広島経済レポートの記者が注目する旬の話題をコラムで紹介。
自由にやってよい。そう言われて、大いにやりがいを感じるのか、戸惑って途方にくれるだろうか。企業や団体などの組織に所属していると、自主性と協同などをめぐり、どう組織を調和させるのか、何のために仕事をしているかなどと、誰しも素朴な疑問にぶつかったことがあるのではないか。
出社時間も服装も自由。給与は自分の働き方とその貢献度を自ら評価し、自己申告する。会社の目的を実行するための活動なら自己責任でそれを実行できる。自治体コンサルティングを手掛けるE.S CONSULTING GROUP(中区大手町)は、社員の自己責任と自由に軸足を置くユニークな就業規則、人事評価制度などを導入する。社員の人間性を信じる考え方が根底に流れる。
同社の佐藤祐太朗(37)CSO(最高戦略責任者)は地元銀行、会計事務所の営業を経て独立。2019年3月に設立以来、3期連続増収を達成し、数人から始めた従業員数は14人に拡大している。
「経営を指揮する立場に立って、改めて組織とは何かと問い直した。私自身は前職で心身のバランスを崩すことがあった。懸命に働いている人が必ずしも幸せそうに見えなかった。経営学的には、1人では実現できない困難な目的を達成しようとするとき、複数の人間の協同で行う。それを組織と言うが、それだけでは不十分。社名のES(従業員満足度)は、みんなが幸せを感じることができる働き方を突き詰めて考え、その目的を実現させる決心を込めた」
会社理念を実現するための相乗効果を図りつつ、全員が幸せになれる組織はないか。フレデリック・ラルー著「ティール組織」に出会って、大きな示唆を受ける。
「組織は猿の群れのボス猿を頂点とするようなトップダウン型からピラミッド型、達成を重視する実力主義型など、時代とともに変化している。ティール組織は個人の自律と性善説によって統治を放棄するという、より高次元の考えが根底にある」
同社が存在意義としている「地方自治を駆り立てる」と共鳴し、共感できたと話す。
しかし日本企業にティール組織のモデルケースはまだ少ない。社員に意見を募り、話し合いながら新しい組織をつくり上げていく方針だ。企業を一つの生命体として捉え、会社は何のために存在しているのか、社員一人一人は何のために働くのかを明確化。会社目的を実現するための活動であれば自ら意思決定して良いとし、上司の承認というプロセスを不要とした。経費や日々の行動などもクラウドアプリで見える化。読書などで得た知識もシェアして集合知を高め、社員の成長と環境変化に素早く対応する組織体を描く。効率化や収益の最大化を図ろうとすると無理が生じる。たとえ成長意欲の低い社員がいても、その価値観も認める風土が大切と言う。
「当社では江田島に移住してキッチンカーを営業しながら地域活性化に取り組んでいる社員がいるが、収益だけを考えたら非効率。会社の目的と社員が大切と考える価値観や生き方などを実現するバランスが大事だ。もし会社に終わりがきたら、社員とその家族から勤めて良かったと思ってもらえる組織にしたい」
5月に開業した安佐市民病院(安佐北区)の2〜5階エレベーターホール壁面を、グラスビーズを編み込んだ鮮やかな内装アート作品が飾る。横長で大きさは3×1メートル。多彩な色合いのビーズや他の素材も組み合わせ、さまざまな色柄を表現。朝方や夕方、見る角度によって光を反射し、その表情を変える。患者の治癒力を高め、その家族や病院スタッフに安らぎを与えてくれるヒーリングアートとして創作された。
ビーズ業界の常識を覆す、画期的な技術が組み込まれているという。これまで手作業で刺しゅうし、小物やアクセサリーなどを作っていたが、同作品は全てミシンによる自動化で完成させている。
簡単ではなかった。ビーズを製造するトーホー(西区)と、刺しゅう機メーカーの二つの技術が重なり、開発に成功。同病院の壁面はその苦心を隠し、人の心を和ます。トーホーの山仲巌社長は、
「紀元前から続くビーズの歴史が変わったと言っても過言ではない。われわれは直径わずか2ミリのガラス製ビーズを寸分の狂いもなく造る。刺しゅう機械でビーズを高速で刺し、多様なデザインを表現できるようになった。病院や福祉施設、駅や空港などのターミナル、公共建物や商業ビルなどのインテリア、サイン・ディスプレー業界向けにビーズの需要を広げていく大きな可能性を示した」
