり、調べる、学べる。小さな子どもからお年寄りまで包み込んでくれる安心感がある。
2025年春開業へ建設中の新駅ビルをはじめ、JR広島駅周辺の再開発事業が進展し、広島の玄関口が大きく変貌を遂げようとするさなか、福屋を核店舗とするエールエールA館8〜10階に中区基町の広島市立中央図書館や映像文化ライブラリー、こども図書館などを一体的に移転し、再整備する計画が動きだす。
基本計画は25年度オープンを目標に、現在86万冊の収蔵能力を150万冊に引き上げ、A館10階に約15万冊の開架書庫や閲覧、自習スペースのほか、100席の上映ホールを設ける映像ライブラリー、9階には広島の文学資料コーナーや郷土資料館サテライト、8階に児童図書など約9万冊を備える子どもエリアなどの構想を描く。
図書と映像エリアでは商用データベースの拡充などで企業や創業希望者へのビジネス支援強化などのプランも盛り込む。総面積は1.3倍の1万3000平方メートル。カフェ、自習スペース、飲み物を楽しめる閲覧空間、寝転んで本を読めるスペースや読み聞かせの場などを設け、各フロアを行き来し誰もが思い思いに楽しむことができるようにする。A館を管理運営する第3セクターの広島駅南口開発(南区)は、現在10階のジュンク堂に他の階で引き続き営業してもらうよう打診しており、同社から図書館誘致を歓迎するとの意向を受けているようだ。
コロナ禍前の18年度の入館者数は中央図書館39万7000人、こども図書館20万9600人、映像文化ライブラリー3万8000人。再整備計画の概算経費は不動産取得費約60億円、建物整備費約35億円(書架設置費など含む)、引越費約1億円の計約96億円を見込む。
駅周辺〜紙屋町・八丁堀の楕円形都心づくり構想と響き合って「誰もが学び、憩う平和文化の情報拠点」に位置付ける。スケジュールは新年度で基本・実施設計、23年度から床取得・再整備工事などを進め、25年度開館を予定。
計画策定までの経緯は11年10月=旧市民球場跡地活用をめぐり、老朽化が進む中央公園内にある公共施設も含めた全体での検討を開始。12年11月=中央図書館、映像文化ライブラリー、こども図書館を合築して配置計画の見直しを行う空間イメージを公表。21年9月=市が中央図書館などの移転候補地の一つに駅周辺を挙げているとの発表を受けて駅南口開発は「絶好の機会」と捉え、A館を移転先候補として松井市長に要望書を提出。今年2月に市がA館へ移転することとした中央図書館等の再整備基本計画案を公表。市議会で付帯意見はあるものの予算承認され、一歩前へ踏み出した。
近年、全国的に公立図書館が駅前にオープンするケースが増え、図書館利用者が大幅に増加。近隣では三原、周南市の例があり、岩国市も計画しているという。駅南口開発の山本茂樹総務課長は、
「駅周辺のエリアマネジメントの活動と図書館などの事業を官民連携で展開し、多くの市民や国内外からの観光客の誰もが楽しめる街づくり、にぎわい創出に相乗効果を上げていきたい」
2014年に統廃合の危機に直面した大崎上島の県立大崎海星高校が取り組む「島の仕事図鑑」が見事、文部科学省と経済産業省の「キャリア教育連携表彰」の最優秀賞に輝いた。1学年1クラスの小規模校が、全国5000校を超える高校の中の頂点に立つ快挙となった。
島で働く人々に目を向け、さまざまな質問をぶつける。高校生の真っ直ぐなインタビューに答え、仕事のことや島のことを語る、その表情を捉えた写真を添える。図鑑は回を重ねて冊子8冊を制作。
さかのぼること8年前。県教育委員会が「今後の県立高等学校の在り方に係る基本計画」を発表し、同校が統廃合の検討対象となった。このままでは地元から公立高校がなくなるかもしれない。そうした危機感が高校生や地域を動かした。
自治体が県立高校を全面的に支援する「高校魅力化プロジェクト」の一環で、島の仕事図鑑づくりがスタート。地域のパン屋、理容師、電気屋、警察官、漁師などの職場を訪れてインタビューを行った。事前にプロのライターから記事の書き方を、カメラマンから写真撮影を教わり、入念に準備。取材を通じて島での働き方などを学んでいった。
こうした高校生のキャリア教育は産業界を巻き込み、それまで途絶えていた地域と学校をつないだ。大崎上島町商工会の小川裕壮会長は、
