広島経済レポートの記者が注目する旬の話題をコラムで紹介。
金属加工品製造の内海機械(府中市)は昨年12月、キャッチコピー「ぶっちぎりの短納期」を商標申請した。新規開発の工作機械の試作品や部品の破損、損失など少量の発注に原則、3日以内に納品する目標を掲げており、業界の〝駆け込み寺〟と呼ばれている。内海和浩社長は、
「知りうる限り、短納期で負けたことはない。さらに同業他社を圧倒するスピードをもって〝ぶっちぎり〟1番の心意気と決意を込めた」
短納期の秘訣は何か。父滋之さんの後継として3代目社長に就いた2007年ごろはどこにでもある町工場。不良品が発生し、納期も遅かった。現状のままでは生き残れないと考え、改革に着手。さっそく事業計画を策定し、整理・整頓などの5S活動に加え、3定(定品、定位置、定量配置)の徹底に乗り出した。
50本以上ある切削工具は、太さ別に壁掛けで定位置を用意。ガムテープ、メジャー一つにいたるまで置き場所を決めている。移動のムダが発生していたマシニング作業では、市販品の大きなツールボックスを廃止し、専用棚を増設。工具を取りに行く手間を少なくし、3定の徹底で整然とした見た目に加え、扉や引き出しを〝開けて取る〟などのひと手間を省いた。工具や部品が入った引き出し棚は極力撤去し、工具はすぐに使えるように壁掛けとした。原則1週間以内に使うものだけを周辺に置き、当面使う予定のないものは倉庫へ。3カ月以上使わないものは廃棄し、その総重量は9トンに及んだ。
「環境整備によって、品質に対する責任や納期に対する意識が高まってきたことを実感している。毎工程の1歩、1秒のムダでさえ、年間に換算すると相当になる。こうした追求を積み重ねた結果、生産効率は30%アップした」
人材の採用、育成にも力を入れる。従業員数14人だが、ここ数年は大卒者を採用。今春は広島修道大学商学部の学生が入社する。エンジニアは旋盤やフライス、溶接、研磨など各種工程を一人で担う「多能工」を推進。入社1年で玉掛け、クレーン、ガス溶接、フォークリフトなど10の資格取得を支援する。人材育成では日常業務を通じて会社の姿勢や考え方を伝え、社員研修やOJT、社外講習なども充実。仕事がしやすいよう常に考える人材を育てる。
「大手も採用に苦戦する中、どうやって募集しているのかと驚かれることが多い。中小企業の魅力を徹底的に訴求していくことに尽きる。福利厚生では大手にかなわない。しかし仕事のやりがいや幅広く経験できるなど、明確な目標を持って成長意欲にあふれた人にはうってつけの職場だと自負している。いまでは社員が率先垂範で採用に動いてくれるようになった」
2020年に経済産業省の「はばたく中小企業・小規模事業者300社」に選定された。いまはDX(デジタル変革)に取り組み、スマートファクトリーを掲げる。2年前から府中市の産学官連携推進事業で生産工程をIoTで可視化し、AI分析。ビッグデータからボトルネックを見つけ出し、段取りロスなど普段気付かない非効率にもメスを入れる。日本のものづくり現場力が高まればと見学者を常時受け入れる。「ぶっちぎりの短納期」の道は果てしない。
宮島の海にたたずむ嚴島神社の大鳥居は美しい。修復工事のため、大鳥居を囲う足場が組まれて2年余り。当初計画では既に修復を完了しているはずだったが、柱の内部に想定外の損傷があり工期を見通せないという。古来の建築技術を駆使した世界でも稀な海上の社殿を次世代へ継ぐ、専門業者による工事が慎重に続く。
元請けとして工事全体の管理を担う増岡組広島本店(中区)は、本殿や能舞台などに多大な被害をもたらした1991年の台風19号による復旧工事をはじめ、長く嚴島神社の保存修復に携わる。10年前から現場を統括する舛本貴幸所長は、
「長さを表す尺や寸、部材名など、一般建築ではあまり使われなくなった用語がいまだに残る。着任当時は一級建築士として10年以上の経験があったが、現場で交わされる会話を理解できなかった。同じ建築でも異世界だったが、当社が蓄積した過去の実績と神社仏閣の復元法を習得することで理解を深めた」
大鳥居の工事は、設計監理を行う嚴島神社の原島誠技師と、耐震診断と構造補強設計を担う(公財)文化財建造物保存技術協会(東京)の下で、塗装・檜皮(ひわだ)屋根・瓦・大工など専門業者と連携して進める。複数の木材を組み合わせる仕口継手が多用され、今も伝統的な工法が生きている。内部構造は表面を開けて初めて分かることが多く、大工や神社技師と相談しながら工法を決めるため、どうしても時間を費やすという。