7〜8年前、刺しゅう機メーカーの問い合わせが発端だった。中国製などのビーズは直径や穴の大きさなどが不均一なため機械刺しゅうの試みが行き詰まり、そこでトーホーに相談があった。形状にほぼ誤差のない最高級品質の「Aiko Beads」を造り、世界のオートクチュールブランドから依頼を受けるなど品質に自信はあった。
「半信半疑だったが、実現したら面白そうだという期待感もあり、先方の要望に応え続けた。当初は既存のビーズを試したが、なかなかうまくいかない。最終的には専用品を開発することに決めた。求められたのはコストと精度の高さ。そのバランスを取るのに苦労した。完成させたビーズは通常品と直径はほぼ変えず、穴の大きさを広げた。つまりガラス部分が薄い。当然割れやすくなり、製造工程の難易度は上がる。これを実現できる技術力が誇りだ」
創業者の故・山仲一二さんは「打ち込め魂一粒に」をスローガンに、品質にこだわり続けた。1000℃を超える溶解炉で溶かした40センチほどのガラス棒を、中央に空気を送り込みながら約40メートルまで引き延ばす。出口にたどり着くまでに冷え、2ミリに切断して完成する。製造工程はおよそ30に及ぶ。その日の気温や原料の状態を判断し、調合や引っ張る速度を調整するなど、経験に裏打ちされた職人の技が現場を支える。
2020年に専用の刺しゅうミシンが完成した。ミシンを導入した全国の刺しゅう店と連携し、営業に乗り出そうとした矢先、新型コロナ禍に遭遇。主力取引先のアパレル業界に甚大な影響を及ぼしたが、安佐市民病院の実績を皮切りに、機械刺しゅうによるビーズの新しい市場を探る。
「建て替えが進む広島駅など地元のランドマークに採用を働きかけ、広島の街をビーズで彩りたい」
軍を指揮し、兵を前へ進めるか、退くか。とりわけ撤退戦ほど困難を極めるものはなく、戦国時代に信長、秀吉らの有名な退(の)け陣が伝わる。
自陣を撤退させて敵兵を背にすると軍に恐怖心が走り、統率は乱れに乱れ、全軍われ先にと逃げ出す。敵兵は一気呵成(かせい)に襲い掛かり、あわや国を滅ぼす最大の危機に遭遇する。信長唯一の撤退戦で、人生最大の危機になった「金ヶ崎の退き口」は、信長が越前の朝倉義景領へ侵攻し、金ヶ崎城を攻めるさなか、背後から浅井長政の軍が迫り、極めて不利な迎撃を避けるために撤退を決意。その退け陣は非常に統率が取れており、見事だったという。
秀吉の「中国大返し」は、信長が光秀に討たれる本能寺の変を知るやいなや、備中高松城で毛利軍と対陣していた秀吉軍を電光石火のごとく反転させ、瞬く間に山崎の合戦で光秀を破り、やがて天下へ向かう分岐点となった。
前へ進めるか、退くか。会社存亡の岐路に立ったとき、どう采配を振るのか、企業トップの真価が問われることになる。判断を誤り、失敗すれば会社はたちまち潰れる。先を読み、見事に戦線を縮小して成功を手にした例もある。
門や塀などのエクステリア用の化粧れんがを製造する竹原市の松本煉瓦は1938年に創業し、64年に日本工業規格表示認可工場を取得。高度成長期の波に乗り、盛んな公共工事や住宅建設需要を受けて赤れんがを主力に20億円近くを売り上げ、全国トップクラスへ業績を伸ばした。
だが、バブル経済が崩壊。受注量が激減し、素早く戦線縮小を決断した。松本好眞会長がいまから30年近く前、40歳で5代目を継いだ頃の話をしてくれた。
「売上高は伸びても利益が付いてこない。このままでは潰れてしまうという危機感があった。そうした折の社長就任後に、売り上げを落として利益を重視すると宣言。それから20年以上をかけて徐々に売上規模の縮小を図り、ようやく利益を確保できる経営体制になった。意図的に売り上げを減らすのは、増やすよりも数倍難しい。会社の全ての数字を細かく把握していないと簡単には落とせない。いまは少子高齢化時代。要らないものはどんなに安かろうと売れない。価値あるものは高くても売れる。一歩先を読み、体力があるうちに会社をいかに小さくできるかが重要。例えば、規模縮小によって製品供給責任や原材料高の影響も少ない。戦略なき戦いに勝算を立てることは難しい」
赤れんが主力から脱し、いまはビンテージ調などの付加価値の高い商品開発に力を入れており、商品数は700種を超える。多品種少量生産を貫く。新たな需要を掘り起こし、見事に困難な戦線縮小を図って陣形を立て直した。昨年8月、会長に退き、長男の真一郎さんが6代目の社長に就任。意に反してか、ここ数年は売り上げ、利益共に上向きという。社長とスクラムを組む次男の真明専務は、
「増収増益は事業ポートフォリオ見直しの結果。しっかりと戦略を練り、業績を伸ばすことができた。会長の路線とは少し異なるが、いい会社にしたいという思いは同じ。親子でも見方が異なり、互いの意見のせめぎ合いが楽しい」
