広島経済レポートの記者が注目する旬の話題をコラムで紹介。
広島県人口の社会減に歩調を合わせるように、県外に本社機能を移した企業数が県内へ転入した企業数を上回り、2019年までの10年間で企業の「転出超過」は72社に上った(帝国データバンク調査)。47都道府県で5番目に多いという。
転出した217社のうち、移転先は東京が51社で一番多い。広島への転入は145社で、うち東京から33社。東京との間で差し引き18社の転出超過になる。やはり東京への一極集中が加速しており、県産業は大丈夫かと心配が募るが、新型コロナ禍の影響を受け、オフィスなどに居なくても働ける在宅テレワークやウェブ会議などの普及によって「賃料の低い地方への移転が増えるのではないか」(帝国データバンク広島支店)との見方もある。
コロナ禍の大打撃を受け、経済活動や働き方などが、今後どのように変貌するだろうか。これまで頑として変わることのなかった政治、経済、文化や人材、情報などの東京一極集中。こうした中央集権の潮目が変わり将来、人や企業が地方へ分散する時代がやってくるのだろうか。そんな大変革はにわかに信じ難いが、手をこまねく暇などなく、打つべき手を打つほかない。
広島県内へ移住者を呼び込むために、県が全国初の機能を搭載し本格運用を始めた「AI移住相談システム」が威力を発揮するまでに、しばらく時間がかかりそうだが、移住希望者にどのような暮らしや、働き方を提供できるのか、広島の受け入れ態勢は大丈夫か。
かつて広島経済同友会筆頭代表幹事を務め、いまも「県の人口問題はライフワーク」という特別幹事の森信秀樹さん(森信建設社長)は、
「地方創生は国をはじめ、地方行政、経済界、関係機関を総動員し、決して諦めることなく、長い、きつい坂を上っていく覚悟が必要と思う。県人口の減少は地元経済にとって大問題です」
03年に同友会の「広島県を考える委員会」の委員長を務めたのがきっかけで、県の人口問題に関心を寄せるようになった。翌年1月に「ストップ・ザ広島県の人口減少」と題し、提言をまとめた。
提言の主旨は、
「会社人間を卒業し、子弟の教育から解放された方々が余生ではなく、年金で、自分のための、自分たち夫婦のための人生を楽しむことができる新しい都市空間の創出を目指すものである。話がうま過ぎると思われるかもしれない。しかし質素で健康的な生活を目指す限りは、また少し注意深く現在の年金、介護保障、また個々のこれまでの蓄えを見直せば不可能なことではない。例えば、現在の東京一極集中から、地方、特に広島県の福山市から呉市までの瀬戸内海諸都市への転居を考えていただければ“安心”を創出することができる」
首都圏では不安であっても広島県では安心に転化することができる。既存の気候温暖で落ち着いた街並みや市民・若者と共生するニュータウン計画を紹介したいと提言の「はじめに」に述べる。
いまでも新鮮な響きがあるが、この提言が当時の藤田雄山知事の目にとまった。その後に定住促進のターゲットがリタイア層から働き盛りにシフトした経過などを次号で。
どんな暮らし方を望んでいるのか、どんな仕事に就きたいのか。移住を検討している相談者のニーズやその熟度などをAIが判断し、回答を出し分けするという。
広島県は、東京の移住相談窓口で蓄積したノウハウなどを生かし、全国初の機能を実装した「AI移住相談システム」の本格運用を始めた。昨年11月26日から試験運用を開始し、現在の登録者数は1万8千人弱。登録制のウェブ移住相談では全国最大規模を誇る。いつでも、どこからでも相談対応が可能で、一日当たりの相談件数は多い時で700件を超える。
登録者アンケートで「移住に関して新たな気付きがあった」「ネット検索では入手できない情報が分かった」などの評価が多数を占める。AI相談を機に、実際に相談窓口を訪問し、広島県に移住した事例もあるという。
例えば、利用者が自由記入欄でそれまでに使ったキーワードからニーズを判断し、AIの中に蓄積した関連情報の中から、親和性の高い情報を複数提示する。どんな仕事を求めているのか。それまでに使ったキーワードから「おしゃれな職場に関心がある」と判断し、セレクトショップやワイナリーなどを紹介するようなケースもある。蓄積されたノウハウや膨大な情報から回答を引っ張り出す機能があり、相談者さえ気付いていなかった「潜在的な意識」などが可視化され、再認識することに役立つ価値は大きい。