緊急時も気が抜けない。台風前は被害を想定し、できる限りの対策で備える。台風災害の際は、
「破損して海に流された木材などもできる限り回収し、乾燥させて再び利用する。部材の一つ一つが文化財であり、扱いには細心の注意が必要。くぎの痕跡からその時代や工法などを解明できることもあり、その価値は計り知れない。伝統建築は一般建築と比べて難しさもあるが、そこが奥深さであり、やりがいでもある。世界遺産の維持修理に携わらせていただけることは、われわれの誇りだ」
中区鶴見町の同社広島本店には、各地で請け負った伝統建築修復の概要を記したファイルが並ぶ部屋がある。嚴島神社をはじめ、呉市豊町の御手洗町並み保存地区や下蒲刈町、鞆の浦(福山市)の古民家修復など200件以上の実績が集められている。山﨑正雄上席執行役員が各事務所の倉庫などに散在していた施工資料を集め、整理してきた。
「神社や仏閣、古民家はそれぞれの建物に独特の建築工法が採用されており、過去の実績が将来の重要な技術向上につながる。しかし案件ごとの特徴を理解し、どのような施工をすべきかを判断できなければ意味はない。伝統建築は一般建築よりも手間がかかり、工期が長くなる。しかし地域の文化財を守るという使命感がある。建築屋の誇りにかけ、伝統技術の習得に全力を注ぐ」
活動中の中期計画には神社・仏閣・古民家などの施工能力向上を目指すプロジェクトがある。山﨑役員や舛本所長ら5人が毎月集まり、資料の活用法などの勉強会を続ける。文化財と共に、それを守り維持するノウハウを伝承するための体制整備を急ぐ。
長期予報によると、この冬は寒気の影響を受け、厳しい寒さとなりそうだ。さて、広島経済に暖かい風が吹くだろうか。広島銀行系のひろぎん経済研究所(中区紙屋町)の水谷泰之理事長は、
「コロナの新たな変異株の出現やワクチン効果低減などのリスク要因がある中で引き締めたり、緩めたりしながら経済は回復すると見ている。しかし、業種によって大きく異なるし、タイミングは予測困難。コロナ出現当初を振り返ると、1月は中国から部品が来ない、2月は国内の工場が動かない、3月になると海外で売れない、などと感染が広がる地域によって全く違う影響が短期間に現れた。その後ワクチン接種で欧米が回復すると急激な需要回復に生産や物流が追いつかない、ワクチンが遅れた東南アジアからの供給が止まるといったように経済の流れは複雑。サプライチェーンを読み解くことはコロナの影響だけでなく、いまから世界経済と自社のつながりを理解する上で極めて重要ではなかろうか」
急激な変化にどう対応すれば良いのか。飲食や旅行などが急回復したときに人手は大丈夫か、殺到する注文をこなせるのか、そのとき慌てふためくようでは後手に回る。予測困難だからこそ、備えに万全を期すという経営の力量が問われることにもなる。
米中対立と日本
バイデン大統領は就任後、パリ協定への復帰、WHO脱退の撤回までは矢継ぎ早に実施したが、TPP加盟は進んでいない。アフガン撤退作戦の不手際で支持率ダウン。西側同盟の盟主としての信頼に傷がついた。秋の中間選挙を控え、米国が不安定になる可能性が高いと指摘する。
一方で中国は「中華民族の偉大な復興」を掲げ、習近平の個人崇拝を強化。こうした「民族と独裁」に西側諸国が警戒感を強める。「共同富裕」を口実にした企業統制に注意する必要があり、日本は米中の報復合戦に巻き込まれないよう、情報収集と戦略の熟慮を求められよう。
岸田政権はどうか
岸田内閣の経済政策の影響がどう出るか。新しい資本主義の具体化はまだこれからだが、成長戦略のグリーンとデジタル化は菅政権から引き継ぐ政策の中心。中でも「デジタル田園都市構想」では地方からのデジタル実装を目指していることが注目される。そのほか、企業のイノベーションを促す政策としてトーンが少し変わった産業政策、これに新しく経済安全保障が加わった。グリーン、つまりカーボンニュートラルへ向けた動きは今後より具体的になってくるだろう。だが、電動車一つとっても充電インフラ、電力需要の大幅増、電源構成の脱炭素化など、産業の垣根を越えた課題が山積。経営者としては、自社がつながっているサプライチェーンからプレッシャーがかかってくることを想定した対応が必要となってくる。油断できない。
新年はコロナへの警戒を怠らないようにしながらも、国家間の対立が少しでも緩和され、地球温暖化など人類共通の課題やデジタルを用いた生産性の向上など、わが国の重要課題に前向きに取り組んでいける1年になることを期待したい。