強い信頼があるのだろう。
にわかに日本酒が海外で人気を呼んでいる。昨年の輸出額はコロナ禍で落ち込んだ前年から66%増の401億円に上り、輸出数量は47%増の3万2053キロリットルと共に過去最高を記録。相手国は輸出額100億円を超えた中国が米国を追い抜き、初めて1位。次いで米国、香港向け。2013年に和食がユネスコ無形文化遺産登録を機に日本の伝統的な食文化が一躍、海外でブームになった。
日本を訪れた観光客らの口コミで広がり、各国の主要都市に日本料理店が増えたことも日本酒の需要を大いに刺激したようだ。だが、国内では1973年の出荷量170万キロリットル強をピークに減り続け、昨年はピークの4分の1以下にまで落ち込んだ。
この流れに立ち向かうかのように、酒商山田(南区宇品海岸)は〝日本の酒〟に特化した酒類販売の戦略を立てた。2022年3月期決算で前期比12%増の売上高10億2100万円、経常利益は23%増の3421万円を計上。小売り80%、卸売り18%、海外向けは2%に過ぎないが、2年前から輸出に乗り出し、前年比2.7倍と大きく伸びた。山田淳仁社長は、
「昨年夏、米国の事業パートナーと約2週間をかけ、定評のある9蔵元を訪ねた。土地柄や気候、歴史など銘柄にまつわる物語が酌み交わす場を豊かに彩り、味わいを一層深めてくれる。商品を売り込むだけでなく、物語を知れば興味や関心が湧いてくる。コロナ禍で海外へ日本酒文化を発信する活動は足踏みしたが、いまはオンラインで個人や企業と面談を重ね、現地パートナーの発掘を進めている最中。国ごとに日本酒の発信力を高めていきたい」
実働する酒蔵は全国で約1000と言われ、うち95%以上は中小や個人の蔵。工業製品ではない、小さな蔵のこだわりや酒造りにかける情熱を丁寧にすくい上げることが、日本の食文化を支えることにつながる。海外のワインやウイスキー、ビールなどに勝るとも劣らない日本酒の魅力を知ってもらう。酌めども尽きぬ酒の魅力を国内外へ発信するサポートこそが、わが社の使命と言い切る。
酒類業界を盛り上げ、酒屋を復活させたい。その信条から、酒屋向けのオリジナル酒を相次ぎ商品化している。全国の蔵元を訪ねて選りすぐった逸品銘柄に、提携デザイナーと組んで新しい魅力を付加したシリーズ「コンセプトワーカーズ・セレクション」(CWS)や、ワイン樽で熟成させた新感覚の日本酒「FUSION」、酵母の香りから想起する果物をラベルにデザインした新酒シリーズなど。ラベルコレクターも現れているという。一方で、9月末に西武池袋本店に直営で出店する。酒商山田の店づくりに勝算をみた西武担当者から取引先の蔵元経由で、酒売り場を任されることに。初の東京進出だ。今期は売り上げ14億円を見込む。31年の創業100周年に臨み、新たに〝独創的価値共創企業〟のコンセプトを打ち出す。
目には青葉、山ほととぎす初鰹。初モノを喜ぶ江戸っ子に限らず、全国各地、四季折々の旬の味わいは格別。いまならパリッと塩を利かせた焼き鮎に、切子の猪口(ちょこ)をひんやりと満たす冷酒がいい。日本に生まれてよかったと思う。
絵や音楽、スポーツなどは生涯の友になり、人生を豊かにしてくれる。そう気付くのが遅く、趣味のことなども、もう少し熱心にやっておけばと思うが、人生100年、まだ遅くないぞと叱咤する。
子どもの頃、夢中になると上達も早い。とりわけスポーツは仲間が広がる。感動があり、困難に挑戦する勇気を与えてくれる。こうして経験値を重ねた価値は大きい。
介護・福祉関連の冊子などを多く手掛けるタニシ企画印刷(中区舟入川口町)は7月中旬、東広島版の地域ジュニア応援新聞「スポラブ広島」を創刊する。子どもらのスポーツ活動を幅広く取り上げ、プロスポーツの話題も載せる。先に島根と鳥取県で同様の新聞を発行するNPO法人日本スポーツNEWS(鳥取県西伯郡大山町)から受託し制作発行。年4回を目途に同市の小学32校、中学18校の全校児童・生徒約1万7000人をはじめ、図書館や生涯学習センターなどに無料配布する。田河内伸平社長は、
「中小企業家同友会の会員企業から、広島で同新聞を制作発行しないかと依頼が舞い込み、引き受けることにした。私も高校時代にホッケー部に所属し、根っからのスポーツ好きだったから迷いはなかった。地域がスポーツの力で元気になり、広く交流を深めていくきっかけ、橋渡し役になれればと願っている」