こうしてAI自身も機械学習という機能でさらに学習を重ね、その力量を一段と高めることにより、人の記憶力や心遣いなどで補い切れない分野をカバー。AIならではの得意技を発揮する仕組みで、確かに便利である。しかしAIに暮らし方まで制御され、ついに考える力が失われはしないかと余計な心配もしたくなる。県地域力創造課は、
「移住という大きな決断には人と人とのつながりが不可欠です。AIなどのウェブ上の仕組みと、人と人の対面による仕組みを融合させて、移住の流れをより大きく持続可能にしていきたい」
豊富なデータを自在に活用し、どちらの方向に進むべきか。自ら意思決定を下す力がさらに大事になりそうだ。
試験運用を経て大幅にリニューアルし、本格運用を始めたAI移住相談システムの主な機能は、相談者のニーズや移住検討の熟度を判断し、回答を出し分けするほか、相談者のニーズに応じた対話の進め方や誘導パターンの種類を増やし、回答情報を大幅に増加した。AIが相談者の名前を呼んで話し掛けることで、親近感を醸し出す工夫や、イベント参加などでポイントがたまって特典が提供される制度もある。ターゲットに応じた各種SNSからAI相談窓口への誘導経路や、オンラインイベント経由などによる、AI相談から「地域の人や関係機関へのつなぎの接点」を拡充している。
今後さまざまなデジタルマーケティングなどで登録者の増加を図り、利用状況などのデータを分析。回答の出し分け機能などを改善しながら回答数の増加を目指す。移住者の受け皿になる地域の人や企業がこれにどう応えるのか、成否を分けるポイントになりそうだ。経済界の取り組みなどを次号で紹介したい。
なぜか。総務省の人口移動報告(2019年度)によると、広島県は転出者が転入者を上回る、いわゆる社会減が8018人に上り、全国ワーストだった。
新しいことに挑戦する進取の気性にあふれた県民性があるから、どんどん外へ飛び出していくのだろうか。一方で保守的な一面があり、大きく門戸を開くことのない県民性があるから、なかなか外から人が寄りつかないのか。
県人口のピークは1998年11月の288万5617万人。それから22年後、8月1日現在で279万7703人にまで減り続け、ざっと8万8000人の人がいなくなった勘定になる。さらに減り続ける気配だ。働き手や消費者が減り、地元経済が衰退していく心配はないのか。県外からの移住対策を担当している広島県地域力創造課の山田和孝課長に聞いた。
「人口社会減の対策のうち、転入促進の取り組みの一つとして県外からの移住促進に取り組んでいる。全国的にも東京への一極集中の傾向になかなか歯止めが掛からないが、若い年代にみられる新たな地方移住の動向を取り込んでいくため、広島らしいライフスタイルの発信や、若年者の仕事マッチングなどに力を入れている」
有楽町駅前の「ふるさと回帰支援センター」内に県職員を派遣し、14年10月に「ひろしま暮らしサポートセンター」を開いた。東京で相談員を採用するケースがほとんどだか、県職員の派遣は全国でも広島と和歌山県だけ。
ふるさと回帰支援センター全体では、移動相談件数は7年で約7.6倍の5万件近くに急増し、相談者の中心がリタイア層から働き盛りの40代以下へシフト。10年前に40代以下の割合は全体の約3分1だったが、18年度は72%強にまで膨らんでいる。
リーマンショックなどの影響を受け、働き方に関する価値観が変わり、相次ぐ大災害に高度都市機能基盤のぜい弱性に気付いたせいなのか。県では、暮らしや仕事における人生のステップアップを地方に求める移住希望者が増えたのではないかと分析する。
地域資源を生かした仕事や暮らしをしようとしているのであれば、海と島、山、川の豊かな自然と都市が近く比較的に働く場所に恵まれている広島に出番がありそうだ。ライフスタイルにこだわる層に広島の魅力をどうやって伝えるのか。自己PRが下手だから魅力に気付いてもらえないなどの言い訳は通用しない。お国自慢大会では全国どこも同じに見えてしまう。
有名ではないが、県内にはナンバーワンやオンリーワン企業も多く、高度な技術職を求める人材へ十分にアピールできる。何しろ移住希望地ランキング(19年)で広島は全国2位に躍進。脈はある。
県が推進する転入促進作戦には、新卒学生UIJターン就職の応援、プロフェッショナル人材の獲得などもある。転出抑制では県内高等教育機関への入学者確保、県内外留学生の県内就職の促進など。どれも一朝一夕に成果を上げることは難しいが、こつこつと積み重ねるしかない。
移住対策としてAIを活用した相談窓口や、東京のネットワークと県内の受け皿をつなぐ新たな仕組みを計画している。次号で紹介したい。