むろん専門は経済で、政治は専門外だが、何と予想が当たった。本誌新年号の本欄で広島銀行系のシンクタンク、ひろぎん経済研究所(中区紙屋町)理事長の水谷泰之(ひろゆき)さんがズバリ、今年一番の大ニュースになった岸田文雄総理誕生を示唆していた。安倍さんの退陣後、昨年9月にあった自民党総裁選に敗れて「岸田は終わった」とさえ言われたが、まさに起死回生である。ドヤ顔の水谷さんは、
「むろん確たる根拠はなく、もしやという期待だった。だが、いまは鼻高々。予想なるものが当たることはめったにないので、こんな時くらい笑って許してください」
カープはさておき、広島の街に久々に明るいニュースが走った。
総理就任の直後、10月にあった衆議院議員総選挙は、政治分野に精通するマスコミの大方の予想を裏切り、自民党が絶対安定多数を確保。何やら岸田さんに少し余裕が出てきたようにも感じるが、これからが本番。来年7月には参議院議員選挙(半数改選)が控える。米中覇権争いの中、外交や経済などに難関が次々押し寄せており、ひるむことなく、したたかな日本丸のかじ取りを託したい。先ごろ「新しい資本主義実現会議」が立ち上がり、今後は果たして成長と分配の歯車がうまくかみ合うかどうか、景気を占うポイントになりそうだ。
今年もあとわずか。長引くコロナ禍に加え、中国の恒大集団経営危機、半導体不足、原油高、原材料価格の高騰、脱炭素化の動き、米中のきしみなど、世界の荒波に日本経済が翻弄(ほんろう)され続け、いや応なしに世界が近いことを実感させられた。
わずか40年ほど前。日本経済の黄金期ともいえる高度成長期の要因を分析し、日本的な経営を高く評価した社会学者エズラ・ヴォーゲルの1979年の著書「ジャパン・アズ・ナンバーワン」がベストセラーになり、一世を風靡(ふうび)した。その後失われた時代とも呼ばれる日本経済の凋落ぶりは一体どんな理由によるものか。研究所の水谷さんは、
「分析すればさまざまあるだろうが、もうこれくらいでいいだろうという日本人らしい謙虚な満足感が少なからず影響したのではないか、油断につながったかもしれない」
今年1月亡くなった作家の半藤一利氏の40年周期説によると1868年の明治維新、約40年後の日露戦争勝利、その40年後に敗戦、そして約40年後の1989年に株価が最高値を更新し、その後にバブル崩壊。周期説だと2030年まで低迷を続けることになるが、新しい資本主義で一刻も早く克服してもらいたい。その先にどんな世界が開けるのか、新しい年にその第一歩を期待。
▷今年5月、おかげさまで本誌創刊70周年を迎えることができた。ひろしま自動車産学官連携推進会議の協力を得て「10年後の広島の自動車産業のあるべき姿」を課題に懸賞論文を募り、素晴らしい力作が寄せられた。新年1月に最優秀作を発表予定。まさにここ10年、車産業は大変革のときを迎え、それを予感させる提言がそろう。大学や関係団体、金融機関トップらにお願いした審査員の方々を困らせるに違いない。今後もできるだけ多く広島の街を元気にするオピニオンを載せたい。
2008年冬、老朽化した給油所地下タンクが破損し、5000リットルものガソリンを流出させてしまった。近くの川の本流へ流れだすと、莫大な損害を発生させる事態さえ危惧された。
同給油所は、三次市甲奴町の小川モータースが運営しており、大ピンチに直面した小川治孝社長に、地元の多くの人が手を差し伸べた。当時を振り返り、
「報道関係者らが詰めかける中、地域の方々が率先して冬の冷たい川に入り、懸命にガソリンの流出を防ぐオイルフェンスを張ってくれた。地下水を汚されて、恨まれて当たり前。だが誰も皆、嫌な顔ひとつ見せない。心で手を合わせ、感謝の気持でいっぱいになった。周囲への聞き込みを終えた新聞記者から、あなたたちのことを悪く言う人は一人もいなかったと。この地で創業し、代々まじめに経営してきた先祖に感謝した。窮地を救ってくれたふるさと甲奴と共に生きる覚悟を決めた」
4代目を継いで半年後の出来事だったが、その後の人生を一変させた。甲奴のために何ができるのか。日夜考え、実行に移してきた。
今夏、耕作放棄地にブルーベリー農園「ルイガーデン」をプレオープンした。55種類1100本を栽培。小川モータースが運営し、来年から観光農園として本格開業する。このほか、地域資源を生かしたスモールビジネスを次々立ち上げている。
「80年前に甲奴町の人口は7000人だったが、いまは2300人に減った。移住者を増やす上で、暮らしを支えてくれる仕事が決め手になることが多い。働く場所となる〝小さな箱〟をたくさん生み出し、雇用の受け皿を増やしたいと考えた。多彩な箱ができれば、町の産業も多岐にわたり豊かになる」