紙面は、中学校のクラブ活動やスポーツ少年団の紹介をはじめ、試合や大会の結果報告のほか、県内の企業経営者らがリレー方式でスポーツにまつわるエピソードや思いなどを載せる予定。子どもの豊かな成長を促し、地域が一体となってスポーツ活動を応援しながら気運を盛り上げていく編集方針を打ち出す。
編集担当の潮秀美さんは可部アスレチッククラブの代表コーチも務める。陸上競技を通じて仕事も子育てもブラッシュアップしているようだ。最近の子どもたちについて、
「スマホでテクニックなどの知識が豊富になり、瞬間的には成果を出せても、運動量が少なく持続性に欠けると感じている。基礎体力は外遊びやいろんな体の動きの積み重ねがあってこそ維持、増進できるもの。いまこそ基礎を大切にすべきときと思う」
誌面で子どもたちのスポーツ意欲を底上げできれば、やがて真のスポーツ王国復活につながり、地域がもっと元気になるはずと力を込める。賛同する企業、地域の応援があって成り立つフリーペーパーだが、創刊と併せて専用ホームページも開き、動画配信なども計画。東広島に続き、発行対象地域を広げていきたいと意欲をにじます。
同社は、介護保険制度開始に合わせて帳票類から介護現場に役立つグッズなどもトータルに提供するサイトや、ラインを使う介護記録に特化した訪問介護事業所向けシステムサービスなどを手掛ける。別会社で市内初のFC加盟による児童発達支援事業所コペルプラス古江教室を運営。主に4〜6歳の70人が利用している。田河内社長は、
「子どもの発達には凹凸があり個性的な特徴を持つ幼少期の療育がきっかけで、秀でた才能を伸ばす子も多い。その可能性を引き出し、社会全体で育んでいきたい。誰かのために役立つことができれば本望です」
何のために仕事をしているのかと一喝された。漫然と目先の業務をこなすだけでは、気付かないうちに仕事の本質を見失う。上司から予想さえしなかった大目玉を食らったことが、転機になった。
キリンビール(東京)の企画部部長で、2020年に広島県の初代CBO(チーフ・ブランディング・オフィサー)に就いた山田精二さん(57)が30代の頃の体験を明かしてくれた。営業からマーケティング部に移って4年目。上司から仕事内容を問われて、担当していた糖質オフの発泡酒「淡麗グリーンラベル」の商品開発と答え、何と大目玉。
「仕事には具体性がないといけないと思っていた。酒の業界に健康という価値を持ち込み、新たな市場を開拓するという視点が欠けていた」
仕事への姿勢が変わった瞬間だった。糖質カットのビールはおいしくないイメージがあった当時、競合メーカー共に同ジャンルでのヒット商品がなかった。担当する商品を売るだけではなく、自ら市場を創り出す広い発想を求められた。コンセプト設計から商品開発、パッケージ、販売まで一貫した戦略をつくり、既存品の3倍を売り上げる異例のヒットを飛ばした。
いまは企画部を引っ張り、そして月のおよそ3分の1を広島県政の仕事に充てる。
「県のブランドづくりやマーケティング戦略を加速させたいという湯崎知事から当社に打診があり、マーケティングに長く携わった広島出身の私に白羽の矢が立った。CBOの使命は広島ブランドを再構築すること。平たく言うと広島の評判を上げることです」
ブランドづくりの前にまずは人づくり。職員にマーケティング思考を根付かせるために「CBO塾」と名付けた約4カ月1クールの学びの場を設け、各回に30代前半を中心とする10人ほどが参加。座学だけではなくそれぞれに課題を与え、最後は湯崎知事への直接プレゼンテーションで締めくくる。
「真のマーケティングは人づくりから始まると思う。さまざまな施策に取り組む職員がどのような姿勢で仕事をこなすのか。縦割りの仕事は効率的だが、一つ一つの仕事が県民の幸せにつながっているという発想が抜け落ちてしまう。まずは庁内に意識を浸透させたい。自走する組織になれば、それは大きなうねりになる」
3月に県内外の人へ向け、広島の魅力や誇りをより感じてもらおうと「明日への元気をくれる」県という統一イメージを打ち出した。復興のエネルギー、豊かな食文化、スポーツへの情熱、都市と自然が近接した質の高い暮らしなどを元気の言葉に込めた。併せて発表したシンボルマークの活用を企業に働きかけるなど、県民一体で機運を高めていく狙いだ。
「ブランドづくりは一朝一夕に進まない。例えば居酒屋の店主は料理を提供する時に広島にまつわるストーリーを語ってほしい。瀬戸内のどこで採った魚だとか、広島の魅力を自慢してもらいたい。それだけで来店客の満足度は確実に高くなる。莫大な広告宣伝費を投入するPR手法もあるが、広島ブランドの底上げは県民の小さな積み重ねが大きな力を発揮する」