10月15日から新聞週間が始まる。危機のとき、新聞がよく読まれるといわれるが、この度は健康や命にかかわるコロナ禍で急激に経済が停滞した影響なのか、各紙共に広告スペースは相当減ったように感じる。新聞週間の標語に「危機のとき 確かな情報 頼れる新聞」と掲げる。新聞力回復に向けた願いや、危機感があるのだろう。
インターネットやスマホが普及し、次第に新聞、雑誌などの、いわゆる紙媒体の苦戦が始まった。果たして新聞は役に立っているのか。厳しく問い掛けてきた。新聞の役割を見詰め直すことから始め、5年前から「新聞を活用したビジネス講座」を開く中国新聞社の井上浩一専務は、
「新聞をどうつくるかではなく、どう使ってもらうか。社内横断的に若手、中堅で組織したプロジェクトチームで検討を重ね、2016年4月に企業向け新入社員研修を中心にした講座をスタート。講師陣の工夫や、新聞を活用している企業の動画を上映するなど、次々に新しい手法を取り入れてきた。最近は出前講座の要望もあり、新聞を読み、活用する若者が年々、一人一人増えてきていることを実感している」
講座開設のヒント、きっかけが興味深い。井上専務が人事部長時代に交流が広がった地元企業幹部との飲み会で異口同音に「新入社員のコミュニケーション力をつけるにはどうしたらいいか」という悩みが次々飛び出した。はい、いいえ、わかりました、ええまぁ、などの“単語族”が横行し、なぜやりたいのか、できないのかという自らの意思を伝えきれない若者が多いと口々にこぼす。
ここに新聞を生かす手はないか。新入社員に一番つけてもらいたい力は何か。井上専務は後日、順々に人事担当者を訪ねて新入社員への期待、要望などを聞いて回った。その結果、社会・一般常識の会得、コミュニケーション力やプレゼンテーション力向上、論理的な思考の習慣化、セールストークの参考、文章力のアップなどに集約された。
新聞を読まなくなったせいか、近年広まったSNSの影響か。何とも大変だが、何とかするほかない。新聞に出番があると直感したという。
文章を読む、行間を読む、想像する、知識を得る、考える。むろんストレートで分かりやすい映像情報や、手っ取り早いSNSもいいが、新聞には国内外の政治、経済、文化、スポーツ、身の回りのことなど、記者が集めた確かな情報があり、商談を離れたときの雑談の場などに大いに活用できると力を込める。
講座は春と夏の年2回。コロナ禍で春を中止し、9月に初めてとなるオンラインで開いた。過去最多の26社・団体から69人の参加があった。カリキュラムは、社会人のビジネスマナー(オンライン上のマナー)、朝の3分で世界と日本、広島がわかる(新聞を読み解く力)、中国経済面の活用術(新聞をビジネスに生かす力)、雑談力はビジネスの基本(コミュニケーション力)、文章で差がつく仕事力(表現力)などで構成。
ある記者がテレビ番組で「安倍前首相とトランプの会談はほとんど雑談だった」と明かした。世界を動かしたその雑談力がすごいと言えなくもない。若者よ、頑張れ。
ピンクやイエローのパステルカラーの軸が楽しい。仿古堂(安芸郡熊野町)の筆シリーズ「マカロン」は、4代目の井原倫子さんが書筆の新たな可能性に願いを込め、幾度も改良を重ねて開発した。日常生活で気軽に書筆を手にしてほしい。そうした使い勝手と手入れのしやすさを考え、通常は穂の直径分ほどだが、穂の半分を軸中に納めて特有の作りにした。クラウドファンディングの返礼品としても人気を集めたよう。
穂の原毛はイタチやヤギ、リス、馬などの動物毛だが、その確保も次第に難しくなっているという。井原さんは、
「昔の筆はもっと毛がしっかりして書き味も良かったなどの声が届く。当時の筆を見本に預かることもあり、腕利きの筆司(筆を作る職人)たちは、こんな毛で作ってみたいと羨望の声を口々にする。それが職人気質を一層刺激するのか、いま手に入る毛で最上の筆を作る。頭も手もフル動員し、さらに熱意を込める」
仿古堂は、井原さんの曾祖父の東氏が創業。10月2日に120周年を迎える。時代に合わせて変えるべきこと、変えてはならないことは何か。井原さんは4年前の社長就任に臨み、大好きだという古事記にある初代の神武天皇が祀られる奈良の橿原(かしはら)神宮を訪ねた。多くの困難を乗り越え建国に尽くした神武天皇の神殿に向かい、日本のアイデンティティーでもある筆作りを通して、日本の素晴らしさを伝えていく覚悟を決めたという。