岡山の大学を卒業し、自動車ディーラーを経て家業へ。先々の展望もなく悲観していたが、ガソリン流出事故が一大転機になったと話す。
最初に本業と関連のあるカーシャンプー開発に着手。化学薬品商社に勤めていた大学時代の後輩をIターンで迎え、洗浄とワックスがけを同時にできる商品を発売した。順調に軌道に乗せ、そのまま事業を後輩に譲った。続いて廃棄するアスパラガスの葉に含まれる養分に着目した機能性食品を開発。13年には減農薬で育てたコメを広島市などの企業に仲介販売する事業を立ち上げた。企業にとって農業体験ができ、収穫したコメを福利厚生や販促に活用。一般流通よりもやや高めの値段を設定し、生産者にもメリットのある仕組みにした。同事業は経済産業省の「がんばる中小企業・小規模事業者300社」に選ばれた。
「事業を起こし、甲奴に住んでくれる人に譲渡していく。ブルーベリー農園は県立広島大学2年の藤原塁(るい)くんに運営を任せ、園名に彼の名前を付けた。甲奴に住み続けたいと語る彼の思いに賛同し、初期投資の1000万円を当社が借り入れた。大人が本気でやらないと若者からも見透かされる。この地域で本気で楽しむ姿を見せることができれば、若い人もきっと集まる」
次は、出資者100人のためだけに造るワイナリーの開設準備に入った。「地域を資源と捉え、産業を創る」を信条とし、自ら率先する。
もしかしたら、このまま死ぬかもしれない。まだ若い30代後半に大病を患い、死線をさまよった。武家茶道の上田宗冏(そうけい)家元の長男で、流祖宗箇(そうこ)から17代目を継ぐ若宗匠の宗篁(そうこう)さん(41)は、
「生死のほども分からない闘病生活を経験し、限りある命を楽しく生きようという思いが突き上げてきた。その後は考えること、感じることも変わってきたように思う」
茶道の要点でもある「一座建立」がコロナ禍の影響でかなわず、常の茶会が2年近くも開けていない。しかし、ひるむことなど一切なく、何ができるかと考えた。
特設サイトを通じ、茶碗や茶せんなどを竹茶籠にまとめた「おうちで一服セット」を今夏から販売。日ごろ茶道になじみの薄かった人からも問い合わせが入るなど好評で、10月末から始めた2期販売も約1週間で完売となった。一服したいとき、湯を沸かしさえすれば、たちどころに400年前の息吹に触れることができる。
できそうなことはとにかくやろうと昨年、今年と新たな試みを重ねている。苦しい時を苦しいままで終わらせたくはないという思いが募り、次々に挑んだ。一服セットのほか、茶事形式での少人数の茶会は30回以上開き、ZOOMを使ったライブ配信のウェブセミナーや、これまでになかった企画や動画などフル活用。〝上田宗箇流の拡散〟にも乗り出した。まだまだ実行に移したいアイデアが渦巻いているようだ。
家元の長男に生まれ、400年の歴史を受け継ぐ宿命を腹に据えるまでには紆余(うよ)曲折があった。力量にかかわらず家元になれることに疑問を持っていた。そのまま定まった道を進むことに反発もあり、ヒップホップダンスの世界へ飛び込んだ。そうしてプロとして海外でも活動するまでになったことが自信を生み、家業を継ぐ決意へと導いてくれたという。
茶道から遠く離れ、外から見て、茶道に入るまでのこうした経験もまた、考える力を養ったのだろう。いかにして茶道に興味を持ってもらえるようにするのか、いかにもてなせばよいのか。同じようにダンスも楽しみ、喜んでもらえるかが大切。相通じるところがあるという。
総合芸術ともいわれる茶道は経験を重ねるほどに奥深さが増す。日々未知との出会いがあり、歩めば歩むほど新たな学びや感動があり、これでよしという境地に至る道は果てしない。
一方で、伝統的な価値や魅力は時代の移ろいとともに変遷し、せわしさなどにかまけて日常生活から離れていく難問を抱える。禅の教えに「不易流行」の言葉がある。変えてはならないものと、変えなくてはならないものをどう解き明かすのか。いつの時代にもこの問いを突きつけられてきたのだろう。
宗篁さんは病で脚を手術し茶道に大切な正座が難しくなっている。茶道の精神をそのままに、いまの時代に無理なく楽しめるように、机と椅子で行える立礼様式も工夫。変革期にはより一層個人の生き方が問われる。伝統や歴史から何を学び、新しい時代の動きや技術革新から何を学び、何を成すのか。伝統と新しい知恵を重ね合わせる心が求められているように思える。