もう一つ、カープのひと踏ん張りも期待したい。
吟醸酒のふるさと、西条の中心部にある東広島市立美術館は2020年11月に移転オープンし、コロナ禍に配慮しながら順調に滑り出した。酒と美術。緑豊かな田園風景が広がる地方都市の魅力をブレンドし、県内外から多くファンが訪れるという。
中国地方では最も古い市立美術館で、1979年に八本松町に開館し、移転後は芸術文化の拠点として新たなアートの風を吹き込む。
今年第1期のコレクション展「あこがれの先に」が始まった。7月24日まで。作家の踏み出す第一歩に〝憧憬(しょうけい)〟があり、尊敬や感動から心を揺さぶられた経験があこがれとなり、表現活動のコアになるという。松田弘館長は、
「土の塊のようなオブジェを創作した備前焼作家で人間国宝の伊勢﨑淳は、詩人で美術評論家の瀧口修造を介し、ピカソやダリと並ぶ巨匠ミロにあこがれてスペインを訪れている。あこがれが創作活動の源につながったようだ」
同展では作家のあこがれを手繰り、鑑賞に奥行きと広がりを添える。NHKテレビ番組びじゅチューンでおなじみの井上凉の浮世絵作品など43人、76点を展示。作家の心の旅に誘ってくれる。所蔵作品は現在、版画や陶芸、地域ゆかりの作家の1066点。コレクション展は年4回。第2期テーマは〝こども〟と〝平和〟を予定。
「アートは発想の宝庫。インスピレーションを刺激し、知性を更新する力を持つ。日常の中で非日常に出会える美術館は見る人の感性と知性に訴え、発想の更新を促してくれる場所だと思う。テーマによって鑑賞のアプローチの仕方を変えると同じ作品でも見えていなかったものに気付く。知的好奇心のアップデートもできる。アートは特定の人だけのものではなく、われわれの生活の一部。社会、歴史と常に響き合って、いまを生きている私たちと一緒に呼吸している。行き詰まった時や何かを切り拓こうとする時、自らを奮い立たせてくれる大きな源泉になってくれる」
開館以来、特別展を成功に導く。企画に臨み、デジタル化と高齢化する社会を念頭に置いたという。PIXARのひみつ展(2月11日〜3月27日)はアニメキャラクターの魅力のみならず、3DCGアニメを支えるデジタル技術の粋を体験型による展示手法で楽しく伝え、予想を上回る5万7000人超を動員。中国新聞創刊130周年と中国放送開局70周年記念として広報の後押しも大きかった。
グランマ・モーゼス展(4月12日〜5月22日)も予想以上の9500人超を動員。70代で絵筆を握り、80歳で初個展を開いた米国の国民的画家の生き方に刺激された方も多かったのではないか。
同館指定管理者のイズミテクノは県立美術館、びんご運動公園などの公的施設運営の実績を生かし、快適で居心地のよい空間づくりに知恵を絞る。市内の全小学校4年生を対象にバス鑑賞も定例化。同市は子育て世代が多く、広島大学があり、研究機能の拠点もある。そうした関係機関、市民との地域連携から生まれる可能性に期待を寄せる。
「地域の特性を生かしながら国際交流の一役も担い、そして地元に親しまれる美術館を目標に、生きる喜びに出会える場になればうれしい」
当時は意表を突くアイデアだった。発芽野菜生産で日本一の村上農園(佐伯区)はしたたかに危機を乗り切り、売上高100億円企業へ成長を遂げる。土壌を見極め、市場を見極め、考え抜いたあげく決断。その頃の主力生産品だった「紅タデ」、「カイワレ大根」から大転換を迫られる事態に遭遇し、その都度むしろ豊かに地力を養った。
1966年に設立(78年法人化)以来、生来の負けじ魂と創意工夫の取り組みがある。得意を生かす考えが根本にあり、葉になる前の若い「発芽野菜」分野にとことんこだわった。96年に病原性大腸菌O-157の感染源がカイワレ大根とする風評被害を受け、大打撃を受けるが、素早く豆苗にシフト。業績をV字回復させた。以降もブロッコリースーパースプラウトやマルチビタミンB12かいわれ、マイクロハーブなどを相次ぎ投入し、先頭を走る。村上清貴社長(61)は、
「発芽野菜ひとすじ。当時は日本になかった野菜や一般に出回っていないものに目をつけた。効果的な栽培方法を考案して〝農業の工業化〟を図り、生産センター拡大などで急速に普及させた。39年に創業した村上ナヲヨ(故)、そしてカイワレ大根に事業転換した先代社長の秋人(故)の姿を見て、世にないものに着眼する重要性を学んだ」
もはや村上農園の遺伝子なのだろう。抗酸化力を高める成分が豊富なブロッコリーの発芽野菜は米国ジョンズ・ホプキンス大学が持つ国際特許の権利委託先BPP社とライセンス契約。日本で初めて生産を始めた。