「仕事図鑑は生徒たちの目線で仕事の魅力や、やりがいなどを生き生きと伝えている。学校と地域が連携するきっかけとなり、子どもたちのキャリア感とふるさとへの思いを劇的に変えた。地域住民にとっても高校への理解や共感を高め、島での暮らしや仕事に対する新たな誇りを芽生えさせた。そして新たな魅力化企画を生み出す原動力となり、次々と素晴らしい化学反応を起こした。これからも学校と地域が問題や課題に知恵を出し合い、話し合いを重ね、多くの失敗も重ねながら解決に向けて挑戦し続けたい」
教室を飛び出し、島のことや人を知ることから始めた生徒らに思いがけない発見があり、感動があったのではなかろうか。調べる、考える。教育の原点を改めて示唆しているように思える。今回の受賞理由として、
○毎年関係者間で理念を再構築し、新しい動きを生み出すなど、組織的な取り組みで魅力化プロジェクトの持続・発展が支えられている。
○汎用性のある好事例として広がりを見せる。学校と保護者、地域住民が共に知恵を出し合い、「地域と共にある学校づくり」を進めるコミュニティ・スクールとして着実に歩んでいる。地域で育ち、働く人が増えるなど着実に成果が上がっている−など。
仕事図鑑は昨年、島を飛び出し「ひろしまの仕事図鑑」へと発展。県内公立高校5校による学校間連携地域協働学習となった。弊誌を発行する広島経済研究所とも連携し、サイト「ひろしま企業図鑑」へも掲載。北海道や宮崎県の高校にも波及していった。今年1月から海外へ広まり、上海日本語学校で仕事図鑑をトライアルで制作。学校のカリキュラムへの反映を検討するプロジェクトが始まった。
生徒が働く人の個性に触れて、地元のことや生きることを学んだ価値は大きい。
酒蔵で新酒の仕込みが最盛期を迎えている。安芸郡熊野町で唯一の酒蔵、馬上酒造は今季から新体制で再スタートを切った。昨季は明治時代から続く酒造りを休止。存続さえ危ぶまれたが、竹鶴酒造(竹原市)などで経験を積んだ村上和哉さん(36)を杜氏(とうじ)に迎え、息吹を取り戻した。
主力銘柄の「大号令」は、製造量の約9割を熊野町内で消費する、根強い人気に支えられて代を重ねてきた。来年で創業130周年。杜氏と社長業をこなしてきた4代目の馬上日出男さん(72)は、廃業すると酒類製造免許の再取得がほぼ不可能になるため、いったんは休止し、再開の可能性に懸けた。昔ながらの酒造りへの思いは深い。
「大手のように機械化することなく、ほとんど手作業。思った以上に水と米は重く、加えて冬場の蔵は心底冷える。近年は若者の酒離れで販売が伸びず、人を雇うほどの余裕はなく、蔵や設備もあちこち痛んでいた。それでもくじけるわけにはいかない。とにかくこの蔵を守りたいという一心だった。ちょっとした気の緩みで、もろみの発酵が進むなど、気が抜けない仕込み作業が続く。むろん体調不良など言い訳にならない。高熱のときも薬でごまかして乗り切った。よく蔵の中で死ななかったと思う。古希を過ぎ、私だけの手で続けることは難しいと思い始めた矢先、杜氏を志していた若い村上さんが門をたたいてくれた」
村上さんは南区出身で、広島経済大学時代に訪れた竹鶴酒造の神聖な雰囲気に引かれたことが、蔵人の道へ進むきっかけになった。4年生だった2007年11月から竹鶴で酒造りの季節雇用で働き始める。卒業後も冬場は酒蔵、仕込みのシーズンが過ぎると市内酒販店などで働く二重生活を送る。7年後に竹鶴の正社員となり、季節雇用時代を含めて10年の経験を積み、その後に滋賀県の北島酒造へ。異なる酒造りを学び、5年をめどに広島に戻るつもりだったが、コロナ禍の影響を受け、1年前倒しして広島で転職先の蔵元を探していた。
「馬上酒造の存在は知っていた。だが、蔵の銘柄を飲んだことはなく、とりあえず酒蔵見学を申し込んだところ、県内では無くなりつつある伝統的な道具が現役で稼働しており驚いた。ここで酒を造りたいと社長に思いを伝えると、その気持ちはうれしいが、もう辞めようと思っていると断られた。次の春に改めて電話すると、酒造りについていま一度話を聞かせてもらいたいという返事ですぐさま駆けつけた」
今後の酒造りの方針を話し合い、そして昨年11月に蔵入り。12月に初めての酒を送り出した。
「この蔵には代々受け継がれてきた伝統が生きている。これまでの馬上酒造の個性がなくなるのではと心配する声もあったが、この蔵と熊野の気候で真っ直ぐな酒造りを行えば、自然と馬上の酒に仕上がる。昔ながらの製造手法は手間がかかり、さまざまな制限がある一方、ここならではのブランドに育てられる可能性がある」
コロナ禍が酒造業界に深刻な影響を及ぼす。だが、怯(ひる)むことはない。これまでのつながりを生かして販路を広げ、SNSでも発信。生涯を懸ける覚悟だ。