仿古堂の筆は、2代目の思斉氏と親交のあった棟方志功や、現代書道の父と言われる比田井天来、その弟子、上田桑鳩ら多くの書家に愛用されている。自らも書筆を握った思斉氏は、
−製作にあたって、常に心あたたまる筆をつくりたいとねがっています 常に表現意欲をゆすぶらずにはおかないひびきのある筆をつくりたいとねがっています 常に古典をみ あらゆる墨象にふれ 時代の筆をつくりたいとねがっています 常にあなたの絶大な支援をねがっています−
の言葉を残す。
職人が一人前になるまでにおよそ10年はかかる。挫折し途中で辞める人も多く、悩みは尽きないという。筆作り産業を〝絶滅危惧種〟と捉えながらも呉市川尻や愛知県豊橋市、奈良などの熊野以外での産地全体でつくる〝和筆〟として継承し、職人を日本の宝物として支える必要があると訴える。コロナ禍を契機に社内改革を決行。経営基盤を再整備しながら、使い手の思いに寄り添って筆を作ってきた思斉氏の志を引き継ぐ。
筆生産量で全国一の熊野は秋分の日に「筆まつり」を開く。例年5万人が訪れるが、86回目の今年は初めてオンライン開催に挑戦。9月22日は榊山神社であった筆供養の様子を動画でライブ配信したほか、27日まで「バーチャル筆まつり」と称し書、画筆はむろん、オンラインならではの動画で化粧筆を使ったメークレッスンなど、熊野筆をアピール。まつりを企画した熊野筆事業協同組合の城本健司常務理事は、
「販売促進に並行して各社でオンライン商品の開発も進めていただきたい。広く筆の魅力を伝えることが、われわれの使命です」
いまこそ老舗の底力を発揮してもらいたい。
菅内閣が発足した。「自助・共助・公助、そして絆」を旗印に、新型コロナウイルス対策と不況克服という2つの難関に立ち向かう。日本の浮沈をかけ、大改革のチャンスでもある。まったなし。地方議員から出発した、そのたたき上げの手腕が試される。
「かつてない不況からはかつてない革新を生む」(松下幸之助の言葉)という。ここを踏ん張り、新たな活路を開くことができるか、まさに経営者の腕の見せどころ。安佐北区口田の医療法人社団いでした内科・神経内科クリニックの井手下久登理事長・院長は、
「新型コロナウイルス感染の不安もあり、たくさんの市民が病院に押しかけた。当院はみんなが知恵を出し、建物の外に発熱外来を設けるなどのアイデアをすぐに実行。相手の立場に立って考えるホスピタリティー日本一を目指し、外来の待ち時間短縮など、いわば当たり前の改革に取り組んできた。困難から革新が生まれるという幸之助さんの経営哲学は実にシンプルで、誰にでもすぐに実行できそうに思えるが、いざその立場に直面すると、さまざまな迷いや悩み、疑問などが頭をもたげてくる。本で読んだことと、実践することの間には大きな開きがあり、素直な心で改革に向かうようになるまで長い時間が必要だった。小さな改革の1つ1つを積み上げていくほかない。試行錯誤の経験を通じ、いまはスタッフ約160人に共通の信条、基本動作となっている」
2007年に医療・介護分野で唯一、「ハイサービス日本300選」に選ばれた。1999年からトヨタ方式による改善活動を導入するなど、やるからには万事徹底した。例えば、外来診察の2時間待ちを改善する目標を立て、人の動線を整理するところから着手。所用時間の計測タイマーを備え、居場所や待ち時間を見える化。外来者に丁寧な案内を心配りするなど、大幅な時間短縮を実現させた。
工場経営や病院経営の枠組みを超えて「人間尊重」の考えが根本に流れており、興味深い。同クリニックは4つの日本一を目指している。日本一立派な経営者、職員を物心両面で日本一幸せに、医療・障がい・介護の質が日本一、ホスピタリティーとサービスが日本一と掲げる。どれも客観的な基準があるわけではないが、大きな志がなければ、小さなことも何一つ成すことができないという井手下理事長の覚悟なのだろう。
広島大学医学部を卒業後、広島市民病院勤務を経て、日本一の〝かかりつけ医〟を目指し、1992年に開院。体が不自由になっても、安心して生活できる在宅医療と介護を実践するために、通所リハビリテーションや認知症デイケア、デイサービス、居宅介護支援事業所、2016年に県内初の高次脳機能デイケアを始めるなど、障害者向けトータルヘルス・サポートの体制を充実させている。来春には小規模多機能型居宅介護を始める計画だ。
子どもの頃から建設業を営む父親の背中を見て育ったから、知らず知らずのうちに経営者の心構えが備わったのだろう。経営者に大切なことは熱意、人を思いやる心、そして実行力と言い切る。20年前からスタッフらと共に同クリニック周辺で早朝の清掃を続けている。