機能性を確かめて野菜を選ぶという考えが広まり、新たな需要を掘り起こす。発芽野菜の英語訳「スプラウト」と銘打ったことも斬新で、消費者の注目を集めた。健康志向を背景に、テレビの情報番組などでしきりに取り上げられるなど追い風が吹く。発芽野菜のレシピ考案や本の刊行、インターネットによる情報発信にも力を入れる。次第に〝業界の仕掛け人〟と言われるようになった。
「自ら考え、行動し、諦めずにやり抜く〝考動〟の人材を育成。価値創出の原動力となっている。農作物は天候などによって収穫量や品質が変わり、価格が左右される。当社は全国10カ所の生産拠点でウェブカメラによる成長観察の記録などを一元管理し、環境データも参照しながら専用施設で栽培。安定供給を実現した。また、好景気によく手にとってもらえる高価格帯の商品と、景気が悪くても堅調に売れる低価格帯の商品を経営の両輪に据えたことで、外部環境によるリスクヘッジを図っている」
プロフェッショナルの技、知恵を磨く。2021年2月にコンピューター自動制御の栽培装置などを備えた完全人工光型の植物工場を山梨に新設。将来は蓄積したデータを基にAIが適格な指示を出す仕組みをつくり、勘や経験に頼らない農業を目指す。こうしたノウハウをライセンスとして外国企業に供与し、新たなビジネスに育てる狙いだ。
「農業をブレーンビジネスと捉えた〝脳業〟がテーマにある。みんなと同じことをしても成長は限られている。われわれの前に道はなく、後ろに道ができると信じて、歩みを進めたい」
ピンチはチャンス。泥にまみれて火に焼かれる塗炭の苦しみから活路を開く。そうしたビジネス界の事例は枚挙にいとまがない。あわや倒産の危機から脱し、全国一へと飛躍を遂げた広島の企業を紹介したい。
スプラウト(発芽野菜)生産の村上農園(佐伯区)は大きな危機が2度あった。創立者の村上秋人さん(故)が旧制農学校を卒業後、県経済農業協同組合連合会の勤務や針工場経営などを経て1966年に会社設立。刺し身のつまになる「紅タデ」を栽培し、土にまみれて日々精を出すが、最初の危機が訪れる。
77年ごろに漁業専管水域が定められ、漁獲量の減少と紅タデ消費量への影響を懸念。将来立ちゆかなくなるのではないかと不安が募る。そこで、当時は一般家庭の食卓に並ぶことのなかった高級食材のカイワレ大根に目を付け、生産品目の転換を決意。農家を訪ね歩いた。主流の砂耕栽培は散水の際に葉の裏に砂が付く。水耕栽培は日持ちしない。負けん気に火がついて研究に没頭。78年に特殊なマットを使う水耕栽培に成功した。流通価格の引き下げにつながり、「かいわれ巻き」を考案するなど需要を喚起する提案と相まって、瞬く間に普及。他社の参入が相次ぐが、〝農業の工業化〟による合理化や品質向上で全国一のシェアを獲得する。2代目の村上清貴社長(61)は、
「先代は、私の祖母の姉の三男に当たる。私は山口出身で広島大学進学が決まると、うちから通学しろと居候させてくれた。夏休みなどにはアルバイト扱いで一緒に農作業。毎朝5時に農園へ出掛ける先代の姿を見て、勤勉の何たるかを教えてもらった」
大学卒業後もうちにこいと引き留められたが、東京への憧れからリクルートに入社。約10年後の93年に再び誘われて村上農園に入り、新商品開発などに励む。しかし3年後予想さえしなかった最大の危機にさらされる。病原性大腸菌O−157の感染源がカイワレ大根だとする風評被害に遭遇。後に事実無根と判明するが、売上高は半分以下の10億円を割り込み、大幅赤字を計上。7カ所の生産拠点のうち4カ所を休止した。
「同業者も次々と倒産し、追い込まれた。手を打たねばならない。ちょうど開発を終えていた豆苗(とうみょう)(エンドウの若菜)を本格投入。カイワレ用だった栽培スペースを充て、どんどん生産。社員総出でスーパーなどの店頭に立った。安価で栄養価の高い新野菜がターゲット層に届き、奇跡的に1年で黒字転換できた」
過去2度の危機が会社の底力を押し上げ、その後も多彩な新商品を次々投入する。
「経営に大きな影響を及ぼす外部環境の変化はもちろん、消費者意識の移ろいなど、良い物を作るだけでは売れないと骨身にしみている」
料理レシピで需要を掘り起こし、本やネットで消費者へ伝え、業績は右肩上がり。そんな折、2007年に先代が脳腫瘍で倒れ、手術前日に「養子になって経営を継いでほしい」と相談を受ける。
「田村から名字が変わることにためらいはあったが、会社への愛着や、健康に貢献する野菜を届け続ける喜び、使命が真っ先に思い浮かんだ」