歴史をのぞき、未来図へのシナリオを描くと、いま何をなすべきか、将来のあるべき姿が見えてくると言う。
本誌の懸賞論文「10年後の広島の自動車産業のあるべき姿」で最優秀作品に選ばれた寺田高久さん(67)の提言を抜粋し紹介したい。(要約)
「自動車からモビリティ、そしてMXへ」あらゆる経済活動の根本には移動がある。それが廃れることはない。移動は永遠だ。いま自動車と呼ぶより、多様化したドローンやロボットも含めて、幅広くモビリティと呼ぶ時代が迫っている。そのモビリティに関する革新的な潮流を、ここでは「モビリティ・トランスフォーメーション」(以下MX)と命名しよう。MXに特化した新しい町おこしを行い、広島全体が自動車、ドローン、ロボットを生産する「MX特化都市域」となるよう、産業転換を仕組もう。
のっけから未来図を示す。本論から離れるが、シナリオ法を採用した理由の一つは、未来の社会環境が現在の延長上にあるとは限らない。逆に10年前、リーマンショック後の世界同時不況でデフレ経済に突入。東日本大震災で原発停止が相次ぎ脱原発、脱炭素の流れが世界的に加速。デジタル化の流れも大潮流になった。最近ではパンデミックで人流が停止。一つの契機で関連する事象が連鎖することなど誰も予測できなかった。だから科学的手法では不連続に起こる変化の予測は困難。
二つ目の理由は、ニーズ掘り起こしからマーケットの課題が発見され、新ビジネスが編み出されるメカニズムが必ずしも上手くは機能しない。そんな予測が完璧にできるはずもない。まして「MXやMX特化都市域」などへの道筋は予測不能だ。課題を発見した時、すでに手遅れになっていることが多い。ビッグデータをAIでリアルタイムに解析し、データドリブンな対策を立案するデータサイエンスの時代に変わりつつある。
マツダブランドの国内シェアは4%。4%には4%の矜持(きょうじ)があり、スパイスの利かせ方があると言う。自動車産業のあるべき姿を想像し、その姿を現状と比較して差異を明らかにし、将来の姿を予測できれば道筋は自然と見えてこよう。その意味で本稿は今後の自動車産業のあり方をバックキャストし、コンセンサスを醸成するツールである。
オープンイノベーションにもつながる毛利の三子教訓になぞらえ、「地域の要となる自動車メーカーがまさか愚行を演じるとは思わないが、もしそんなことになれば広島の街が破綻する」とズバリ。
次の四つを提言する。①「策略と変化への即応」戦国時代にも似る競争と提携が繰り広げられ、合従連衡も避けられない。その仕掛けは三子教訓に倣うべきであり、はかりごとは計画的、組織的にされるべきだ。②「イノベーションの重視」自前主義も大事だし過去の成功体験も大事だ。より大事なのは地域にエコシステムを整備し、社外人材や異業種を取り込んでイノベーションを起こす。③「新たな興業」を支援する。④「あらゆるコラボレーションへ」産学官金はもちろん、起業家やスタートアップ企業も含めたM&Aも交え一致協力しよう。
新しい広島の姿を描く提言の全文を専用サイトに収録。ぜひ読んでいただきたい。
明日、広島を支える産業は何か、現在の自動車産業と産学官金は一緒に何ができるのか、熱をもって話し合おう。個人や一社だけの知では到底勝ちきれない時代になった。集中と「オープンイノベーション」でこの難局を乗り越えていこう。誰かがやってくれる、ではなく、俺が、私が広島を変えていくのだ、という一人一人の精神こそが大きなイノベーションにつながることは間違いない。
最後に、過去、広島の人たちは何度も倒れては立ち上がってきた。幾度となく過酷な危機を乗り越えてきた。そのスピリットは確実にわれわれに脈々と受け継がれている。われわれは一人ではない。さまざまな人と話し合ってみよう。対話と行動こそ最初の第一歩−。と締めくくる。
一点集中のトップ技術開発の戦略と、その一点集中によるリスクを回避するためのオープンイノベーション。さらに広島人のチャレンジスピリットを重ね、どんな革新が飛び出してくるだろうか。尾上さんの提言はふるさと広島への思いが底流にあり、別項で東洋工業(現マツダ)の歩みにも触れている。
近代の広島の発展と繁栄の歴史はマツダなしで語ることはできない。幾度も時代の波にさらされ、企業存続を脅かされてきたマツダはそのたびに不死鳥のごとくよみがえり広島を発展させてきた。広島でイノベーションを起こした革新的な企業である。コルク板や機械工具などを生産し、そこから削岩機、工作機械、小型四輪トラックの製造などを経て自動四輪車の製造へと進化している。