志を立てて、もって万事の源となす。江戸時代末期、現在の山口県萩市にあった吉田松陰主宰の私塾「松下村塾(しょうかそんじゅく)」は塾生の中から高杉晋作、木戸孝允、伊藤博文ら、その後の新しい日本を導く人物を輩出した。歴史上に有名な小さな私塾だが、その教えから「志塾」と呼ばれる。
中高一貫教育の叡智学園を誘致するなど「教育の島」構想で成果を挙げる大崎上島町に、昨年4月、新しい教育方針を掲げる高等教育機関「瀬戸内グローバルアカデミー」が開校した。2019年7月に米アトランティック大学理事会が同アカデミーと協働することを決議。1期生2人が約10カ月のプログラムを無事修了し、9月に同大学2年次に編入した。同プログラムは大学1年次の単位を認定。現在は2期生3人が島内で生活しながら学ぶ。アカデミー代表の長尾ひろみさんは、
「文部科学省の認可を得ない私塾で、学部や学科のくくりを廃止した。そうして自分自身の人生を模索し、生きるために必要な知識を自由に選び取るよう促す。海外を含むフィールドワークなどで地域課題を肌で感じてもらい、解決能力を養う。世界で活躍できるコミュニケーション力を身に付けるために実践的な英語力の習得や、プレゼンテーション能力などを重視。自分たちで〝学び〟をつくり上げるうちに、生き方に自信が湧いてくる。小さな志塾です。ボーダーレス化が進む時代の中で、どのような状況であっても世界と主体的に関わることができる人財を育てたいと考えています」
中央教育審議会委員や広島女学院大学学長などを務めた経験があり、教育理念に、自分だけが利益を上げればよいという考えではなく、自然保護、社会貢献につながるソーシャルビジネス展開の考えが底流に流れる。
島内の空き家をシェアハウス(学生寮)に活用。長尾さんも一緒に暮らし、学生の生活に寄り添う。島内全体をキャンパスに見立てて公共施設や図書館を利用しながら、フィールドワークや地域企業の有償インターンシップなどで経験を積む。英国グローバルNGOヘルプ・エージ・インターナショナルの理事やエジプトの国家開発マスタープラン策定支援者、国内外の研究者らによる授業も行う。
「瀬戸内海の島という恵まれた自然環境で、学生たちは果樹園で土を耕し、かんきつ類を有機栽培。草刈り一つとっても試行錯誤しながら汗を流し、丁寧に実を育んでいく体験が大事だと思う。ヒューマンエコロジーはこうした環境に身を置き、肌で感じることが第一歩。パソコン画面に表示される知識だけでは真に身に付かない」
10月には原発事故に遭った福島でフィールドワークを実施。国の有識者会議の資料を読み込んで現地インタビューを重ね、エネルギーと環境問題について考えた。
「多くの自然環境問題や社会課題にはどう立ち向かうべきなのか。この問いに対して簡単で明確な正解はない。まずは実践を通じて課題意識を持つことから始め、自分なりの答えを見つけることのできる考える力が求められている。それを行動に移し、挑戦していくことこそが、ソーシャルビジネスの創出につながるのではないでしょうか」
業務用洗濯機で国内トップ級の山本製作所(尾道市)は米国を中心に海外展開を加速し、2027年に現在の約2倍の売上高100億円を目指している。目標達成に向けて果敢に設備投資し、もっか世界一の自動車メーカーのトヨタ式現場改善に取り組む。
山本尚平社長(64)は、
「社長に就任し、世界市場への挑戦を宣言してからはや20年。従業員は191人まで増え、23年の山波工場完成時には230人体制を見込む。これまで現場オペレーションや工場運営、品質管理などの改善を繰り返してきたが、世界で戦うにはまだ不十分。現場改善に終わりはなく、常に新しい課題にチャレンジしていきたい」
トヨタ生産方式に関する書籍を読みあさり、昨年の秋頃から同メソッドを採り入れ始めた矢先、トヨタ自動車のインドネシア法人社長を務めた伊原木秀松氏(72)との出会いがあり、8月から月に3日半の現場改善指導を受ける。ここ20年で会社売上高は約3倍の50億円にまで成長。競争力の源泉とされる内製化率は約95%を占め、正直なところ、ある程度の自信があった。さっそく伊原木氏に工場を見てもらい、
「絞ればまだ改善点が出てきますか」
と聞いたところ、絞らなくても水が出ると一喝。
まずは数万点以上ある部品の製造工程のフロー作成から始めた。例えば、洗濯機のドアにゴムを取り付ける作業では、どの指をどの角度で使って何㏄の接着剤を使うのか、何秒間押しつけるのか、誰が接着剤の量を測るのか。それら全てを決める必要があるという。また、前傾姿勢になる作業をした場合は何点と動作ごとに定め、点数が一定以上になると重労働と定義。