100億円企業へと成長した勘どころなど、次号で。
何を目的に経営されているのですか。そうした率直な質問に、はっとさせられることがある。学生が地元企業の経営トップにインタビューし、その答えに何を感じ、何を考えたか、文章に起こす。広島女学院大学と本誌発行の広島経済研究所は5月18日、包括連携協定を結んだ。学生が企業に足を運び、経営者の言葉に直接触れて、人生のキャリアに対する価値観を養っていく同大の授業「キャリア・スタディ・プログラムⅡ」(2年生前期・必修)の一環で、本誌企画「学生インタビュー」シリーズを共同で展開することになった。
取材する前にどんな会社なのかを調べ、どんな質問をぶつけるのか。どのように記事をまとめるのか。調べる、学ぶ、考える。大学構内を飛び出して実践する試みだ。この学生インタビュー企画に応じていただいた企業は、
広島市信用組合(金融)、山根木材グループ(住宅)、ひろしま管財(ビルメンテナンス)、ノサックス(安全靴)、シンクグループ(建設)、ナガ・ツキ(コンクリート2次製品)、リライアンス・セキュリティー(警備)、オフィスフローレ(健康・美容)、東洋商事(アミューズメント)、タイヨー(廃棄物収集)、ミクセル(研究支援)
の計11社。業種や企業規模も異なり、学生約50人は取材先ごとに4、5人に分かれて計11チームを編成。既に下準備に入り、取材、編集作業などを経て8月以降、本誌の企画コーナーやウェブ「ひろしま企業図鑑」に随時掲載する。弊社発行の「ひろしま業界地図2023年版」内にも特集ページを設けるほか、取材先のパンフレット制作などに挑戦してもらう。
経営トップへのインタビュー企画を聞いて、学生たちの緊張感も自然と高まる。
「インタビュー時の重苦しいプレッシャーが怖い。偉い方と話すのは気を使うので神経をすり減らしそう」や「興味がない、知らない企業への取材になったとき、うまくできるか不安」「お話を聞いてその内容を的確に伝えることができるのか心配」などの思いが募っているようだ。
ただ、こうした不安や緊張が成長へのチャンス。同大の三谷高康学長は、
「大学の教室だけの勉強が全てではない。経営者にインタビューするという体験が彼女たちの大きな糧となる。自分の殻を破って、地域の経営者に会うチャレンジを経て、大きく成長してほしい」
むろん学校で学ぶ知識は大切で、その知識を基に考える力が身につくと、成長のエンジンが加速する。いま自分がどの位置にいるのか、いま何をすべきか、何がしたいのかと自分発見にもつながり、自分自身の価値観との違いや共感できるポイントを見つけることで、相手への興味が湧いてくる。記事をまとめながら新たに発見することもあるのではなかろうか。
弊社は2016年から同様の企画を実施。いままでに13社が参画して延べ60人の学生が参加し、インタビュー先企業に就職した学生もいる。県内自治体の事業でも同様の企画を予定している。人口の流出が続く広島県だが、魅力的な会社はいっぱいある。取材活動を通じて貴重な学生生活を満喫し、そして広島の力になってもらいたい。
むろんワンチャンスではないが、社会人へ第一歩を踏み出す就職先の選択は誰しも慎重になる。学生の就職希望先人気ランキングを見ると、世相を反映して浮き沈みもあるが、やはり安定感のある大企業が上位を占め、中小企業の大方は人材確保に苦労を強いられる。そうした中、意表を突く企業もいる。むしろ不人気の業種なのに破格の人気を集めており、どこに秘訣があるのか、話を聞いた。
産業廃棄物処理のタイヨー(安芸区)は毎月30人もの中途入社希望者が集まるという。しかもその半数は女性。元山琢然(たくぜん)社長(36)は、
「5年前に父から社長を継いだときに社員が大量退社。心底苦労し、言い知れぬ不安もあった。ある日、仕事を終えて社員と飲んでいると、その店で働く女性が昼間は事務職をこなし、夜も働かないと子供を養えないという話を耳にした。ならば女性が安定して働ける環境をつくれば、人は集まるのではと考えた」
動きは早かった。敷地の一画に託児所を開く。さらにマニュアルだった清掃車は全てオートマチックに変更し、休憩室やトイレも一新。遠方から本社近くに移り住む人のために借り上げ社宅にも対応した。楽しく働く様子をSNSで積極的に発信し、デジタルマーケティングを駆使してターゲットの求職者に情報を届けるなど、戦略的な求人活動を仕掛ける。
「ゴミ収集の業務自体で他社との差別化は難しい。しかし働く人が元気で、生き生きとしていれば会社も元気になると思った。そこは大手にない中小の強みで、素早く決断し先手を打つことができる」