心に響く言葉がある。元カープ投手の黒田博樹さんの座右の銘「耐雪梅花麗」(雪に耐えて梅花麗し)は、わが道を選び、幾多の苦難にぶつかり、ついに目的を成し遂げた爽やかな感慨が伝わる。人により、境遇により、胸に秘める言葉はさまざまだが、三国志に登場する曹操が詠んだ詩に、
神亀雖寿 猶有竟時
騰蛇乗霧 終為土灰
老驥伏櫪 志在千里
烈士暮年 壮心不已
寿命が長いといわれる亀でもいつかは死ぬ時を迎える。霧に乗じて大空に舞い上がる竜でも、いつかは死んで土くれとなる。だが、一日に千里を走るといわれる驥は、年老いて馬屋につながれても、志だけは千里のかなたにはせている。それと同じように、老いて晩年を迎えても、勇者は志を忘れることはない。
この詩は、中村角(西区草津港)の中村成朗会長(81)が当時、広島商工会議所の副会頭(1991〜97年)を務めた縁で、橋口収会頭から頂いた書にしたためてあり、いまも大切にしているという。
橋口会頭の発想から口火を切り、広域連携の新しい事業が動きだした。多彩な都市圏を擁する広島湾。中四国地域の結節点に位置し、広域的な交流拠点として発展の可能性を秘めている広島湾域の一体的な基盤整備と機能強化に向けて、商議所は1997年に「海生都市圏構想」なる提言をまとめた。
広島湾を6つのゾーンに分ける。①広島、廿日市市、坂町を「海生拠点」として国際物流拠点などを整備。②宮島と大野町を「迎賓拠点」、③大竹、岩国市を港湾物流機能の「臨海拠点」、④呉市を「海洋拠点」、⑤江田島市などの島しょ部を新たな生活圏域の創造を図る「共生拠点」、⑥柳井市や周防大島、防予諸島を海洋リゾート・リクレーション地区にする「回遊拠点」に位置付け、ウォーターフロントの長期的な整備方向を示した。
海とのかかわりを視点に置いた壮大な構想である。商議所の広域交流委員長として中村さんは2年をかけ、広島県や広島市、柳井市など1県6市16町を訪ねて構想説明会を重ね、大半の首長と懇談。この過程で継続的な協議機関の設置案が浮上し、2000年7月に広島湾ベイエリア・海生都市圏研究協議会を立ち上げた。初のモデル事業「海から行く歴史深訪」クルーズで、広島港−周防大島、周防大島−倉橋島、倉橋島−周防大島の3コースを実施。陸路だと車でおよそ4時間の間も、海で結ぶとわずか30分の至近距離。改めて参加者は海の利便性を体感した。
次に、経済産業省に事業採択されて体験型修学旅行の誘致に乗り出す。民泊方式による体験メニューや受け入れ体制づくり、旅行社へのプロモーション活動などの粘り強い取り組みが実り、年に1万5000人を超える修学旅行生が訪れるようになった。発想があり、これに賛同した多くの協力があり、やがて地域を巻き込み、大きなうねりになった。生徒と住民の交流、受け入れ地域間の広域交流を通じて地元が元気になり、教育や経済などに及ぼした価値は大きい。中村さんは、
「行政と民間がそれぞれの得意を分担。今日までに大勢の力が重なり合った。継続は力と確信した。あきらめない。志こそ人を動かす源です」
何しろ粘り強い。いつも穏やかだが、相当な負けず嫌いなのだろう。広島商工会議所常議員の中村成朗さん(81)に広島市をはじめ、県西部と山口県東部にまたがる8つの市町から感謝状が贈られた。商議所の過去に例がない。
商議所が主導し、行政エリアを越えて官と民が連携した広域観光の推進組織「広島湾ベイエリア・海生都市圏研究協議会」を2000年発足。当時、商議所の広域交流委員長だった中村さんが協議会運営委員長に就き、7月8日の総会で退任するまでの20年にわたり、広島湾域の都市、島々、山里を巻き込んで観光関連事業に取り組んできた。
重点事業の体験型修学旅行の誘致活動では08年からの累計で545校、8万2713名の生徒を受け入れる。商議所中心のこうした取り組みは全国的にも珍しく、当初には誰もが予想できなかったほどの成果を挙げ、関係者を驚かせた。16年には観光庁長官表彰を受ける。
毎年自ら足を運び、主に首都圏や関西圏の旅行代理店などの関係方面を訪ねて熱心なプロモーション活動を展開。これに触発されるように市町のトップ、事務局も足並みをそろえ、一日に7、8カ所の旅行社を巡る分刻みの過密スケジュールをこなした。これを毎年繰り返した根気がすごい。反響が広がった。
08年に初めて、山口県の周防大島で修学旅行生212名を受け入れる。これを皮切りに翌年からぞくぞくと予約が舞い込むようになり、何と2011年度には関東、中部、関西方面から中・高校を合わせて19校、計3097名を受け入れる。翌年は21校で計4076名。その頃、椎木巧町長は「ものすごいことになりました」と、驚きを隠さなかった。