「世界で戦うにはここまでやらないといけないのかと驚いた。トヨタは2兆円を超える利益を稼ぐが、現状維持ではつぶれてしまうという意識が強い。世界最高のオペレーションシステムや考え方にじかに触れるチャンス。全てを吸収したい」
組織体制で品質管理の部署をつくるのか、迷って相談をすると、一つ一つの部品がしっかりしていればそんなものは必要ないときっぱり。顧客からのクレームは月に1度社内でフィードバックし、会議で原因究明と対策を行ってきたが「生ぬるい」と指摘されて全てやり直すことにした。相対的にクレームの数が減れば良いのではなく、完全にゼロにしないといけない。特にヒューマンエラーは許されないと徹底している。
「在庫が多いのは会社の欠点を隠す、マネジメント能力が低い証拠。そうしたひと言、ひと言が突き刺さる。トップが決めてやらされている会社も多いが、幸い、山本製作所は全員が目の色を変えて真剣に取り組んでいると評価してくれた。最初からトヨタと同じ事はできないと思いたくはない。生産性が上がって従業員の給与が上がるのが理想。一人一人のモチベーションを上げるため、人事評価システムについても更新中。業績と給与体系をよりリンクさせたいと考えている。外注の品質を高めるのは大変だが、弊社は内製化率が高く、内部で管理できるのが強みだ。尾道から世界へ。ワクワク、ドキドキしている」
業務用洗濯機で国内トップ級の山本製作所(尾道市長者原)は同市山波町に新工場を建設し、生産能力を現在の約2倍に引き上げる。年内に着工し、2022年秋頃に山波第2工場(倉庫と試運転ライン)、23年秋頃に同第1工場(製缶と組立ライン)を完成予定。米国を中心に海外展開を加速しており、27年に現在の約2倍の売上高100億円を目指す。
創業は1947年。〝真似(まね)るより真似られるようなマシンを創る〟という信念で独自の技術を開発してきた。業務用洗濯機やコインランドリー用機器、リネン業界向けロールアイロナーなどの製造・販売を手掛ける。ほぼ全ての加工部品を自社生産し、競争力の源泉とされる内製化率は約95%。他社に依存しない生産体制を築くことで、滞りのない半永久的な部品供給と価格競争を可能にしている。
「国内の洗濯機メーカーで世界を相手に勝負しているのは今でも私どもだけです。〝フォー・エバー・マシン〟と呼ばれる、部品を交換すれば一生使える信頼性の高い機械を提供していきたい」
創業者で父親の山本卓二さんの後を継いだ尚平社長(64)は新たな目標を定めた。02年に社長就任の直後、経営幹部らと視察したドイツ・フランクフルトの展示会で自社製品が世界に通用しないと知り、落胆。しかしこれが一大転機になった。世界で戦えないと会社の将来はないと考え、世界へ挑戦すると宣言した。
「07年頃から米国市場に挑戦できるようになり、それから私の仕事人生が充実してきたように思う。現在はアジア全域、オーストラリア、ヨーロッパへ販路を広げている。世界市場を念頭に製品を開発する、他社が簡単に真似できないビジネスモデルを構築する、この2点を大本に据えている。製品だけでなく、働き方やデザイン、ブランド力、従業員の目標意識などの全てが良い方向に進んだ」
20年12月期売上高は就任時から約3倍の43億9900万円。今期は50億円を優に超える見込みだ。地域の製造業で最高額の給与水準にするため、大卒初任給を23万7300円に設定。「人本(じんぽん)経営」を基本とし、世界水準の福利厚生を目指している。
山波町の新工場は約13億円を投入し、敷地面積約1万1000平方メートルに2棟で延べ床計3010平方メートルを計画。第2工場の倉庫は当面の間、完成品置き場として活用し、将来は生産ラインへの転用を構想に描く。既に本社敷地内で新たな工場が稼働に入り、生産能力強化に向けた設備投資を積極的に進めてきた。
19年に約20億円を投じ、材料の切断から曲げ加工、廃材の仕分けまでの全行程を自動で行う世界初の板金複合ラインなどを導入した工場約5200平方メートルを稼働させている。21年5月に約3億7000万円をかけ、水洗機組立ラインと各種部品のピッキングを効率化する自動倉庫を備えた工場約800平方メートルを増設した。近年、市場拡大する国内のコインランドリー事業や病院・福祉施設向けなどの需要を取り込むほか、世界最大のマーケットである米国で毎年5割増の成長を見込む経営計画を立てる。
設備投資は盤石。世界で勝負するためのトヨタ式の現場改善など、次号で。