丁寧に要望をくみ取り、実行に移す。今後も子ども食堂の運営や救急救命士の資格取得による社会貢献活動など、独自性のある取り組みを続けていく方針だ。
大阪以西で警備業を営むリライアンス・セキュリティー(中区)は今期、過去最高の19人の新卒者を迎えた。広島大学や島根大学など国立大出身者を含み女性が11人を占める。2011年から業界に先駆けて始めた新卒採用の道のりは決して平たんではなかった。田中敏也社長(61)は、
「工事現場の旗振りと見下されたこともある。この会社で働くと決意したが、親から警備業だけは辞めてと懇願されて去った学生もいた。今年は内定辞退者ゼロだった。積み上げてきたことがようやく成果につながってきた」
県内の警備業で唯一働き方改革認定を受け、3月には健康経営に取り組む上位企業500社に、大阪以西の同業で唯一認定された。コロナ禍を受け、全国同業では初めて全従業員に一時金を支給し注目された。独自の福利厚生を整え、子どもが増えるほど増額する手当て(最大3人で月6万円)や、希望する高齢者には安否確認用の24時間緊急通報装置の費用を全額補助。
「待遇改善に注力する一方、社員教育に徹底的に取り組んでいる。目指す姿を『警備業界のディズニーランド』とし、お客さま満足、感動提供をミッションに掲げる。これは全従業員に安心・安全を守るという高い使命感がなければ実現しない。崇高な意識を持ち、業界をイメージから変えてやるという強いメッセージを共有し、社員と共に先頭集団を突き進む覚悟だ」
世界に追随を許さないマツダの独自技術をどう確立していくのか。脱炭素社会へ加速し、電気自動車(EV)やハイブリッド(HV)が次々投入される中、とことん内燃機関を極めるという。このルートだけでこれから先、押し寄せる難関を乗り切ることはできない。EVやHV開発を緩めるわけにはいかないが、内燃機関を極めるという戦略にカーボンニュートラルの考え方が根付く。
4月にあった技術説明会で廣瀬一郎専務執行役員は、
「これからも内燃機関の効率を究極まで高め続けるという使命がある。既存燃料の使用量節約という観点で開発を続けることは、近い将来、バイオ燃料の供給インフラが整うまでの大きな布石となる。決して環境や時代の変化に逆行しているわけではない」
バイオ燃料の原料となる植物は成長過程で光合成によって二酸化炭素(CO2)を吸収しているため、燃焼時のCO2と相殺して実質的な排出量がゼロになるとされる。つまり、それを動力源にする内燃機関は、脱炭素社会に通じる技術というわけだ。専用モデルを発売していないが、既にレース車両のマツダ2バイオコンセプトではユーグレナ製の100%バイオマス由来燃料を使う。初秋には国内投入予定の新たな車種構成「ラージ商品群」第1弾のCX‐60でも対応。こうした展望に立って同車種に大排気量の直列6気筒ディーゼルエンジン搭載モデルを用意する。
「排気量が大きいほど燃費効率は高まり、気筒数が多いほど低い回転数を使える。さらに48ボルトマイルドハイブリッド(MHV、補助モーター)を組み合わせることで、低回転数の領域を一層補完する。ストロングハイブリッドに匹敵する次世代ディーゼルエンジンだと断言できる」
一方で、バイオ燃料の供給体制だけでなく、EVの充電スタンドなどのインフラ整備がどのようなピッチで進展するのか。国によってばらつきも予想され予断を許さない。EVのバッテリー容量によっては製造過程で多くのCO2を排出してしまうことから、燃料採掘から製造までの各過程を合わせたCO2排出量が割高になるケースも起こり得る。マツダはさまざまな動力源をそろえ、国や地域に応じて最適車種を投入する〝マルチソリューション〟を進める。2030年にはMHV含む電動化技術を全ての車種に搭載し、EV比率を25%に引き上げる。25年までにEV3車種を含むプラグインハイブリッド(PHV)など13車種を発売予定。次世代高容量高入出力リチウムイオン電池の自社開発にも手を広げ、新エネルギー・産業技術総合開発機構の促進事業に採択された。
100年に一度の変革期。ソフトウエア技術などの重要性が高まり、家電業界からもEV参入が相次ぐ。
「当社もモーターの構造と制御を含めてソフトウエアファーストを追求。時代の変化を取り入れながら培ってきたモノづくり技術が最大の強みだ。車を単なる道具として捉えるのではなく、それによって何を実現するのか、機械と人間の両面から研究してきた。走りを通じて心身ともに活発になるような車を世に出すことに変わりはない」