同町は1947年頃に人口6万5000人を数えたが、いまは2万人を切る。高齢化の進む島に修学旅行生が訪れることなどかつてなく、椎木町長自らプロモーション活動に参加したものの、半信半疑だったのではなかろうか。
「海、山、川の風景だけでなく、自然に根差した漁業、農業があり、何よりも素朴で温かい人情がある。地元には当たり前のことが、都会の子どもらには新鮮な感動になり、貴重な体験になると思う」
中村さんも周防大島での民泊受け入れ説明会で現地に乗り込み、漁業関係者や住民らと車座で語り合った。その後に大崎上島町、江田島市、安芸太田町、北広島町、福山市沼隈・内海町、庄原市、佐伯区湯来町へと広がり、昨年はエリア全体で1万5093名の修学旅行生を受け入れた。経済効果は平均体験料1万3000円として約2億円。そればかりではない。地域住民の生きがいになり、地域に活気があふれた。中村さんは、
「家では料理もしなかった生徒がアジを3枚におろす。感激した母親から民泊先に手紙が届いて互いの感謝、喜びにつながる。そうした話がたくさんあることが、本物体験の一番の成果。うわべだけの対応では通用しない。受け入れ地域が本気になり、本物を伝える決心が大切です」
数年前から今年で退任すると決めていた。コロナ禍で今年の予約は全てキャンセルになり先行きも不透明。しかし再開のときに備え、いまこそ力を蓄えてもらいたい。
ライオンは、幼いわが子に狩りを見せる。やがて子は危険な狩りに加わり、命懸けの体験から生きていく力と知恵を学ぶという。
体験型観光の提唱者である藤澤安良さんはかつて、岩国市であった研修会で「本物の体験が必要な時代」と題し、熱弁をふるった。
「野外で遊びもしない。小学校低学年と高学年が遊ぶ機会も極めて少ない。異年齢間や多人数の中で人間関係を学ぶのである。部屋に閉じこもりテレビやコンピュータゲームばかりでは疑似体験であり、真実は学べない。生き物や人の命の尊さを考える機会はゲームで得られないことは明らかであり、むしろ悪影響を及ぼす。学習環境の向上、つまりは人間関係の構築能力と、やる気こそが重要である」
農・山・漁村体験などの具体的なプログラムを示しながら、人間関係構築能力を磨く体験教育の理念として、次のキーワードを挙げた。
▷「たいへん」だから、挑戦したい。誰にも簡単にできないから、どこにでもないから優越感が生まれる。自慢ができる。自信が生まれる。自分を確かめられる。
▷「難しい」から乗り越えた喜びがある。達成感がある。
▷「危ないから、天候が変わるから」安全対策や健康管理が体験からノウハウとして身に付き、自然や環境、農林漁業が深く理解できる。
▷「原始的や旧式」は手先や体を十分使うことになる。先人の知恵や技術の高さから人間の潜在能力を知る。自分の能力の発見や再認識があり、自信が持てる。
など。その日から十数年たつが、果たして学習環境は改善されて、その後の人生の糧となっただろうか。
広島湾を生かす
素晴らしい眼力というほかない。広島商工会議所の橋口収会頭は当時、51歳の中村成朗さん(中村角社長)を副会頭に抜擢し、併せて広島湾沿岸の自治体、商工会議所、商工会などでつくる「広島湾ベイエリア・海生都市圏研究協議会」の運営委員長に起用。その後、中村さんは重点事業の体験型修学旅行の誘致活動に奔走し、2008年からの累計で545校、8万2713名もの生徒を受け入れている。商工会議所が県境を越えて修学旅行の誘致活動を展開する例は全国的にも珍しく、大きな成果を挙げた。
広島県西部から山口県東部にかけて多彩な都市圏、島々を擁する広島湾。中村さんは関係市町に足を運び、大半の首長に直接、協議会への参加を呼び掛けた。
「発想は素晴らしい。だが、くれぐれも計画倒れにならぬよう願いたい」
と、やや冷ややかな注文もついた。当時を振り返り、
「行政エリア、官と民の枠を取っ払い、広島湾岸一体で発展を目指すという趣旨に賛同してもらった。何とか現状を打破したいという思いもあったのでしょう。一方で、広島市がストローで周辺市町から吸い上げることになりはしないか、などの手厳しい反応もあった。行政の区割りや意識を飛び越えるのは並大抵ではない。粘り強くやっていくほかないと決心を固めた」
海によって隔たれているのではない。海によってつながっていると証明した事業の歩みを、次号で紹介したい。