また、産学官金とも密接に関わってきた。現在の南区にあるマツダ宇品工場は、県が公共工事として1954年ごろに埋め立てを行い、そのほとんどを東洋工業に払い下げている。そのおかげで広島の湾岸部に大きな生産拠点を立ち上げることができ、広島の発展に大きく寄与。金融機関からの支援が経営を幾度となく救ってきたことや、地元大学との共同研究による技術開発など、産学官金とともに歩んできた深い歴史がある。
秘密工場
やはりマツダの歴史を語りたかったのだろう。少し横道にそれるが、世界で初めてロータリーエンジンの実用化に成功した山本健一氏(後に社長、会長)の話。東京帝国大学から海軍少尉として招集され、終戦後に東洋工業へ。設計部次長時代に軽三輪トラックの秘密工場をつくり、プロトタイプを制作。後に社長の承認を得るという離れ業で、K360の発売につなげたという。一歩踏み外すと、わが身を危険にさらす賭けだったが、敢然と革新に挑み、胸を躍らせていたのだろう。
いま、イノベーションを起こすための取り組みが世界中で行われている。ドイツのベルリンや愛知県では一定の分野に特化した開発施設などを用意し、世界中からスタートアップを集めてオープンイノベーションの仕掛けを作る。
「世界の情勢を読み、他地域の取り組みを参考にし、広島の過去のイノベーションの経験を生かし、いまこそ産学官金が同じテーブルについて、明日のイノベーションを起こすための開かれた話し合いを始めるべきだと思う」
残された時間は多くない。
スマートフォンなどの一つのインターフェイス(境界)から複数のサービスへ接続することが加速している。企業のサービスだけではなく、国や自治体、商取引から医療や介護、農業、工業までありとあらゆる分野が平等につながり始めている。サービスの提供者は受益者目線で自社のサービスを見直し、他のサービスと対等に横でつなぐ発想がなければ、待っているのは自社サービスのガラパゴス化なのだ。さまざまなものに接続できるスマートフォンが、接続できない商品、サービスを駆逐してきたことを目の当たりにしている。
広島の自動車産業のあるべき姿はどうか。自動車やモビリティもまた、ある分野、技術に特化し、さまざまな業界や業種と連携、接続することが可能で、世界と戦える「グローバルニッチトップ技術」を深化させることに尽きる。それは安全品質の高い車体製造技術かもしれないし、美しい自動車のデザイン性かもしれない。または、もう自動車とは関係ない製品の製造技術かもしれない。
その選択は慎重に考え、決断する必要があるが「全てをやる」という戦略から「集中する」という戦略への転換を広島全体の戦略として実行する。そして、その先に特定の技術、領域において世界から求められる自動車産業が広島に存在している。それがあるべき姿ではないだろうか。
一点突破の戦略はとても大きなリスクを抱えている。基本的な企業の生存戦略としてはいかにリスクを分散し、あらゆる環境変化に対応できる体制を広く構築することが正しい。しかしそれでは世界の競争にはとても追いつくことができない。そこでもう一つの提言は、産学官金が協力するオール広島で広島の自動車産業だけでは足りない技術やサービス、資金、アイデアを補うオープンイノベーションを実行する。
地域が総体になり、地域にある資源(人、モノ、金、時間)をどこへ集中的に投下していくのか。地域の永続的な発展をどう促すのか、それを一人一人自分事にして考え、正しく知り、正しく伝え、正しく行動すべきだ。従業員が一人のスタートアップの社員でも、従業員が3万人を超える大企業の社長でも同じ平等の仲間なのだ。
自動車産業をはじめ、広島の産学官金の組織は秩序を乱してしまう他所(よそ)者、若者、馬鹿者と呼ばれるイノベーター(イノベーションを起こすことを志す者)にチャンスと権限を与え、他地域からの知識や経験の導入、若い人の前のめりの挑戦意欲への支援、周りの空気を読まずに独走し、ムーブメントを起こせる者への後押しを行っていただきたい。彼らをリーダーとしてたたえ、しっかりとフォローしていくことで広島にイノベーションの気運を醸成することを始めるべきである。
異質なものが混ざり合うことによって化学反応が起きるのは人間も化合物も一緒である。この混ざり合うチャンスを広島のいたるところに創っていくべきだ。自動車産業関係者だけではなく、あらゆる業界から志を持った人々が集い、明日の広島をどうしていくべきか、いままさにすべきことである。以上が尾上さんの提言の骨子。マツダの歴史にも触れている。−次号へ