右か、左か。岐路にぶつかって一瞬で決断を迫られるときがある。考えに考え、ようやく決断することもある。いずれにせよ、社長の采配は最終決定。みんなが「よし、やろう」と奮い立つかどうか。
マツダを主力に、工場メンテナンスなどを手掛けるメンテックワールド(東広島市)が10月で創業60周年を迎えた。新たな事業へ挑戦し、次の時代に立ち向かう構えだ。
車産業は百年に一度の変革期に直面し、AIなどの技術開発が急ピッチで進む世界の潮流をつぶさに視察した小松節子社長は、
「労働生産人口が縮小する日本の事情も踏まえ、時代が求めるロボットに着眼した」
瞬く間に10のプロジェクトチームをスタート。いろんな専門部門から3〜6人を抜てきし「T&B(テクノロジー&ビジネス)カフェ」と命名。カフェにはプロジェクトメンバーが集まり、アイデアを生み出すという意味を込めた。
各チームで統一テーマを掲げる。例えば、介護用ロボット、クリーンエネルギー、消毒用洗浄機システム、スマートシティ、バーチャル、テレワークナビなど。さっそく成果が出た。細菌やウイルスを除去するデンマーク製の自律走行ロボット「UVDロボット」の第1号を、このほど広島国際空港に納品した。新型コロナウイルスにも効果があるとし、感染予防などに心を砕く空港にとって力強い味方になってくれそうだ。中四国の空港では初めて。
紫外線UV‒C光を照射して細菌やウイルスを99.99%除去するという。完全自立移動し、センサーで人や障害物を自動回避。タブレットなどで操作できる。昨年末に同ロボットの販売代理店を取得。レンタルなども手掛け、海外で実績のあるオフィス、ホテル、病院、学校などでの需要を見込む。
2月に本社工場1階の一角に「ロボットセンター」を開いた。UVDロボットほか、単調で危険な仕事から人を解放する協働ロボット「ユニバーサルロボット」、介護など働く現場での負荷軽減や日常の力仕事をサポートする「マッスルスーツエブリィ」、自社開発の粉塵(じん)抑制装置や剥離洗浄機などの製品を展示する。
本気度が伝わったのか、マツダ常務執行役員を経て、トーヨーエイテック社長や広島空港ビルディング社長執行役員などを歴任し、民営化した広島国際空港取締役を務める山本健一氏が4月からT&Bカフェ本部長に就任。週に1回ペースでプロジェクトを指導する。ぜひうちに、と小松社長が口説いた。次第に戦闘態勢を整える。
度胸が据わっている。監査役、取締役、副社長を経て2003年に社長就任。1990年のフィリピン合弁会社設立に続き、2013年にメキシコ、16年にマレーシア、19年にアメリカでそれぞれ100%出資の現地法人を設立。コロナ禍や半導体の調達困難などから自動車関連工場の休業もあったが、その間を活用し、プロジェクトの集中度を高めた。19年には企業主導型保育園「インターナショナルキッズコミュニティ」を開園し、ほぼ満杯という。
経営に合理性を欠くことはできない。むろん理もあるだろうが、そうした中で特有の直感が働くのかもしれない。飛躍を遂げようとしている。
学校から帰ると息つく暇もなく牛の世話や牧場清掃に汗を流す。手塩にかけた分はおいしい牛乳で応えてくれる。親子初代で始めた牧場経営。
2019年7月、ファーマーズホールディングス(府中市)グループに加わった、あせひら乳業(三次市三和町)の創業は農協のパイロット事業が発端。1967年に乳牛5頭でスタートした。今年4月、長女の尚子さんに経営を託した児玉克憲会長は、
「私が中学生の頃、兄が北海道で酪農を学び、その後に現地にならって県内最大規模の36ヘクタールの牧場を整えた。77年には60頭の飼育牛舎を新設し、それまでの朝星夜星、年中休みのない労働環境から脱し、大型・機械化して作業効率を高めた。ところが、その4年後、生乳の生産調整による酪農危機に見舞われて搾乳を処分する事態に陥り、これを契機にヨーグルトの開発に乗り出した」
当時、国内のヨーグルトは脱脂粉乳やスキムミルクを使う製法が一般的だったが、全乳で作ることにこだわった。農業雑誌で知った乳製品の専門家の元に4年間通い詰め、チーズづくりを応用したヨーグルトの製法をものにし、乳酸菌数が一般的な市販品の10倍のヨーグルトの開発にこぎ着ける。92年から個人営業で製造を始め、当時は有名百貨店の産直ギフトにも採用されていたという。