史上最年少で8大タイトルのうち「棋聖」と「王位」の二冠を手にした藤井聡太棋士(18)の異次元の強さは、研究ツールにAI(人工知能)を活用し、なおAIの成長速度に匹敵する進化を遂げているという。AIに依存することなく、AIを使いこなす努力が源泉とも評される。
日本の産業界はどうか。総務省の試算で、AIやビッグデータを使いこなし、第4次産業革命に対応できる人材は約5万人不足しているとの指摘もある。データを使って意思決定するデータドリブン経営の重要性が高まり、世界規模の熾烈な競争に打ち勝つことができるAI人材の育成をどう進めていくのか。いま、まさに大きな命題を突きつけられている。
昨年、AI人材開発のプラットフォーム「ひろしまクエスト」を立ち上げた広島県は急速に進むデジタル・トランスフォーメーション(DX)を担う人材の輩出を急ぐ。コンペ形式の課題解決でAI人材を掘り起こし、必要とする企業との人材マッチングを促すとともに、県内居住者(学生は県出身なら県外可)を対象に今春、e−ラーニングコース(AI学習の実践型オンライン講座)を開設した。講座は現在、約300人が参加し、学生が半数を占める。プレ開講から多くの学生が自主参加する広島工業大学の濱崎利彦情報学部長は、
「AIにより・・・などと聞くと、あたかもできなかったことが何でもできるようにイメージされる。しかしAIを使いたくなるような難問であっても実際は既存の技術で解決可能なことが多くある。そのことを少なくとも工業系の学生ならいち早く理解しておくべきだ。データを正しく読む力、正しく認識する習慣を身に付けることがエンジニアリングの基本。データを読み解き、使いこなすためには、できるだけ若いときからしっかりとした統計学を学び、同時にAIを使ってその効果を理解できることが大事」
ゼミ生には、ウェブから収集できる情報だけでなく、自らの研究テーマで取得した生のデータを分析させ、機械学習あるいはAIを必要とする課題かどうかを見極めるトレーニングにも取り組む。同大は教育機関として全国で初めて、県に協力しているシグネイトの法人向けオンラインAI学習プログラム「シグネイト クエスト」の提供を受け、後期から全4学部の1年次約1000人に「AI・データサイエンス入門」を必修科目に導入する。AIのリテラシーの醸成やプログラミングスキルの習得を目指すとともに、それぞれの専門分野でAIを活用しながら、最も大切な思考力を育む狙いがある。
AIが奪う仕事、新たに創り出す仕事、両方に目を光らせながら経営全般の調和を図ることが企業トップの重要な仕事となりそうだ。
先行き不透明な経済環境に直面し、事業の方向性や計画の見直しを迫られている企業も多い。広島県中小企業家同友会が7月に実施した経営課題アンケート調査でも切実な経営者の悩みが浮かび上がってきた。70%以上の企業がデジタル化・IT化が進むと回答。その備えをいまから始めるほかない。AIを使いこなせる人材、経営者がいるか、企業存続の生命線になりそうだ。悩む暇もなし。
カープ中継のテレビ観戦ですっかり監督気分。大ピンチでの投手交代、一打逆転のチャンスで代打起用などと気がもめる。わが采配がズバリ当たれば、よっしゃ。リリーフが打ち込まれると、ご機嫌ななめ。なかなか思うように試合は運ばない。
左打者に左の投手、得点圏にランナーがいるとき、フルカウントで打者を追い詰めたときなどの、投手と打者の心理戦も繰り広げられる。どの球種を、どこに投げるのか。今年のプロ野球テレビ中継からAI捕手が画面に登場。過去16年間の約400万投球のデータを分析し、次の一球を要求する。実際のピッチングと異なることもあるが、さらに監督気分が刺激される。
テーマはプロ野球。広島県と東京のシグネイトが運営するオープン形式AI人材開発プラットホーム「ひろしまクエスト」の第1回データ分析コンペティションの課題は、2017年の全プロ野球公式戦の全投手の25万投球データを基に、18年と19年の球種とコースを予測する。4月28日〜7月28日の参加期間に総投稿件数は1万479件に上り、オンラインで全国から2038人が参加した。さすがプロ野球で、想定をはるかに超える関心を集めた。
球種に1291人・7454件、コースに635人・3004件。分析だけでなくリアルなデータを駆使し〝みんなで広島東洋カープを日本一にしよう!〟という命題に、112人が21件のアイデアを投稿した。意思決定をサポートするデータサイエンティストの腕の見せどころと言える。シグネイトが審査し、9月に優秀者を表彰する。