近年、ヨーグルト市場は停滞気味だったが、コロナ禍を受け復調し、拡大傾向にあるものの競争は熾烈。際立った特徴や消費を刺激する訴求力がないと生き残りは厳しい。あせひらのヨーグルトは価格競争に巻き込まれない市場で一定のファン層をつかみ、一方でプリンやチーズケーキ、生キャラメルなどアイテムも増やしてきた。いずれもグループのみよし高原牧場の直送生乳を使う。昨年末からはβカゼインA2遺伝子を持った牛の牛乳販売を本格化。専用の牛乳工場も新設した。いったんは手放した牛乳市場に、牛乳が苦手という人も飲みやすいという「おなかにやさしい牛乳」で乗り込む。
グループ入りしたファーマーズホールディングスは県内外に5直営農場と、2・3次産業を担うグループ4社で切磋琢磨しながら生産〜販売一貫体制の農畜産業を展開。IoT技術を駆使し、牛の状態管理や環境コントロール、飼育の最適化など新しい酪農業のモデル構築を目指す。県内の牧場農家は現在103場。うち庄原・三次地域が43を占め、三和はかつて35あったが4場に。大規模化によって飼育頭数は増えた。グループ化による経営手法の転換により、あせひらは夢が描ける職場に変貌した。
尚子社長は、ヨーグルトづくりに情熱を傾けた父親のこだわりを受け継ぐ。
「実は継ぐことに一抹の不安があり諦めかけていた。しかし人手に渡す気にはなれなかった。グループ入りで不安が解消され、決断できた。親子だからけんかもある。しかし会長の思いを一番理解している私がその志を守る」
生キャラメルの製造は一人で週1回だったが、今は8人で毎日つくる。M&A(企業の合併・買収)が大きな転機になり、活路を開いた。あせひらの認知度を高め、ブランドを定着させる。尚子社長の新たな挑戦がスタートした。
新首相の岸田さんは新しい日本型資本主義の実現へ、一体どんな経済政策を立てるだろうか。富の格差を広げた競争社会に不安を抱える人の声に耳を澄まし、競争をあおる新自由主義からの転換を打ち出した。成長と分配という好循環を促し、中間層を広げたいという。世界との競争をしなやかに乗り切り、豊かで穏やかな日本の姿を示してもらいたい。
近代日本の設計者の一人で日本資本主義の父とも呼ばれる渋沢栄一。ひたすら利益を追究する欲望の暴走にブレーキをかける、渋沢の考えをあらわした現代語訳「論語と算盤」(ちくま新書)に次の一節がある。
「国の富をなす根源は何かといえば、社会の基本的な道徳を基盤とした正しい素性の富なのだ」
お金は大切にすべきものであり、同時に軽蔑すべきものであると言い放つ。その頃いち早く資本主義が抱える利益の暴走を見抜き、その暴走を防ぐ仕掛けとして「論語」を引っ張り出した着眼に驚く。合理主義と道徳という一見、相反するようなタイトルを分かりやすく解き明かし、いまなお新鮮な響きがある。
広島の街中で、街頭演説に立つ岸田文雄さんの姿を見た人は多い。岸田文雄後援会の伊藤学人会長は、
「衆院選で初当選後、毎週のように週末は広島に帰り、1時間ほど街頭演説に立った。政界の重鎮で、総理経験者の方がそうした行動を知って『岸田はいいよ』と評価したという。何しろ律儀で誠実。親父が療養中の三年間には帰広の度に幾度も見舞っていただいた。かつて大臣に就任が決まった折は朝一番でお見えになり、仏前に花を供えてもらった。決して偉ぶるところはなく、気さくに人の話をよく聞く。しかし一途なところもあるように思う。総理の立場になるとさまざまな場面で我慢や忍耐などを強いられるかもしれないが、自分の考えをしっかりと押し出すところが段々と増えてくるのではないでしょうか」
向こう受けを狙ったような言動はあまり無かったように思うが、森内閣に不信任決議案を提出する野党の動きに、派閥会長の加藤紘一が同調する構えを見せた有名な「加藤の乱」では血判状をしたためて駆けつけたという。外相時代には1年前から周到に準備を重ね、オバマ米大統領の広島訪問につなげたことが、世界を驚かせた。政界きっての酒豪。伊藤会長は、
「コロナ以前は年に1回、後援会の役員ら数十名と懇談の席がありましたが、いくら盃を重ねても酔わない。とことん話を聞く根気がある。さまざまな起伏、波乱を経験したことが大きな財産になっているのではないだろうか。いまの時代が求めるリーダーの使命を果たす、一途な政治家の真価を見せてもらいたい」
高姿勢や低姿勢ではなく「正姿勢」を信条とし、国会衆議院本会議の代表質問でこの3文字を胸に、首相の安倍さんに思いの一端を述べた。
公認会計士の石橋三千男(みちお)さん(73)は、
「10年くらい前に業界も政治と無縁ではおれないと痛感させられる出来事があった。それで日本公認会計士協会中国会で岸田さんを囲む会をつくった。われわれも正姿勢こそ大切な態度だと思う」