国内唯一のAI開発プラットホームを運営するシグネイトは、例えば〝賃貸物件の家賃推定〟や〝自動車環境性能の改善〟、〝スポーツのチケット価格の最適化〟などのテーマでアイデアを募り、その投稿数は数百〜数千件が平均的という。商工労働局イノベーション推進チームの尾上正幸主任は、
「コンペ方式により、データを駆使して地域の課題解決につながる答えを導き出すAI人材を掘り起こし、県内企業などと人材マッチング。産業のイノベーションを推し進める役割を担ってもらいたい。投稿には柔軟なアイデアが幅広く、手応えがあった」
かつて野村監督のID野球が評判になった。経験や勘に頼らない科学的データを活用し、鍛え抜かれた技術力で熾烈な戦いを繰り広げるリーグ戦を制覇。作戦やプレーの裏側を推理する野球観戦の楽しさに気付かされた。
産業界にもデジタル化の波が急速に押し寄せる。バーチャルとリアルをどう組み合わせるのか、いかに融合させるのか。同プラットホームはAIやIoT(モノのインターネット)の実証プロジェクト「ひろしまサンドボックス」の一環で、昨年10月にプレスタートした。e−ラーニングコースは企業単位のほか、大学生も多く参加する。イノベーション立県を掲げる広島県はAI人材の育成をはじめ、デジタル技術普及などに体系的な事業を展開。AIに駆逐される業種、業務も想定される。しかし人の技量や心遣いが通用する世の中であってほしい。そのためにもAIを使いこなす人材の確保が急務という。 −次号に続く。
経済産業省の試算では、今後10年間に70歳を超える全国の中小企業経営者は約245万人に上り、後継者不在による廃業が増えると、2025年頃までに約650万人の雇用と約22兆円分のGDP(国内総生産)が失われる可能性があるという。
いま、さまざまな対策が講じられているが、つまるところ当事者が事業継承にどう向き合うのか。ここに解決のヒントが隠されているように思う。同族経営ではしばしば親子の確執が表面化することがある。経営を譲るタイミングも難しい。親子ならではの意地の張り合い、葛藤などを描いた本「アンタッチャブル」(311ページ)が発刊された。
新築やリフォーム、不動産事業を手掛けるホームサービス植木(安佐南区)の植木重夫前社長(70)と、長男の繁之社長(41)が本の主人公で著者。互いに土足で立ち入らない〝不可侵〟という親子の関係や、節目の出来事などを双方に聞くインタビュー形式でまとめる。繁之社長は、
「事業継承の根底には、ほぼ間違いなくコミュニケーションの問題が横たわっている。オーナー経営者から話を聞くと、最近息子と会っていないとか、おやじとはほとんど口をきかないなどの言葉が飛び出す。何を考え、何を意図しているのか理解しないままに事業を引き渡す、受け継ぐ。今後に大変なリスクを抱えることになり、そもそも事業を継ぐ気持ちなど起こらないでしょう。父がどんな思いで事業を託したのか、どんな思いで創業したのか、私のやり方をどう評価しているのか。この本を通じて改めて父と向き合った。互いに知らなかったことも多く、深く物事を考えるきっかけになった」
京都工芸大学大学院工芸科学研究科を修了し、旭化成ホームズに入社。10年に広島に戻り5年後、2代目社長に就く。そのとき重夫前社長は、
「子どもが戻り継承問題にカタがついたが、会社の方はマイナス面も多い。何もできんのに偉い役職に就くのは、どう考えても理不尽。あからさまな苦情も耳に入った。それをねじ伏せるのは本人次第。会社を継ぐ方も大変だろう。繁之から広島に戻ると聞いた時、私は5年早いと思った」
しかし繁之社長は、2年遅かったと振り返る。想像を超えるさまざまな難関が立ちはだかった。耐え、ひたすら努力を重ねていくほかない。
いま、自分色に会社を染め直すのではなく、先代が30年で築いた経営基盤を軸に、今後の展開を思案中。先代から受け継いだ3つのことを大切にしているという。
1つは、施工エリアを広げないこと。エリアは店舗から半径3キロ以内の祇園、伴、八木地区に限定。顧客の困りごとにスピード感を持って対応できる。2つ目はアットホームな存在であること。年に数回、OBや近所の人を招いたイベントを開催し、バーベキューやかき氷、流しそうめんなどを振る舞う。身近で信頼できる関係づくりを目指す。 3つ目は高いプロ意識を持った集団であること。会社全体として積極的に資格取得に挑戦し、顧客から受け取った代金以上の技術を必ず注ぎ込むようにしている。
事業継承にどう向き合うのか。互いに本音でとことん話し合えば、どんな困難も乗り越えられると言い切る。